もしもこの気持ちを青春というのなら私は青春なんていらないと思った

 また私の足は地面から一センチほど浮き、雪乃に手を繋いでもらいながら、ダンスバトルがある会場に向かう。
 前に春人君、秋人君。後ろに私と雪乃の二列になって会場に向かう。
 どんどん海辺の倉庫街に進んでいく。
 こんなところに会場なんてあるの? と思いながら進んでいくと、
「着いたよ」
 中から洋楽の重たい音が音漏れしていたのは、倉庫街の一つだった。
 外観がそこだけ違ってるとかじゃなくて、本当に海辺の倉庫。入り口に劇場の名前が書いてある看板が書いてあるだけで、言われないとここが劇場だとはおもわない。
 それに想像以上に小さい。
 知り合いらしき人と話をしている人たちは、見た感じ高校生、大学生。社会人っぽい人。
 私が今まで関わったことのない人達ばかり。
 知り合いを見つけたのか、秋人君が「ちょっと行ってくる」と駆けて行った。
「もしかしてここって、ライブハウス?」
 キラキラした目の雪乃が訊いた。
「そう、ライブハウス。雪乃ちゃんよく知ってるね」
 遠くから同じ年頃の男の子に手を振られ「春人〜」と呼ばれ、手を振り返しながら春人君が言った。
「会場の名前見た時、もしかして〜って思ったの」
 そう言いながら雪乃は外観をいろんな角度から見ている。
「ライブハウス、一度は行ってみたかったけど、誰でも行けるところじゃないじゃない? ほら、私たちみたいな女子高生は。ね〜」
 雪乃に同意を求められたけど、そもそも『ライブハウスって何?』状態の私は苦笑いさえできず、口角をひきつらせただけだった。
「確かに行く機会ってなかなかないけど、一度行ったら次からは行きやすいよ。知り合いも増えるしね」
 知り合いに挨拶をしてきた秋人君が帰ってきて、春人君に後ろから抱きついた。
 美形に美形。兄弟ながらに絵になる。
「ダンスバトルはだいたいライブハウスでするから、これから行く機会、増えるね」
 そう言いながら、春人君は背後にいる秋人君の頭をわしゃわしゃと撫でた。
 今、春人君『これから行く機会が増えるね』と言いましたね。
 それって、また誘ってもらえるってこと?
 勝手に一人浮かれて頭の中にお花畑が広がったが、
「春〜、秋〜」
 春人君と秋人君に駆け寄ってきた女の子達を見て、頭の中のお花畑が全部枯れた。
 美女も美女。
 さらにメイクもしてる。
 大学生ぐらいかな?
「春、久しぶり〜。いつぶり?」
 美女は私たちのことなんて空気のように押しのけ、春人君と秋人君の前に出た。
 いつもの秋人君なら美女を追い払うのに「半年ぶりかな?」なんで親しげに話してる。
「何回もメールしたのに既読スルーさえしてくれないって、どういうことよ」
 美女は怒った素振りも美しい。
 同じ土台に立てないからこそ湧かない嫉妬心。
 別世界の人々ってこういうことを言うのかな?
「ごめんって。そんな気分になれなくて」
 困った顔の春人君に美女は、
「これで許してあげる」
 両腕を広げた。
「仕方ないな。一回だけだぞ」
 春人君は美女を軽くハグした。
 自然なハグ。
 私の息がヒュッとなった。
 親しいからこそ出来た自然なハグ。
 ポッと出の私にはありえない世界。
 今までの浮かれた気持ちが全部、凍ってハンマーで叩かれて砕けていく。
「これでおしまい。俺たち今日は友達と一緒だからそっちには行けない。他のやつにも言っといて。凛華ちゃん、雪乃ちゃん、行こ」
 春人君は私と雪乃の手を握り、ライブハウスの中に入っていく。
「春人秋人久しぶり〜、元気してた?」
 ワンドリンクのコインを手渡してくれた受付のお姉さんにも、声をかけられていた二人。
 それだけじゃない。歩くたび、誰かとすれ違うたびに「久しぶり〜」って声を掛けられている。
 そして私は「こいつ誰?」って顔で見られる。
 居心地が悪くて目線を下にすると、その度に春人君は「俺と秋の友達で凛華ちゃんと雪乃ちゃん。いい子達だけどダメだからね」って紹介してくれた。
 何がダメなのかわからなかったけど、アウェイな場所でもちょっと嬉しかった。
 受付は明るかったけど、中に入るにつれ暗くなっていき、おとはか大きくなる。
 内臓に響くような低音は、びっくりしたけど気持ちが上がった。
 いつもと違う場所に来てるってワクワクする。
「ここ、段差あるから」
 春人君が手を添えてエスコートしてくれる。
 やっぱり王子〜!
