もしもこの気持ちを青春というのなら私は青春なんていらないと思った

 とはいえ、春人君の勉強方法はストイックすぎて、私にはなかなか難しい。
 例えば数学をしていて頭が疲れてきたら休憩するのでなく、間髪入れずに英語をする。
 春人君曰く『違う分野の勉強をすると、いい切り替えになる』とのこと。
 私からいえば『そんなことあるか〜い!』だけど、そんなことは言えない。
 笑顔で「そうだよね〜」と答えてしまった私を……今は殴ってやりたい!
「凛華ちゃん疲れてきたんじゃない?」
 春人君の口から恐ろしい単語が飛び出した。
 この言葉の続きは……。
「じゃあ今度は生物しよっか」
 差し出された参考書が古文から生物に変わった。
 こんな調子でぶっ通し二時間勉強している。
「春人君……そろそろ本当に休憩……しない?」
 恐る恐る訊いてみたけど、返ってきた答えは
「え? これ休憩だよ」
 とのことで、春人君は私に教えるべく私の生物の教科書に目を通している。
 そりゃさ、頭脳明晰の春人君からしたら、その勉強方法もいいかもしれないけど、私のような一般人の頭はパンクしそうです!
 と、叫びたいけど、そんなこと言って春人君に勉強を教えてもらえなくなったら嫌。
 春人君にいいところを見せたい。
 なかなかやるなと思われたい。
 だから私は頑張る!
 頭がパンクしてガス欠を起こしても、私はこの勉強会の間走り続けるのです!

 フラフラになりながら、やっとの思いで帰宅。
「ただいま……」
 消え入りそうな声で言うと、ママの「ご飯できてるわよ」の声がした。
 本当はお腹はペコペコなのに、ダイニングに向かう気力がない。
「後で食べる〜」
 また消え入りそうな声で返し、自分の部屋に直行。
 制服をきたままベッドにダイブすると、重いまぶたが落ちてきて、私はそのまま眠ってしまった。
 どれぐらい寝てしまっていたのか、着信音で目が覚めた。
 発信主を見ると『春人君』と出ていた。
 ぼんやりしていた頭が、一瞬にして冴える。
 大急ぎで通話を押す。
「あ、凛華ちゃん。今大丈夫?」
 スマホ越しだが、直接耳に入ってくる春人君の声。
 いつまでも聞いていたくなる、優しい声。
 耳が癒される〜。
「大丈夫。なんの問題もないよ」
 頭は一瞬にして冴えたのに、言葉選びは相変わらず冴えない。
「よかった。今日、なんだか疲れてたような気がして、気になってたんだ」
 実は大丈夫なフリをしていたけど、最後の方はもう頭の容量も体力もいっぱいいっぱいだった。
 春人君と秋人君と駅の改札で別れると、疲れが一気にやってきてフラフラして帰ってくるのもやっとのこと。
 私はいっぱいいっぱいなことを隠していたつもりだけど、うまく隠せてなかったのかな?
「そんなことないよ。本当に元気」
 寝たからスッキリしたのは本当。
 元気に答えてみた。
「だったらいいんだけど……。俺の勉強方法、キツイって秋に言われたことがあったの思い出して……。凛華ちゃんの負担になってないかなって心配になってたんだ」
 秋人君も春人君の勉強方法がきつかったってことは、私だけがきつかったわけじゃなかったんだ。
 なんだか私一人置いて行かれていないような気がして、ホッとした。
「俺さ、凛華ちゃんと一緒に勉強するの楽しくってさ、ついついいいところ見せたくなっちゃうんだよ」
 春人君と一緒にいるようになったからわかる。
 今の声は、少し照れた時の声。
 それに『ついついいいところ見せたくなっちゃう』ってどう言うこと!?
 普通の時でも格好いい春人君がもっとかっこよく見せたいってこと?
 え? 出来の悪い私との勉強会で?
 春人君は私にずっと教える側で、自分の勉強は私が問題を解いている間しかない、非効率な勉強になってしまってるのに?
 ちょっと待って。私にいいところを見せたいって……どういうこと?
 どういう意図?
 どういう気持ち?
 私に意図的にいいところを見せようって、どういう心境なワケ?
