もしもこの気持ちを青春というのなら私は青春なんていらないと思った

 学校名は知っているけど、知り合いもいなければ行ったこともない学校。
 しかも中高一貫校の男子校!
 公立、共学の私達。
 なんなら比率的に女子が力を持っているクラスにいる。
 雪乃は美形だけど、私はあまり目立つ方でない。
 日々、私はひっそりと生活しているから、こんなに視線の的になったことはない。
 今までの人生で一回もない。
 周りから聞こえる、完全に声変わりしたヒソヒソ声。
 男子でもヒソヒソ声で話すことはあるんだ〜と思いながらも、なんだか居心地悪い。
 だって話の元も、好奇な眼差しも私と雪乃に向けられているのだから。
「雪乃〜、帰ろうよ〜」
 雪乃の腕に自分の腕を絡ませ、寄り添い不安を紛らわせる。
「何いっているのよ。生徒手帳(これ)ないと、定期買えないじゃん。再発行してもらうの、本当に面倒なんだからね」
 一度、定期を買うときの身分証明をなくした雪乃は、その時のことを思い出し、ふぅ〜と小さくため息を吐く。
「だったら明日、直接渡せばいいじゃない」
「じゃあ、凛華が寝癖君に声かけて渡してよ」
 頭の中でシミュレーションしてみたけれど、それこそ本当にない話。
「……」
 口篭っていると、「でしょ?」と雪乃。
「よく考えて。誰も私達のことなんて見てないって」
 言われたけど、視線が痛いほど見られてる……気がする。
「でも……」
 いいかけて、
「あ! あった! 職員室!」
 雪乃はなんだかんだ言いながらも、ちゃんと職員室を探していた。
 視線にビクビクしているばかりの私とは違う!
「さすが雪乃〜」
 寄り添う力を若干強める。
「でしょ? 私しの冷静さに感謝の気持ちがあるのなら、帰りにアイス奢ってよね」
 おでこを人差し指で突かれて、大きく頷いた。
 職員室に近づくほどに、生徒の数が増えてくる。
 そして私達を避けた生徒達で、道ができる。
 生徒が避けてくれたおかげで、職員室にはあっさりたどり着く。
 開けっぱなしの扉を一応ノックする。
「あの〜」
 中の先生に声をかけると、
「あ! お姉さん達だ〜」
 聞き覚えのある声がした。
「ね。届けにきてくれたでしょ?」
 周りの先生や生徒達に「ね」「ね」と言いながら、私達に近づいてくる。
「届けてくれて、ありがとう〜」
 爽やか笑顔で近づいてきたのは弟君。
「春兄、さっきまでいたんだけど、部活の部長に呼び出されて行っちゃったんだよ。ごめんね」
 謝られたけど、周りから聞こえる『マジで来た』『勇気ある〜』と言う小声と、視線がかなり痛い。
「わざわざありがとう」
 奥から優しそうな、白髪の男の先生がやってきた。
「男子校で入りづらかったでしょうに。きっと下村君のイタズラに巻き込まれたんだね」
 そう言ったあと、
「他校生に迷惑をかけたらダメじゃないか」
 チラリと睨むように視線を投げかけているが、まったく怖くない。
「イタズラなんてしてないですよ。ただ春兄が電車で生徒手帳を落としてしまって、心優しいお姉さん達が持ってきてくれると信じていただけです。ね〜」
 もう一度「ね〜」と可愛く同意を求められて、思わず「あ、ハイ……」と答えてしまった。
「ほら」
 弟君は周りを見渡す。
 弟君の出現から気にしていなかったが、いつの間にか、私と雪乃のまわりを囲むように人だかりができていた。
 これは早く帰らないと!
 先生に急いで手帳を手渡し、手続きの書類に記入する。
「では……」
 帰ろうとした時、
「あ! 春兄!」
 職員室の扉から入ってくるのは……寝癖君?
 全く寝癖がないから、一瞬寝癖君かわからなかった。
 近くで見ると、確かに顔は寝癖君。
 でも寝癖がない寝癖君は美形そのものだった。
「なくしてしまって、定期が買えなくて本当に困ってたんだ。わざわざありがとう」
 王子様のような笑顔を向けられて、一瞬尊さで体が砂になってサーっと消えていくかと思った。
「いえ……とんでもないです……」
 何か言わないとと思ってでた言葉が、なんの変哲もない言葉だった。
「そうだ。明日もあの電車に乗る?」
 私達が惚けている間に、受け取りの手続きを終わらせた寝癖君が顔をあげる。
「はい……」
「よかった。じゃあ、また明日ね」
 遠くから「下村兄〜」と呼ばれる声に「今行く〜」と寝癖君は答え、
「今日は本当にありがとう」と言い残し、職員室を後にした。
 怒涛のような時間が過ぎて、ホッとしていると、
「明日、楽しみだね」
 どこともなくひょっこり現れた弟君がそれだけ言い残し、「下村弟〜」と呼ばれる声に「は〜い」と答えて消えていった。