もしもこの気持ちを青春というのなら私は青春なんていらないと思った

 それからしばらくして、水のペットボトルを持って、秋君が帰ってきた。
「春兄と雪乃ちゃんは?」
 私の顔はチラリとしか見ていなかったのに、春人君と雪乃はキョロキョロしながら探している。
「医務室に行ったよ」
 冷えた気持ちのまま、秋人君に二人の居場所を伝えた。
「そっか、医務室に行ったのか」
 秋人君が安心したように言う。
「私達も行こっか」
 秋人君に、春人君と雪乃の居場所を伝えるという、役目は果たした。
 私は雪乃の親友。
 なのにどうしてだろう。
 心配する気持ちより、どんどん心が冷たくなっていくような気がする。
 冷たい人になっていくような気がする。
 雪乃のことが心配。
 でもそれよりも……。
「そうだね、行こっか」
 地図で医務室の場所を確認した秋人君が歩きだした。

 医務室のベッドでは雪乃は目を閉じていた。
 いつもの雪乃より、とても小さく見えた。
 眠っているかと思ったけど、私と秋人君が来ると、ゆっくりと目を開ける。
「凛華……」
 か細い雪乃に呼ばれ、
「体、楽になった?」
 弱っている雪乃を見ると、冷たい気持ちが雪乃を心配に思う気持ちへと変わる。
「うん……」
 微笑むけど口角が少し上がっただけで、とても弱々しい笑み。
「凛華……」
 ベッドの中から雪乃の手が出てきた。
「ん?」
 その手を握ると、
「ごめんね……」
 雪乃が私に謝る。
「ほんとに……ごめんね……」
 雪乃の目にはうっすら涙が浮かんでくる。
「雪乃は謝らないとダメなことなんて、一つもないよ」
 辛そうな雪乃の涙を見ていると、私まで辛くなってきて涙が浮かんできた。
 それでも雪乃は「ごめんね。ごめんね」と謝り続ける。
 雪乃、謝らないで。 
 謝らないといけないのは私の方だよ。
 雪乃が辛い時、私は自分のことしか考えてなかった。
 一番の親友が苦しんでいた時なのに、私は春人君と一緒にいたかったって思ったんだよ。
 雪乃を心配し、抱き上げ医務室に向かう春人君の姿を見て、黒いモヤがかかって、気持ちも冷たくなっていったんだよ。
 心配するより、黒い気持ちが出てきたんだよ。
 最低だ……私……。
 まっすぐに雪乃を見れなかった。
 
 しばらくして雪乃のママが血相を変えて、医務室にやってきた。
「雪乃!」
 いつもは綺麗にしておしゃれな雪乃のママの姿は、着の身着のままの姿で、走ったのか髪も少し乱れていた。
 手には財布と車の鍵しか持っていない。
 もしかしたら、家の鍵を閉め忘れるほど急いで来たのかもしれない。
「雪乃!」
 もう一度名前を呼び、真っ青な雪乃のそばに駆け寄る。
「帰りましょう」
 優しく声をかけると、雪乃は弱々しく頷いた。
「凛華ちゃん、春人君、秋人君、ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
 雪乃のママは頭を下げた。
「雪乃ママ、そんなことしないでください」
 春人君が下げたままの雪乃ママの両肩を押して、顔を上に上げさせる。
「無理させてしまったのは、俺の責任です。すみませんでした」
 春人君は雪乃のママに頭を下げた。
「ううん。春人君の気持ち、私も嬉しかったわ。ありがとう」
 何に対して雪乃のママはお礼を言ったのかは、私にはわからない。
 でも隣で話を聞いていた秋人君は、少しは話の内容がわかっていたようで、険しかった表情が(ほころ)んだ。
 多分この場所で、雪乃のママが『ありがとう』と言った意味がわからないのは、私だけ。
 私だけなんだ……。
 もう嫌だ。
 私の気持ちが上がったり下がったり、モヤが出てきたり消えたり……。
 もう嫌だ。
 ここにいたくない。
 でもこの部屋から飛び出す勇気はなかった。