もしもこの気持ちを青春というのなら私は青春なんていらないと思った


 月日が流れ、雪乃が入院して一年と四ヶ月。
 外は北風が吹き、粉雪がちらほら降り出した。
 制服の上に着たピーコートのボタンをしっかりと止め、首には分厚いマフラーを巻く。
 雪乃の家の最寄りえきの改札口で春人君が来るのを待つ。
「相変わらずの完全防備だね」
 色々な角度から春人君に見られ、「それ、逆に暑くない?」と訊かれた。
 ちょっとでも体温が外に持ってかれるのが嫌で、完全防備になってしまっているけど、暑いと思ったことはない。
 春人君と言えばコートのボタンを全部閉めずに、気落ちばかりにマフラーを巻いている。
 あれじゃあ、体温が外気に吸い取られっぱなしになっている。
 それこそ、私からしたら信じられない。
「それじゃあ行こうか」
 私が持っていた傘を春人君が取り開き、私と春人君、二人で一つの傘に入った。
 春人君に「傘持ってないの?」と訊くのは、ずいぶん前に辞めた。
 リュックに折りたたみの傘をさしているけど、開くのがめんどくさいみたい。
 春人君は王子みたいな顔をしているのにめんどくさがり屋なのが勿体無いような気がした。
 雪乃の家のチャイムを押す。
 中から雪乃ママの声がして、玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい。寒かったでしょ? 温かい飲み物持って行くから、雪乃の部屋で待ってて」
 キッチンに向かう雪乃ママの背中に「ありがとうございます」と声をかけ、雪乃の部屋がある二階に上がる。
ートントンとんー
 ノックをしてから、
「入るよ〜」
 中にいる雪乃の返事を待たずにドアを開けた。
 電動のベッドを起こし、本を読んでいる雪乃が「いらっしゃい」と迎え入れてくれる。
 今日の雪乃の顔色はいい。
 投薬治療で頑張っていた雪乃に合致するドナーが見つかり、手術、経過観察、退院、自宅での療養ととんとん拍子に進んでいった。
「このままいけば、この春から高校に復帰できるかもしれないの」
 雪乃は高ニの途中から休学している。
 体調が安定すれば復学できる。
 雪乃の希望で復学する学年は高ニから。
 じっくり勉強をして、大学受験にのぞみたいそうだった。
「で、二人とも。今日は結果を教えに来てくれたんじゃない?」
 雪乃が「さぁ、差し出しなさい」と言いながら、両手を私と春人君の前に差し出す。
 私と春人君はスマホの中にある、ある画面を出してから、それぞれ差し出された雪乃の掌においた。
「どうなってるのかしら?」
 雪乃はまずはじめに私のスマホの画面を見て、うんうんと頷く。
 次に春人君のスマホ画面を見て、うんうんと頷き、私と春人君にスマホを返した。
 そして満面の笑みで
「おめでとう」
 と言ってくれた。
 その目には涙が浮かんでいる。
「私のために色んな活動をしてくれながらの大学受験は大変だったと思う。そんな中二人とも第一志望の大学の学部、現役合格、本当におめでとう」
 浮かんでいた雪乃の涙が、目からこぼれ落ちた。
「凛華と春人君と秋人君と蘭ちゃんがいてくれたから、私は今、ここにいると思っているの」
 雪乃は「凛華、ハグさせて」と両手を広げた。
 雪乃の涙が伝染して私まで涙が浮かんでくる。
「雪乃〜、私頑張ったよ〜」
 この一年、本当に頑張った。
 頑張ったというより、やれることを百パーセントやりつくしたといった方がしっくりくる。
 春人君と予備校の先生に徹底的に勉強というものを教え込まれた。
 もう夢の中でも勉強してたぐらい。
 こんなことができたのは、病気と正面から立ち向かう雪乃を見ていたから。
 どんなに大変でも辛くても、一度も目を逸らしていなかった。
 だから私は雪乃と一緒に走ろうと決めた。
 雪乃の隣にいても恥ずかしくない人になろうと決めた。
「雪乃、ありがとう」
 抱きつく力を強めると、後ろから春人君が
「俺は?」
 冗談ぽく訊いてくる。
「却下です」
 雪乃にピシャリと言われ、わざと唇を尖らせてから
「残念」
 と、全く残念そうでない声色で言う。
「実はね、凛華と春人君にサプライズがあります」
 私を抱きしめる力を緩めた雪乃が「入ってくださ〜い」と部屋の外に向かって声をかけた。
 その言葉を合図にドアがガチャリと開き、
「凛華ちゃん、春兄、大学合格おめでと〜」
 大きなクラッカー音と共に、秋人君と蘭ちゃんが部屋に入っていた。
 そしてその後を続くように大きなホールのケーキを持った雪乃ママが入ってくる。
「二人とも、本当におめでとう。このケーキ、みんなで作ったのよ」
 フルーツがたくさん乗ったホールのケーキの中心には『凛華ちゃん、春人君、合格おめでとう』と書かれている。
「スポンジ作りは雪乃ママ、飾り付けは私、生クリームをひたすら作るのは秋人で、味見係は雪乃ちゃん」
 みんなの役割を蘭ちゃんが教えてくれる。
「見た目、素晴らしいけど、味はもっと素晴らしくて美味です。味見係の私が言うんだから、間違いなし!」
 力強く雪乃が言う。
 入院前はどんどん食が細くなって、ケーキなんて食べられなかった雪乃が、今はケーキの味見係。
 胸が熱くなる。
 私達が頑張れたのは、みんなの力。
 いつも縁の下の力持ちのように、支えてくれた。
 それがなければ、今の結果は出なかったかも知れない。
「ありがとう……みんな」
 もっと感謝の気持ちを伝えたいけど、言えたのはこれだけ。
 声が涙声で震えてしまって、秋人君が「もう泣かないでよ〜」と私と同じように震えた声でいた。
「このままじゃせっかくの祝杯がしんみりしすぎちゃう」
 雪乃ママが一人一人に紅茶を入れてくれる。
 ティーカップを雪乃が持ち上げる。
「これからもみんなが仲良く、健康でありますように。そして幸せでありますように〜。かんぱ〜い」
 みんな熱い紅茶が入ったカップで乾杯した。
 美味しいケーキに美味しい紅茶。
 楽しい祝賀会が始まった。
 途中で手作りクッキーとアイスが出てきた。
 暖かな部屋で食べるアイスは、格別だった。
 雪乃ママは「ついでに」と晩御飯まで出してくれ、ご馳走になってしまった。
 
