隣のクラスの白縫くんに好きだと言われました

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「よし、ここなら凪那くんでもゆっくりできると思うよ」

「ありがとう青葉」



 拝殿の裏、人通りが極端に少ないところ。おそらく今日の神社の中で凪那くんが人目を気にせずいられるのはここしかないと思って、喧騒を抜けて彼をここまで連れてきた。ぽつんと寂しく置かれていた竹のベンチに二人して腰を下ろし、先ほど屋台で買ったたこ焼きを置く。凪那くんはやっとお面を外し、汗で濡れた前髪を勢いよくかきあげた。その仕草があまりにも色気があって、視線を向けられなかった。後ろの柳から吹く涼しい風が、昂った心を冷やしてくれている。



「青葉疲れてない? 人混み、そんなに得意じゃないでしょ。ごめんね、もっと気にかけてあげられれば良かったんだけど、屋台に夢中になっちゃって」

「ううん、全然。楽しくてむしろ元気になったぐらいだよ。凪那くんがあんなにテンション上げてるところ見たことなかったから、新鮮で面白かった」



 恥ずかしいな、と言いながら頬を掻く凪那くん。ちょっとかわいいかも、なんていつもなら抱かない感情を抱いてしまう僕は、やっぱりどこかおかしいのかもしれない。

 お祭りに関連した思い出を話したり、実際に屋台の遊びをやってみたりする中で、知らなかった凪那くんの一面をたくさん知れた。いわゆる転勤族で、小学生の頃から頻繁に転校を繰り返していたこと。だから夏祭り自体に参加したことがなく、今日が人生で初めてだということ。繊細だから得意そうだな、なんてイメージを持っていたけど金魚掬いは苦手であること。逆に射的は得意で、どれを狙っても一発で当てられること。甘いものはそこまで得意ではないということ。極度の猫舌で、たこ焼きは最低でも十分待ってからじゃないと食べられないこと。



「そろそろ十分経ったんじゃないかな?」

「そうだね。早く食べよ、お腹空いちゃった」



 腹部を手でさすりながら無邪気に食欲を湧かせる様子に、ふふっと笑みがこぼれる。普段のクールさとは一転、今日の凪那くんは子どものように好奇心旺盛だ。楽しんでいるんだなと知れて、このお祭りを愛している地元民からするととても嬉しい。

 たこ焼きは僕の横に置いていたため、袋から容器と箸を取り出した。



「あ」

「どうした?」

「……お箸、一個しかないや」



 袋の中に入っていたのは、八個で三百円という破格の安さのたこ焼きと、一膳の箸だけだった。袋を逆さにして振ってみても落ちてこないし、あのおじちゃんのうっかりミス、といったところだろう。



「貰ってこようか」

「あ、ううん大丈夫。みんな忙しそうにしてたし、お箸ぐらいでわざわざ行くのってちょっとね。僕らが我慢すればいい話だから、行かなくていいよ」



 立ち上がって歩き出そうとした凪那くんを必死に止めた。半分本当で、半分嘘だ。もちろんお店に迷惑をかけたくなかったという気持ちもあるけれど、今のお面を外した状態で、人混みの中に行ってほしくなかった。他の人に見られたくなかった。なんでそう思ったのかは、わからない。



「じゃあ、同じやつで食べよっか」

「そうするしかない、ね。先に食べたい? 後がいい? あ、それとも交互?」

「え? どっちかが食べさせればよくない?」



 サラリと、それが普通だよという顔をして喋るから、そうか、知らないだけで友達同士ではそれが普通なのか、とまんまとトラップに引っかかってしまった。



「たしかに、そっちの方がいいね。えっと、じゃあ、どっちにする?」

「……提案なんだけどさ。ゲームしない?」

「ゲーム?」

「うん。話し合いで決めてもあれだし、意思疎通ゲーム。俺が今考えてることを当てられたら、俺が青葉に食べさせる。間違えたら、青葉が俺に食べさせる。どう? 簡単じゃない?」

「う、うんまあ、簡単ではあるけど」

「でしょ? じゃあスタート」

「え」



 単純なルール説明といきなり始まった本番に、ぽかんと口を開ける暇もなかった。当てるだけと言われても、きっと正解発表は後なのだからいくらでも答えを改ざんできるじゃないか。そう思ったところで、トラップの正体に気づいた。



「ほら。早く当てて」

「…………射的、もう一回やりたいなあ、とか?」

「ぶぶー、外れ。青葉の負けね」



 凪那くんはぴったり真ん中で箸を割って、容器の輪ゴムを取って蓋を開けて、「はい」と僕に差し出してきた。



「まずは青葉が食べて。冷めてるかどうか確認して」

「は、はい」



 言われた通りに一つを口に放り込み、熱くも冷たくもない、ちょうどいい温度になっていることを確認した。



「ちゃんと冷めてるよ」

「そしたら俺に食べさせて」

「はい……って、た、タンマ、ちょっと待って」



 たこ焼きを挟んで、凪那くんの口の五センチ前まで持っていったところで、止めた。



「なに?」

「く、クイズの答え、まだ聞いてないんだけど」



 当たり前にありつけると思っていたであろう凪那くんは少し眉をひそめた。機嫌の急降下に怯えつつも、向こうから提案してきたんだし聞くのはおかしくないよな、と必死に言い聞かせた。



