「って感じで、額にキスまではいけたんだけど、どう思う?」
「ふぁいふぉー! ふぉれふぁのふぁひふぁいふぁいよ!」
「飲み込んでから言えって、燈」
「ふぁーい!」
ベリーソースにチーズムースが合わさったパンケーキを口いっぱいに頬張り、味わう。それをキャラメルソースに生クリーム、さらにキャラメルチップという、見ているだけで胸焼けしそうなグランデサイズのラテで流し込み、幸せそうな表情をする。食欲が湧かない時の俺が、燈が何かを食べている光景を食事の代わりにするというのは、俺らの中では特段珍しいことではない。
「ぷはあ……! お待たせしましたあ! 相変わらず美味しすぎて手が止まんないよ!」
「燈が食べてるとこ見ると自分までお腹いっぱいになる気がするから、ありがたい」
「あそっか、今撮影前なんだっけ」
「うん。だから減量中。まあ減量してなかったとしても食べられそうにないけど」
「ちょいちょい、それって嫌味!? 僕だって体重管理ぐらいしてます〜!」
「いやそうじゃなくて。俺甘いの苦手だからさ、知ってると思うけど」
「一回食べてみたら世界変わるぞ」
「そうだよ、良ちゃんの言う通り! ほんとここのパンケーキ美味しいんだから!」
「うれしいこと言ってくれるぜ! ありがとな!」
いつから聞いていたのだろう、キッチンからマスターがひょこっと顔を出しサムズアップをした。それに返事するように、唇の端にホイップをつけたまま燈も満面の笑みでサムズアップを返した。まだ片手で数えられるほどしか連れてきていないというのに、もう友好関係を築いているみたいだ。
ここは白縫家行きつけのカフェだ。マスターは母の学生時代の知り合いで、出会ってから三十年以上経つという。人気店で毎日行列が絶えないが、コネクションを存分に利用していつも開店前に入らせてもらっている。その度に、母の幅広い人脈に感謝している。
「燈が頼むのはいつものことだとして。珍しいじゃん、良もパンケーキ頼むなんて」
「俺もそこまで得意な方じゃないんだけど、この前燈のを一口もらったら美味しかったんだよ。それに昨日のこともあってな」
「昨日のこと?」
「そっか、凪那には話してなかったか。昨日の祭り、妹と一緒に行ったんだけど、張り切りすぎたから準備に手間取っちゃってな。着いた頃にはもうチョコバナナが売り切れてて、二人とも大泣きしたんだ」
こんな感じで、と苦笑しながら良が見せてきた写真には、かわいい着物に似合わぬ涙に塗れた子どもの顔が映っていた。右手には女児向けアニメのキャラクターが描かれた風船、左手には同じキャラクターの水鉄砲が握られていて、良が必死に機嫌を直そうとした努力が感じ取れる。
「兄って大変だね」
「まあな。だから今日は昨日食べられなかった分、これを持って帰って食べさせようと思ってる。店長すみません、後で持ち帰り用のパック二つください」
はいよー! とBGMに負けない大声がキッチンから聞こえてきた。なるほど、数あるメニューの中から一瞬でバナナとチョコソースのものを選んだ理由がようやくわかった。二口しか手をつけていないにも関わらずフォークとナイフを斜めに置いているのも、そういう理由だったからなのか。
「で、聞き取れなかったけどさっき燈は何を言ったんだ? 凪那の問いかけに対して」
「さいこー! 惚れたの間違いないよ! って言ったの!」
「そうだったら嬉しいんだけど」
「絶対そうだって! 青っちも拒まなかったんでしょ!? そんなん両思い確定じゃん!」
燈は向かい合わせで座っていたところをわざわざ身を乗り出し、おめでと〜! と手でクラッカーを引く動作をした。
燈のポジティブさは有益だ。こちらが言ってほしいと思うことを口に出さずとも向こうから言ってくれる、しかも予想の斜め上をいく角度で。否応なしに自己肯定感は上がる。