 勉強会の時よりももっと、頭にたくさんの『?』が頭の中を飛んでいる。
「だから俺が暴走してたら教えて。俺、凛華ちゃんと一緒にいたいから」
「……」
 最後の締めに、衝撃的な言葉が聞こえてきて言葉を失った。
 何か答えないといけないと思いながらも、頭がフリーズしてしまって何も言葉が出てこない。
 だってあの(・・)春人君が、私と一緒にいたいって……。
 いたいって言ったなんて……。
 これは私にとって都合のいい夢?
 頬をつねってみたら痛かった。
 とう言うことは、これは夢じゃない。
 夢じゃない!
 この夢のような……夢でしかないような今。
 何か言わないと。
 この気持ちを春人君に伝えないと。
 私も春人君と一緒に勉強するのが楽しくて、一緒にたらいいところを見せたくなる。
 私も春人君と一緒にいたい。
 私も春人君と同じ気持ちだって伝えないと。
「春人君……あの……」
 緊張して喉がカラカラになるし、心臓も苦しいぐらいに脈打っているのがわかる。
 言える状態ではないけど、今言わなくちゃダメ。
 大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「春人君……私も……春人君と同じ……」
 意を決して言いかけた時、
「ご飯は無理でも、お風呂に入りなさい」
 ノックもなしにママが入ってきた。
「……ママ! ノックしてよ!」
 春人君と電話中なのに、スマホを持ったまま叫んでしまった。
「あら、電話中だったのね。ごめんなさい」
 私がスマホを持ったままだったからか、ママはいそいそとドアを閉めて出て行く。
 せっかく意を決して言おうと思ったのに!
 もう一度大きく深呼吸をして、スマホを耳に当てると、スマホの向こうで春人君が大笑いしている声が聞こえてきた。
「春人……君?」
 そりゃ、あんな状況になれば笑いますよね。
 でもそんなに笑わなくても……。
 恥ずかしくて恥ずかしくて、すぐにでも通話を終了する赤い丸をタップしたい。
 でも春人君がかけてきてくれた電話。私からは切ることなんてできない。
 恥ずかしすぎて、恥ずかしすぎて、涙が出てきた。
 グスンと鼻がなる。
「あ……。ごめん……」
 さっきまで爆笑していたのが嘘みたいに、春人君の笑い声は聞こえなくなった。
「あの、その……笑っちゃって……ごめん」
「……」
「変な意味で笑っちゃったんじゃなくて、凛華ちゃんらしいなって思って」
「……」
「なんて言ったらいいかわかんないけど、可愛いなって思って」
「え?」
「家に帰ったらご飯食べる前に寝落ちしちゃったんだよね。それぐらいすごく一生懸命、俺と勉強してくれてたって思ったら、なんだか本当に可愛くて」
 顔から、全身からブワッと火が出たみたいになった。
 一軍じゃない私のことを可愛いって言ってくれたことも、一生懸命勉強していたことをわかってくれたことも、全部嬉しかった。
 はじめはみんなとの差を埋めたかったから、勉強を頑張った。
 でもそれは少しずつ、みんなとの勉強が楽しくなってきたから。
 みんなと同じ方を見て、頑張るのが楽しかったから。
 みんなが私のために、いろいろ教えてくれたから。
 私一人頑張ってるんじゃないって、気づかせてくれたから。 
 春人君が一生懸命、私がわかるように教えてくれたから。
 だから頑張れた。
 私でも一つの方を見て、頑張れるって気がつけたことが嬉しかった。
 頭がパンクしそうなほど大変だけど、晩御飯食べずに寝落ちしちゃうほど大変だけど、でも楽しい。
 春人君の言葉で顔から火が出たかと思うほど恥ずかしかったけど、次第に嬉しさが増してきて、嬉しすぎて涙が出てきた。
 涙と一緒にまた鼻がグスンとなった。
「ご、ごめん!」
 鼻がなるのが聞こえたのか、春人君が大急ぎで謝る。
「その、あの、変なこと言ったなら謝る。本当にごめん……。でもこれだけはわかってほしい。俺、今みたいに楽しく勉強できたの初めてだし、凛華ちゃんと勉強するの楽しい。だから……」
 春人君の声がだんだん困ってきている。
「私もこんなに楽しい勉強は初めて」
 鼻声になりながらも、春人君に伝われと思いながら言った。
「私絶対一番成績伸ばして、お願い聞いてもらうんだから。だからこれからも、勉強いろいろ教えてね」
 涙は出ている。でもそれは嬉し涙。
 嬉しくて涙が出るのは初めての経験だった。