 外はすっかり暗くなり、街灯の光が灯る。
「そろそろお(いとま)しようか」
 春人君の言葉でみんな立ち上がる。
 私と春人君がコートとマフラーを巻き出したのに、秋人君と蘭ちゃんはコートすら着ようとしていない。
「あれ? 帰らないの?」
 二人の上着がないかあたりを見回す。
 そう言えば二人が入ってきてから、上着らしいものを見ていない。
「今日は雪乃ちゃんの家にお泊まりするんだ。な〜」
 秋人君が蘭ちゃんを見ると、蘭ちゃんも「ね〜」と秋人君を見る。
「今日さ、雪乃パパ出張でいないらしくてさ、雪乃ママが雪乃ちゃんと二人だと心細いから泊まって欲しいって言ってて」
 と秋人君。
「もちろん蘭ちゃんは雪乃ママ()と同じ部屋で寝ます」
 雪乃ママは一歩前に進み出る。
「外は暗いから、春人君、凛華ちゃんをよろしくね」
 私と春人君が何か言う前に、雪乃ママと秋人君は私たちにカバンとリュックを渡し、玄関に追いやる。
「じゃ、気をつけて帰ってね〜」
 私達が目をぱちくりしている間に玄関の扉は開けられ、ポイっと外に出されてしまった。