「いや、決めつけるにはまだ早いだろ」
そんな燈の横で、良は腕を組み少しシリアスな雰囲気でそう言った。
理想主義の燈と違って、良はあくまで現実主義だ。冷静かつ容赦ない発言に自分の立場を思い知らされ辛くなることもあるが、客観的に思ったことを言ってくれるという点で、燈と同様有益である。
「え〜じゃあ良ちゃんは、ここから二人が付き合わないっていうまさかまさかの展開もありえるって思ってんの?」
「十分ありえる。ほら、麻野さんがいるだろ。きっと今日あたりに唐橋くんは昨日の件を報告して、麻野さんブチギレると思う」
「マノちゃん青っちの守護神だもんね! まあ仕方ないといえば仕方ない!」
「正直、今までも警戒されてたけど昨日の件でさらに警戒されたと思う。青葉に近づけなくなるかもしれない」
大袈裟に言ってみたが、きっと大差ないだろう。青葉は隠し事ができない性格であるし、マノの前なら尚更だ。そこがかわいいというのは一旦置いておいて、注視すべきはマノの俺に対する警戒度の変化と、それに伴う関係の悪化。
向こうから提示された「自分からは近づかない」という条件は守ったが、それによってどこまでの接触が許されるのかは言われていない。もし違反だと規制をしてきたら。もし本人にこの関係を口外したら。そんな不安で頭の中が埋め尽くされる。
「だいじょぶじゃない? 確かにマノちゃんは凪那のことめっちゃ嫌ってるけどさ、二人がくっつくのを邪魔してはないし」
「……たし、かに」
ストローでホイップをかき混ぜながら燈は言う。きっと燈にとっては、パッと頭に浮かんだ一つの意見に過ぎないのだろう。しかし、俺の頭の中の霧は少しずつ晴れていった。
「不思議だよな。誰にもあげません! みたいな感じでツンツンしてるのかと思ってたけどそんなことない。むしろ協力してくれてる方じゃないか?」
「だよね! なんでなのかは全然わかんないけど!」
「だな。わかんないけど、協力的な態度は変わらなさそう」
「今後も安泰ってことだね!」
違う信条を持つ二人の意見が被ることは滅多にない。そして経験上、被った時はそれが正しい。
「ありがとう二人とも。勇気が持てた気がする。マノとの関係がうまく続くかは不明だけど、頑張ってみるよ」
「……凪那が、唐橋くん以外にありがとうを言うなんて」
「今日が地球最後の日!?」
ただの感謝に、燈と良は大袈裟なほどに驚く。言わなきゃよかった……と気落ちする反面、そうさせてしまうぐらい感謝を伝えていなかったのか、と今になって気づいた。それぐらい、俺の中で二人の存在が当たり前になっていたということだ。
「俺だって言うし、ありがとうぐらい」
「はわわ! ちょっと、良ちゃん今の録音してた!?」
「さすがに無理だ。頼む、もう一回言ってくれ。今度はちゃんと記録に残すから」
「嫌でーす。俺のありがとうは無料じゃありませーん」
こうやって軽口を叩けるくらい、二人といる時間は全てのしがらみから己を解放できる。きっとこれが校内だったら、「白縫くんが冗談を言うなんて」「らしくないけどかわいい、かわいいけどらしくない」などといった矢のような言葉に、どこもかしこも刺されていた。
(らしくないなんて、そっちの期待を押し付けてるだけだ)
期待は裏切りと紙一重だ。裏切られたという言葉ほど無責任なものは、この世にない。その点二人といると、そういったストレスを感じることが一切ない。生きる上で自分らしくいられるというのがどれほど大事なことなのか。きっと俺が世界で一番知っている。
(毎週……いや、一ヶ月に一回ぐらいは、ありがとうって言ってみるか)
ただの報告会のつもりだったのに、生きる上で大切なことまで学べた気がした。
