冷酷な皇子と、記憶を売る后

季節は巡り、後宮の庭に薄紅色の梅が咲き始めた頃だった。
私の体調は、日を追うごとに目に見えて衰えていた。呪いを吸い上げるたび、私の内側は蝕まれ、鏡に映る自分の顔色は土人形のように白く透けていく。だが、蒼真様はそんな私の異変に、むしろ誰よりも早く気づいていた。

「……雪乃。今夜は儀式を休む」

冷たい風が吹き込む寝室で、彼は私の手首を掴んで強引に引き止めた。
ここ数週間、彼は私を「掃除屋」と呼ぶことをやめていた。しかし、その分だけ彼の眼差しは、私を捕らえて離さない枷(かせ)のように重く、鋭くなっている。

「いいえ、それでは殿下が苦しみます。契約に反しますわ」
「契約など知ったことか! お前は、今にも消えてしまいそうじゃないか」

彼は荒々しく私を抱き寄せた。その腕は驚くほど熱く、心臓の鼓動が私の胸に直接響いてくる。かつては氷のように冷たかったはずの彼の体温が、今は私を火傷させるほどに切実な熱を孕んでいた。

「私のために、これ以上自分を削るなと言っているんだ。私の痛みが、お前の命を奪っていく……そんなことのために、お前をここに置いたのではない」

初めて聞く、彼の『本心』だった。
愛などないはずの冷酷な皇子が、今、私という一人の女の生存を懸命に案じている。それがどれほど不合理で、どれほど狂おしい執着か、彼自身も気づいていないのだろうか。

「……殿下は、お優しいのですね」

私は彼の手を握りしめ、そのまま自分の頬に当てた。

「でも、これは私が選んだことなのです。あなたが帝位に就き、この国を正しく導くために。あなたが憎んでいるその『呪い』を、あなたの一部として抱きしめてあげられるのは、この世で私しかいないのですから」

「雪乃、やめろ……。そんな悲しい慈愛を、私に向けるな」

彼は深く顔を歪め、私の肩に額を預けた。
その瞬間、彼から流れ込んできたのは、これまでのような『呪いの毒』ではなかった。それは、言葉にはできないほどの激しい――切実な『渇望』だった。

彼が私を求めている。呪いを捨ててでも、私という存在そのものを手に入れたがっている。

――ああ、これではいけない。

私の心の中に、一つだけ、決して彼に教えてはならない秘密が芽生えていた。
半年後、私の記憶からこの記憶を消し去る契約。それは、彼を救うためだけではない。このまま彼を深く愛してしまえば、いつか必ず来る別れの痛みに私が耐えきれなくなるからだ。

私は彼の髪に指を絡め、そっと唇を寄せる。

「殿下。もし、明日私が何もかも忘れてしまっていたら……その時は、また一から私を愛そうとしてくださいますか?」

「……二度と、そんな縁起でもないことを言うな」

彼は私を抱きすくめる力を強めた。その声には、怒りよりも深い、泣き出しそうなほどの焦燥が滲んでいた。
窓の外では、夜明けを告げる鐘の音が鳴り響こうとしている。
愛のない契約から始まった私たちの夜は、こうして終わりを告げ、それよりもずっと深い、終わりのない情愛の泥沼へと沈み込んでいくのだ。

清涼殿の冷たい風は、もうどこにもなかった。
ただ、互いの心臓が一つに重なる、熱に満ちた静寂だけが、そこに残されていた。