隣のクラスの白縫くんに好きだと言われました

「みなさんお静かに!」

「やべえやべえ超かわいい!」

「顔ちっちゃすぎんだろ」

「ほんとかわいい、嫉妬しようがないもん」

「それな。むしろ尊敬」

「席に戻りなさい!」

「あれに並べる白縫もすげえよな」

「よく見てるから慣れてたけど、すげえ奴だったんだな」

「活躍が嬉しいのはもちろんなんだけどさ、ちょっと寂しさもない?」

「わかる、今までうちらのものだったのに〜みたいなね」

「お静かに……静かにしなさいって言ってるでしょ!! なんで私の言うことが聞けないの!?」



 音楽担当であり副担任の宮田先生の激昂が、教室中に響き渡った。

 宮田先生は、良く言えば教育熱心な人。悪く言えば超絶怒涛のヒステリック。全教員の中での最年長がこれだから、この学校は終わっていると生徒の自虐によく使われる。

 ただ一方で、自らが授業を行っている時はすこぶる機嫌が良い。誰も私語をせず真面目に取り組んでくれているからとよく言うが、そうなるのは半分が寝ているからだということにいい加減気づいてほしい。いや、気づくと災難が降り注ぐから、やっぱり気づかないでほしい。

 そんな彼女は、そうは言っても僕らの副担任で、担任に代わって臨時でHRをやることはよくある。だから段々攻略法がわかってきて、とにかく静かにしていれば早く終わるということはみんな知っている。

 それなのに、今日は叫ばれることを承知の上でほとんどが窓際に集まり、外を眺めている。皆を注意する立場である学級委員長でさえ身を乗り出している。でも正直そうなるのも仕方がないというか、静かになることの方が無理な話だ。なぜかって、今校舎の外では、神野さんと凪那くんが絶賛撮影中だからだ。



(なんでこの学校が選ばれたんだろ。凪那くんから聞いたけど、結局よくわかんなかったし)



 昨日の夜「明日は迷惑かけるけどごめんね」という謝罪とともに教えてもらったのは、このドラマの監督がリアリティを追求しすぎる人で、主人公達が身を置く環境は実際の場所なり関係者なりを使うべきだ、という信条であるが故に起こった出来事だということ。凪那くんが現役の高校生であることから、スタッフの誰かが「じゃあその学校でやったらいいんじゃないですかね」と安易な発言をし、トントン拍子にここを使うことが決定した。そしてなおリアリティを求める監督は「エキストラは実際に通っている学生を使う」と豪語し、こんな騒ぎになっている、という訳だ。うん、改めて考えてみてもよくわからない。



「ほらほら、生の芸能人だよ〜生のドラマ撮影だよ〜見れて嬉しいでしょ〜って顔してるスタッフしかいなくて腹立つ」

「霧ちゃん!」



 近くで妙に親近感のある皮肉が聞こえるなと思ったら、いつの間にか移動してきた霧ちゃんだった。隣の席が空いていたのをいいことに、彼女はその席に座り堂々と足を組み頬杖をついた。



「席戻った方がいいんじゃない?」

「いいよもう。どうせ誰も静かにならないんだからこの空気に合わせた方がいい。ほら、宮田諦めて帰っちゃったもん、つまり自由」

「えっ」



 教卓を見ると、宮田先生はいつの間にか姿を消していた。諦めたのではなくあまりの怒声に他の先生が強制回収しにきたのだと思うが、それすらも歓声で聞こえなかったということか。霧ちゃんの言う通り、この盛り上がりは収まりそうにない。



「じゃあ、いいのか」

「そういうこと。にしてもとんだ迷惑だわ、本来普通の授業日だったのに中止になってこんな撮影に付き合わされるとか。ただでさえ学園祭の準備で忙しくて、定期試験も迫ってきてるこのタイミングでとか意味わかんない。まあ数学なくなったのは嬉しいけど」

「僕も情報がなくなったのは嬉しい。けどどうせ来週二倍の量の課題出されるだろうから、それとどっちがマシかって考えたら、今日授業の方がよかったなあって思う」

「それはそうね。てかやるなら夏休み中でよかったのに、明けてからにした理由あんの? 舐められてる?」

「あ、それは……凪那くんから聞いたんだけど、神野さんのスケジュール的に今日じゃないとだめだったんだって」

「なんで急に声ちっさくしたの」

「聞かれたくないから!」



 そう、僕が凪那くんから聞いたことは、通常一般人が知ってはいけないことだ。スケジュールとか、大人の事情とか。

 「こんなの僕が知っちゃっていいの?」という質問に、「青葉には特別に。ボディーガードになら話してもいいよ」と返信がきたから、周りに聞こえないよう声を抑えて霧ちゃんに共有した。



「ふーん。お高くとまってんのね、女優さんは」

「いや、そういうことでもないと思うけど……僕たちみたいな一般人と今をときめく女優だったら、そりゃ僕らを都合よく使うに決まってるよ。それにここでの撮影は今日だけなんだって。一番めんどくさいのは最後に回しちゃおう、的な?」

「そういうもんか〜腐ってんな芸能界は」



 霧ちゃんは頭の後ろで手を組み、椅子をゆらゆらと揺らした。つまらないと思っている時によくやる癖だ。



「でその唯一のシーンが体育祭って、監督頭おかしいんじゃないの」

「ちょっと、」

「いいでしょこんぐらい言ったって。いつもより早く来させられてしかも体育着に着替えさせられたんだよ? 外絶対暑いし日焼け止め塗り忘れたしあーやってらんない」

「二年二組の皆さんお待たせしました! 校庭まで移動をお願いします!」



 霧ちゃんがガンッと拳で机を叩いたのとディレクターらしき爽やかな男性が教室に入ってきたのは同時だった。

 待ってました! と声を上げながら一目散に男子が教室を飛び出し、次いで凪那くんファンと思われる女子が飛び出し、僕と霧ちゃんを含めたそこまで興味ない派はゆっくりと歩いて校庭に向かった。

 校庭には見たことのない機械と螺旋を描いたケーブルが乱立していて、さらに「機材には触らないでください」と書かれた三角コーンが1m間隔で置いてあって、信用されていないなあと心の中で苦笑した。



「めっちゃ厳重警備じゃん、私たちのこと猿だと思ってんのかよ。あ、あれが神野じゃね?」



 ロッカーに詰め込んでいたのだろう日傘に帽子にサングラスを身につけた、完全防備姿の霧ちゃんが指差した方を見る。

 そこには僕らと似たような体育着を身に纏い、けれども圧倒的なオーラを放つ一人の女性がいた。日傘を差しており顔には陰がかかっているが、それでもわかる顔の小ささと目の大きさ、霧ちゃんが言うように彼女が神野さんに違いない。



「わあ、かわいい……」

「まあかわいいのは認める。でもなーんか見下してる感あんだよなあ」

「そんなんわかんないでしょ!」



 こんな状況にもなって、なぜそんなに平然として悪態をつけるのか理解できない。本人に聞こえていたらどうするつもりなのか。そう心配したけど、この環境なら不安になる必要もないか、と肩の力を抜いた。

 今校庭には全生徒が集まっており、騒ぎ声は一際どころではなく大きくなっている。暑さによる女子の愚痴も勢いを増してきている。

 大勢群がったスタッフさんはきっと安易に撮影場所を決めてしまったことの後悔を話しているんだろうし、監督さんもメガホンを片手に空を見上げている。

 申し訳ないと思う気持ちもあるが、適当に決めなければ巻き込まれることもなかったのに……と不服な思いも抱く。無法地帯となったこの環境で、本当に撮影なんてできるのだろうか。