「あれは……なんだったんだろう、ね?」
 呆気に取られている私とは反対に、春人君は
「そう言うことか〜」
 妙に納得しながら頷く。
「秋のヤツ、あとで説教だな」
 怒っているというより、春人君はなぜか楽しそうに笑う。
 ピューっと風が吹き、頬に冷たい空気が刺さる。
「私の大事な体温が〜」
 マフラーの中に埋もれようとすると、春人君の温かい両手で頬を包み込まれた。
「どう? あったかい?」
 いつものおどけた様子じゃなく、真面目な顔で真正面から見られる。
 ドキンっと胸が鳴る。
「まだ寒い?」
 今度はすっぽりと春人君の胸の中に入るように、抱きしめられた。
「本当だ。凛華ちゃんって本当に冷たいね」
 さらに強く抱きしめられて、頭の中が現状理解ができないまま、頭がフリーズしていく。
「……」
 無言の時間が過ぎていく。
 その時間のおかげで、少し正気を取り戻していった。
「あの〜……」
 恐る恐る見上げると、目の前に美しすぎる春人君のお顔が。
 いつ見ても、何回見ても、このお顔に慣れることはない。
「春人君……これは、一体、どういう状況なので、しょうか?」
 全世界一番の不思議だと言っても過言じゃない。
 どうして私は唐突に春人君に抱きしめられているのか?
「ずっと、いつ言おうか迷ってたんだ」
「ん?」
 私が求めていた答えとは違うであろう言葉が、返ってきた。
「こんなこと初めてだから、タイミングがわからなくて」
「ん?」
 だからそれはなんの話、なのですか?
 頭の上に『?』マークが飛び始める。
「でもそのタイミング、もしかしたら今なのかもしれない」
「ん〜?」
 尻上がりの疑問『ん〜?』が出てしまう。
「凛華ちゃん」
 まだ私を抱きしめ続けている春人君が、より顔を近づけてくる。
「ハ、ハイ!」
 なんだかよく話からにけど、名前を呼ばれて返事をした。
「気がついたら好きになってました。もしよかったら俺と付き合ってください」
 魅入られるかと思われるほど見つめられ、その瞳に吸い込まれる。
「え〜っと……あの〜……え〜っと……」
 私の語彙と思考能力が止まると、
「お返事は?」
 春人君の口角が上がる。
「え!?返事?」
 そう! そうだった!
 返事だ! 返事をしなければ!
「えっと……その……えっと」
 まだ私の語彙は止まったまま。
「そういう時はね『ハイ』っていうんだよ」
 春人君は私の髪の先を指に絡ませ遊ばせる。
「えっと……」
 口ごもってしまっていると、
「ハイっていうんだよ」
 もう一度念押しされる。そして、
「ハイって言って、お願い……」
 今度は余裕のない声色だった。
 私を見つめる瞳は不安そうに揺れている。
「こんな感じだけど、俺、倒れそうなぐらい緊張してるんだよ。だからお願い。ハイって言って」
 ポスンっと春人君が私の肩に頭を埋める。
 それが可愛くて愛おしい。
 頭を撫でると、スリっと私の首元に頬を擦り寄せた。
「猫みたいだね」
 思ったことをそのまま言ったら、
「聞きたいのはそんなことじゃない」
 と、怒られた。
 王子様だったり、びっくりしるぐらい優しかったり、びっくりするぐらい鈍感だったり、勉強ではスパルタ先生だったり、めんどくさがり屋だったり、甘えただったり……。
 本当に可愛い人。
「ハイ」
 私は答えた。
「え?」
 私の肩に顔を埋めていた春人君が、ガバッと頭を上げた。
「答えは『ハイ』。私はもっとずっと前から春人君のことを目で追っていたし、好きだったよ」
 素直に言えた。
 一般人の私が、よくもまぁ王子の春人君にそんなこと言えたもんだと思ったけど、今ぐらいは許してくれるかな?
 今度は私が春人君の胸に顔を埋めた。
 春人君の香がした。
 外は雪が降っているのに、春人君の香はお日様みたいに温かい。
 ずっとこうしていたいぐらい、心地いい。
「ありがとう」
 体を離されたかと思うと、柔らかなものが額に触れた。
「え?」
 見上げると、
「おでこにキスしちゃった」
 テヘっとはにかむ春人君がいた。
「え? え? え〜!?」
 私が叫ぶと同時に、雪乃の家のインターフォンからパーティー用のクラッカーの音がした。
 そして
「「「「おめでと〜」」」」
 合わせたように雪乃と雪乃ママ、秋人君、蘭ちゃんの声がした。
 え!? もしかして……。
 嫌な予感がする。
「インターフォンで全て見せていただきました」
 と、秋人君。
「春人君、告白するの遅過ぎ!」
 と、雪乃。
「お似合いです」
 と、蘭ちゃん。
「今度、お祝いパーティーしましょうね」
 雪乃ママまで参加した。
「いい返事がもらえたのは、みんなのおかげです。デートにいった際はお土産を買わせていただきます」
 と、春人君。
 私一人、はずかしい告白を見られてあたふたしてる。
「もしかして春人君。みんなが見てるの知ってたの?」
 まさかとは思いながらも訊いてみた。
「え? 凛華ちゃん気づかなかったの?」
 逆に驚かれた。
「知らないよ! っていうか、こんなことするなら先に言ってよ〜」
 春人君の胸を叩いていると、春人君の頬が赤く染まっているのがわかった。
 それは寒いから頬が赤くなったんじゃない。
 おどけて見せているけど、春人君も照れているんだ。
「も〜! 可愛いから、許す!」
 結局、私は全部王子様の春人君には勝てそうもなかった。

 ほかほかの私と春人君、インターフォン越しのみんなの笑い声が粉雪が降る中に、広がった。

ー終わりー