 胸の中で叫んでしまう。
 薄暗いけど、赤や黄色、青や緑の照明で演出されている。
「あそこがDJボックス。かっこいいだろ? あの人の選曲好きなんだ〜」
 話す春人君は、青年王子様の顔から小さい頃の王子様のようなキラキラした瞳だった。

 バトル開始時間となり、暗かった室内が明るくなる。
 MCが現れDJ紹介。そしてバトル形式が発表された。
 ①持ち時間があって、その時間内にバトルする。
 ②かかる曲は知らされてなくて、選手は即興で踊る。らしい。
 その他もろもろあるみたいだけど、初心者の私にはこの2つが分かればよしとしよう。
 バトルが始まった。
 秋人君はスマホで撮影係。
「対戦相手が悪かったな」
 進み出る春人君の後ろ姿に秋人君が呟いた。
「どうして?」
 興味津々の雪乃が訊くと、
「だってエマ、前回の優勝者」
 秋人君の視線の先を見ると、さっきいた美女が立っていた。
「あっ……」
 鋭い視線の彼女と目が合ったような気がして声が出たけど、周りの曲にかき消された。
 先行は春人君。
 もうそれはそれはかっこよかった。
 具体的にって言われても頭の中がパニックになるほど、かっこよかった。
 キレッキレで一つの動作が力強い。
 なのにどうしてそこまで足が上がるの? ってほど上がるし、床に開脚みたいだけど片足曲げてもう片足は伸ばして、その後すぐに立ち上がる(後であの技は『ゲッタン』だと教えてもらった)技とか、も〜いろいろ出てきすぎて語彙が破滅するほどかっこよかった。
 エマさんとは白熱した戦いだった。
 結果は春人君の勝利。
 勝ちがわかった時、春人君は私たちの方を見て両手を振ってくれた。
 もう王子で神対応!
 私、今天に召されそうです。
「……華、凛華……凛華ってば!」
 雪乃に肩を揺さぶられて、天国から地上に意識が戻ってきた。
「へ?」
「『へ?』じゃないわよ。次、春人君だから」
 どうやら私は一回戦が終わった春人君が私たちの元に戻ってきてくれてから、今の今まで上の空だったみたい。
 何を訊かれても「かっこよかった……」しか言わなかったそうです。
 これは仕方ないって三人とも諦めてくれたみたいだけど……。
 それは恥ずかしすぎる!
 かっこよかったのは本当のことだけど、恥ずかしすぎる。
 穴があったら入りたい!
 穴がないから掘って埋まりたい!
「凛華ちゃんは正直だからね〜。仕方ないよ」
 フォローなのか秋人君が私の肩をポンポンと叩く。
「そこも凛華のいいところ」
 雪乃も肩をポンポンと叩く。
「あ、ありがとう……」
 美男美女の二人に言われて照れた。
 けど私のモットー。それは、
 ー褒められたら、そのまま受け止めるー
 もっと可愛くて優秀な子は謙遜も必要かもしれないけど、普通の私は謙遜する意味がない。
 それにあんまり褒められないもんね。
 だから褒められたら受け止める!
「「素直でよろしい」」
 同時に言われてさらに照れた。
「次のバトルは、ちゃんと見るのよ」
「え?」
「さっき見惚れてただけじゃない。次はちゃんと見ないともったいないよ」
 目配せした雪乃の視線の先に春人君がいた。
 顔つきが変わってた春人君に。
 暗い観客席から照明が当たるバトル場。
 そこで踊る春人君はいつもの春人君と違ってた。
 ダンス未経験者でもわかる。
 相当練習したんだよね。
 電車の中での春人君を思い出す。
 私はてっきり化学と数学が好きだからしているのかと思ってた。
 でもわかった。それは春人君が見ている未来のために必要だからじゃないかって。
 だから頑張れるんじゃないかって。
 輝いて見えるのは、その努力の結果じゃないかって。
 ただかっこいいだけじゃない。
 私みたいに上部だけのものにかけられるものじゃなくて、もっと深いところのためにかけられた努力。
 前だけ向いて進む姿が輝いていた。
 私は今までよりもっと『下村春人』という人を知りたいと思った。