「ふぁいふぉー! ふぉれふぁのふぁひふぁいふぁいよ!」
「飲み込んでから言えって、燈」
「ふぁーい!」
ベリーソースにチーズムースが合わさったパンケーキを口いっぱいに頬張り、味わう。それをキャラメルソースに生クリーム、さらにキャラメルチップという、見ているだけで胸焼けしそうなグランデサイズのラテで流し込み、幸せそうな表情をする。食欲が湧かない時の俺が、燈が何かを食べている光景を食事の代わりにするというのは、俺らの中では特段珍しいことではない。
「ぷはあ……! お待たせしましたあ! 相変わらず美味しすぎて手が止まんないよ!」
「燈が食べてるとこ見ると自分までお腹いっぱいになる気がするから、ありがたい」
「あそっか、今撮影前なんだっけ」
「うん。だから減量中。まあ減量してなかったとしても食べられそうにないけど」
「ちょいちょい、それって嫌味!? 僕だって体重管理ぐらいしてます〜!」
「いやそうじゃなくて。俺甘いの苦手だからさ、知ってると思うけど」
「一回食べてみたら世界変わるぞ」
「そうだよ、良ちゃんの言う通り! ほんとここのパンケーキ美味しいんだから!」
「うれしいこと言ってくれるぜ! ありがとな!」
いつから聞いていたのだろう、キッチンからマスターがひょこっと顔を出しサムズアップをした。それに返事するように、唇の端にホイップをつけたまま燈も満面の笑みでサムズアップを返した。まだ片手で数えられるほどしか連れてきていないというのに、もう友好関係を築いているみたいだ。
ここは白縫家行きつけのカフェだ。マスターは母の学生時代の知り合いで、出会ってから三十年以上経つという。人気店で毎日行列が絶えないが、コネクションを存分に利用していつも開店前に入らせてもらっている。その度に、母の幅広い人脈に感謝している。
「燈が頼むのはいつものことだとして。珍しいじゃん、良もパンケーキ頼むなんて」
「俺もそこまで得意な方じゃないんだけど、この前燈のを一口もらったら美味しかったんだよ。それに昨日のこともあってな」
「昨日のこと?」
「そっか、凪那には話してなかったか。昨日の祭り、妹と一緒に行ったんだけど、張り切りすぎたから準備に手間取っちゃってな。着いた頃にはもうチョコバナナが売り切れてて、二人とも大泣きしたんだ」
こんな感じで、と苦笑しながら良が見せてきた写真には、かわいい着物に似合わぬ涙に塗れた子どもの顔が映っていた。右手には女児向けアニメのキャラクターが描かれた風船、左手には同じキャラクターの水鉄砲が握られていて、良が必死に機嫌を直そうとした努力が感じ取れる。
「兄って大変だね」
「まあな。だから今日は昨日食べられなかった分、これを持って帰って食べさせようと思ってる。店長すみません、後で持ち帰り用のパック二つください」
はいよー! とBGMに負けない大声がキッチンから聞こえてきた。なるほど、数あるメニューの中から一瞬でバナナとチョコソースのものを選んだ理由がようやくわかった。二口しか手をつけていないにも関わらずフォークとナイフを斜めに置いているのも、そういう理由だったからなのか。
「で、聞き取れなかったけどさっき燈は何を言ったんだ? 凪那の問いかけに対して」
「さいこー! 惚れたの間違いないよ! って言ったの!」
「そうだったら嬉しいんだけど」
「絶対そうだって! 青っちも拒まなかったんでしょ!? そんなん両思い確定じゃん!」
燈は向かい合わせで座っていたところをわざわざ身を乗り出し、おめでと〜! と手でクラッカーを引く動作をした。
燈のポジティブさは有益だ。こちらが言ってほしいと思うことを口に出さずとも向こうから言ってくれる、しかも予想の斜め上をいく角度で。否応なしに自己肯定感は上がる。
