もしもこの気持ちを青春というのなら私は青春なんていらないと思った

本当は春人君と二人で出かける日。
 ずっとずっと楽しみにしていたひ。
 なのに今は、流れる車窓をぼんやりと眺めている。
 乗客はまばらで席も空いているけれど、座る気にもなれなかった。
 座るのさえめんどくさい。
 乗り込んだ入り口のドアに体をもたれかけさせ、倒れない程度に立っている。
 待ち合わせの駅に早く着きたくなくて、普通電車に乗った。
 春人君と一緒に出かける。
 それは変わらないのに、ほんとうに行きたくない。
 みんなのことが嫌いだとか邪魔だとかじゃない。
 みんなで出かけたら、本当に楽しいと思う。
 でも今は楽しめない。楽しみにもできない。
 会いたくない……。
 そう思ってしまう自分が本当にいやだ。
 胸の中に広がり始めたモヤが徐々に暗さを増していき、春人君からの電話がくる前にまであった楽しみにしていた気持ちが覆い隠され、見えなくなってくる。
 普通の私が春人君と一緒にいられるだけでいいって思ってたじゃない。
 なのに、どうしてこうなったの?
 抑えようとしても奥から湧いてくるような願望。
 春人君に見てもらいたいという願望。
 気にかけて欲しいと思う願望。
 秋人くんや雪乃とみんなで出かけるより、私と出かけて欲しいと思ってしまう願望。
 春人君とは恋人でもないのに思ってしまう。
 まだ友達にすらなれてないかもしれないのに、思ってしまう。
 ただの知り合いかもしれないのに、そう思ってしまう。
 押さえ込もうとしても、願望が膨らみ私をコントロールしようとしていることが、本当に本当に嫌だった。

 待ち合わせの駅に電車が着く。
 降り、トイレに向かう。
 人があまりいないトイレの中の鏡の前に立ち、きく深呼吸をする。
 鏡の中には、暗い顔の私がいた。
 全然楽しそうじゃない。
 みんなと出かけるのに、全然楽しみにしてそうじゃない。
 このままじゃ、不機嫌なのかなと思われてしまうかもしれない。
 両頬を両手でパンパンと二回、叩いた。
 モヤは無くならないけど、なんとか気持ちを切り替えようと頑張った。
「よしっ!」
 小さな声で気合を入れて、一本に結ばれていた口角を指で引き上げる。
 大丈夫。私はいつもの私でいられる。
 みんなと出かけるのは、これが二回目。
 きっと楽しいはず。
 トイレから出ようとした時、外で春人君が「本当に大丈夫?」と心配そうに誰かに言う声がした。
 春人君に話しかけられた人の声は聞こえなかったけど、「何かあったらすぐに電話して」とまた心配そうな春人君の声がした。
 誰だろう? 
 思っていると、トイレに入ってきたのは雪乃だった。
「あ……」
 私を見た雪乃が、驚いたように立ち止まった。
 いつものような元気さはなく、私と会ったのがバツが悪そうに困ったような顔をし、視線を落とした。
「今日、二人でデートだったのに、みんなで出かけることになっちゃったね」
 困り顔の雪乃は視線を下に向けたまま言う。
「うん……」
 言葉が止まってしまう。
 こんな時『みんなと出かけられるのも楽しみだよ』とすぐに言えたらいいのに、それが言えない。
「なんだか……ごめんね……」
 謝られた。
 モヤっとした。
「え? どうして?」
 雪乃は理由なく謝る子じゃない。
 なのにどうして?
 訊き返すと雪乃はハッとし、
「ううん。なんでもない」
 泣きそうな笑顔を向けられた。
 本当はちゃんと理由を聞きたかったけど、そんな顔されたら、もうなにも聞けない。
 雪乃はトイレに入ってきたのに、
「行こっか」
 と、そのままなにもせずトイレの出口に体を向ける。
「いいの?」
 トイレに来たのに、なにもせずに出て行こうとする雪乃に声を掛けると、
「あ……そうだった。手を洗いに来たんだった」
 耳を触りながら言った。
「そっか……。雪乃も忘れることがあるんだね」
 雪乃に笑いかけると、本当にホッとしたように雪乃も笑い返して手を洗う。
「もう本当に大丈夫?」
「ごめんごめん」
 少し照れながら、雪乃が笑う。
「今日の水族館、チンアナゴいるかな?」
「いると思うよ。時間が合えばペンギンのお散歩も見れるらしいよ」
「え〜! それ見たい。みんな集まったら、時間調べよ」
 いつものようなおしゃべりが始まった。
 雪乃、私と何歳の時からの親友だと思ってるの? 
 幼稚園の時からだよ。
 だからわかる。
 雪乃が耳を触りながら言う時は、嘘ついてる時なんだよ。