「……ああ」

「まさか、無いとか?」

「ううん、そんな意地悪はしないよ。でも言ったら引かれちゃいそうなんだもん。言わなきゃだめ?」

「う、だ、だめ! 正解を教えてくれないと、クイズじゃない」



 耳と尻尾の幻覚が見えて、つい甘やかしそうになってしまう自分の心を叱咤する。先ほど考えた通り、きっと答えはちゃんと用意していなかったのだろう。それでももうよくて、ただ単に凪那くんが何を思ったのか、それを知りたかった。



「……じゃあ教えてあげる。さっき、同じ箸を使うってなって、青葉”我慢”って言葉使ったでしょ? 俺は、ご褒美だと思った」



 パクッ、と凪那くんがたこ焼きを頬張る。美味しそうに味わい、ごくんと飲み込んだタイミングで、ようやく意味を理解した。



「え……その、も、もしかして間接キ」

「バレた?」

「……!」



 顔が、いや全身が熱を持つ。その一方で、頭は非常に冷静に今までの出来事を照らし合わせていた。

 たこ焼きが食べたいと話したら、「ちょっと待ってて」となぜか僕を射的の屋台にとどまらせたこと。「買ってきたよ」と嬉しそうに袋を引っ提げていたこと。一膳しかないことに僕が気づくと、「貰ってこようか」と我先に立ち上がったこと。すべては、このためだったのか。



「ごめんね青葉、機嫌直して?」

「うう……初めてだったのに……」

「え、ほんとに? やった」

「やった、じゃないよ!」



 この期に及んでまだ軽口を叩く凪那くんに我慢の限界が……きてはないけど、いい加減弄ぶのはやめてほしい。こっちは何もかも初めてなのだ。凪那くんが嬉しそうにデートは初めてと言っていたけど、僕だってそうだ。誰かと二人きりで遊ぶのも、買った食べ物を半分こにするのも、全部初めて。でもこれを言うとまた喜びそうでちょっぴりムカつくから、言わないことにする。



「ごめんね。実は、たこ焼きを買うついでにこれも買ってたんだ」



 凪那くんは焦った様子で、いやそう演じているだけで実際には余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)とした様子で、立ち上がって僕の前に跪き、どこに隠していたのかわからないいちご飴を取り出した。



「青葉、こういう甘いもの好きだと思って。これで許してほしいな?」

「うっ……」



 まただ、完璧な角度の首の傾げ。僕はこれにめっぽう弱い。



「……じゃあ、僕の方からもクイズね。今僕が思ってることを当てられたら許してあげ……なくもない」

「っふふ、ほんとに?」



 簡単には許さないよ、という強い意志の表れとして、意地悪な言い方をしてみた。なのに凪那くんは、目尻に皺を寄せて愛おしいものを見るかのような笑みを浮かべる。彼からの攻撃に僕は毎度ダメージを負うのに、僕からの攻撃は何一つも効かない。何だろうなあ、どうしようか迷うなあ、とニヤニヤと笑いながら下手くそな演技をしている。



「……決めた。このいちご飴美味しそうだなあ、どうやって持ってたんだろう、じゃない?」



 ……まあ、それも当たってはいるけど……一番に思っていたことではないから、残念、外れだ。今日の初めから思っていたことだから当てられるかもと身構えたけど、杞憂だったようで安心した。



「ううん、外れ。正解は、なんでこの髪型に触れてくれないんだろう、でした。っひゃあ!」



 意気揚々と正解を発表した瞬間、僕の額に”何か”が触れた。いや、”何か”なんて誤魔化して現実から逃げてはいけない。唇だ。凪那くんの、唇。



「え……え?」



 僕は額を両手で押さえて、呆然とした状態で凪那くんを見る。



「ごめん。あまりにも可愛すぎて我慢できなかった。触れるべきかどうか、ずっと迷ってたよ。でもいつ言ってくれるんだろう、って期待する顔をずっとしてたから、それが可愛くて焦らしちゃった。ごめんね?」



 余裕そうな笑みを浮かべて話す凪那くん。やっと優位に立てたと思ったのに、勝てたと思ったのに。その一瞬の喜びすらも、結局は手のひらで踊らされていただけだった。

 僕はこの人に敵わないんだ、と身にしみて感じながら食べたいちご飴は、何の味もしなかった。ただ僕はキスをされて、その時の彼の目には情欲が宿っていて。それが今日のすべてだ。