「いや、決めつけるにはまだ早いだろ」
そんな燈の横で、良は腕を組み少しシリアスな雰囲気でそう言った。
理想主義の燈と違って、良はあくまで現実主義だ。冷静かつ容赦ない発言に自分の立場を思い知らされ辛くなることもあるが、客観的に思ったことを言ってくれるという点で、燈と同様有益である。
「え〜じゃあ良ちゃんは、ここから二人が付き合わないっていうまさかまさかの展開もありえるって思ってんの?」
「十分ありえる。ほら、麻野さんがいるだろ。きっと今日あたりに唐橋くんは昨日の件を報告して、麻野さんブチギレると思う」
「マノちゃん青っちの守護神だもんね! まあ仕方ないといえば仕方ない!」
「正直、今までも警戒されてたけど昨日の件でさらに警戒されたと思う。青葉に近づけなくなるかもしれない」
大袈裟に言ってみたが、きっと大差ないだろう。青葉は隠し事ができない性格であるし、マノの前なら尚更だ。そこがかわいいというのは一旦置いておいて、注視すべきはマノの俺に対する警戒度の変化と、それに伴う関係の悪化。
向こうから提示された「自分からは近づかない」という条件は守ったが、それによってどこまでの接触が許されるのかは言われていない。もし違反だと規制をしてきたら。もし本人にこの関係を口外したら。そんな不安で頭の中が埋め尽くされる。
「だいじょぶじゃない? 確かにマノちゃんは凪那のことめっちゃ嫌ってるけどさ、二人がくっつくのを邪魔してはないし」
「……たし、かに」
ストローでホイップをかき混ぜながら燈は言う。きっと燈にとっては、パッと頭に浮かんだ一つの意見に過ぎないのだろう。しかし、俺の頭の中の霧は少しずつ晴れていった。
「不思議だよな。誰にもあげません! みたいな感じでツンツンしてるのかと思ってたけどそんなことない。むしろ協力してくれてる方じゃないか?」
「だよね! なんでなのかは全然わかんないけど!」
「だな。わかんないけど、協力的な態度は変わらなさそう」
「今後も安泰ってことだね!」
違う信条を持つ二人の意見が被ることは滅多にない。そして経験上、被った時はそれが正しい。
「ありがとう二人とも。勇気が持てた気がする。マノとの関係がうまく続くかは不明だけど、頑張ってみるよ」
「……凪那が、唐橋くん以外にありがとうを言うなんて」
「今日が地球最後の日!?」
ただの感謝に、燈と良は大袈裟なほどに驚く。言わなきゃよかった……と気落ちする反面、そうさせてしまうぐらい感謝を伝えていなかったのか、と今になって気づいた。それぐらい、俺の中で二人の存在が当たり前になっていたということだ。
「俺だって言うし、ありがとうぐらい」
「はわわ! ちょっと、良ちゃん今の録音してた!?」
「さすがに無理だ。頼む、もう一回言ってくれ。今度はちゃんと記録に残すから」
「嫌でーす。俺のありがとうは無料じゃありませーん」
こうやって軽口を叩けるくらい、二人といる時間は全てのしがらみから己を解放できる。きっとこれが校内だったら、「白縫くんが冗談を言うなんて」「らしくないけどかわいい、かわいいけどらしくない」などといった矢のような言葉に、どこもかしこも刺されていた。
(らしくないなんて、そっちの期待を押し付けてるだけだ)
期待は裏切りと紙一重だ。裏切られたという言葉ほど無責任なものは、この世にない。その点二人といると、そういったストレスを感じることが一切ない。生きる上で自分らしくいられるというのがどれほど大事なことなのか。きっと俺が世界で一番知っている。
(毎週……いや、一ヶ月に一回ぐらいは、ありがとうって言ってみるか)
ただの報告会のつもりだったのに、生きる上で大切なことまで学べた気がした。
