契約の夜から三日。私は清涼殿の片隅で、日々を静かに過ごしていた。
蒼真様は私のことを徹底的に無視していた。食事を運んでも、刺繍を繕っていても、彼は視界の端に私を捉えながらも、まるでそこに誰もいないかのように振る舞う。
だが、夜になると空気が一変する。
月が天頂に達する刻、彼は必ず私を寝台の傍へ呼び寄せた。
呪いの発作が訪れるのだ。彼の体内に蓄積された負の感情が、黒い霧となって肌を伝い、夜な夜な彼を蝕む。
「……来い」
短く命じられ、私は寝台に腰を下ろした。
蒼真様の額には冷や汗が浮かび、苦悶にその美しい眉が歪められている。私は躊躇わず、彼の額にそっと掌を添えた。
「――っ、く」
触れた瞬間、私の中にどろりとした闇が流れ込んでくる。
殺意、孤独、誰からも愛されないと嘆く慟哭、帝位という重圧。それらが私の神経を焼き切りそうなほど激しく突き刺さる。普通の人なら、一瞬で精神が崩壊するほどの『毒』だ。
私は呼吸を整え、その毒を愛おしむように受け入れた。
あなたを苦しめるものよ、私のところへおいで。そう心の中で呼びかけながら、慈しむように彼の頬を撫でる。
やがて、蒼真様の苦悶が和らぎ、整った寝息が聞こえ始めた。
私はふらつく足取りで床に崩れ落ちる。意識が遠のく中、誰かが私を支えた気配がした。
「……なぜ、そこまで」
微かな呟きが聞こえた気がして、私は薄く目を開けた。
そこには、眠りから覚めたばかりの蒼真様が、驚愕と当惑が混ざり合った瞳で私を見下ろしていた。
「お前は、私が殺してもいいような存在だろう。それなのに、どうして……そんなに優しく、私の『汚物』を抱きしめるんだ」
私は力なく笑った。声が出るほどの余力はなかったけれど、指先で彼の掌に小さな印を描く。
――あなたの痛みを共有できるのは、今、世界で私だけですもの。
彼はその場に凍りついたまま、震える手で私の髪をそっと払った。
冷徹な氷の壁に、目に見えない亀裂が走った音がした気がした。
「……明日から、お前の食事を最上級のものに変えさせろ。……死なれたら、私の呪いの排出先がなくなる」
それが、彼なりの不器用な労りだと分かっていた。
私はまた、そっと目を閉じた。彼の中に少しずつ、私という存在が溶け出している。それが、たとえ「契約」という名の檻の中だとしても。
蒼真様は私のことを徹底的に無視していた。食事を運んでも、刺繍を繕っていても、彼は視界の端に私を捉えながらも、まるでそこに誰もいないかのように振る舞う。
だが、夜になると空気が一変する。
月が天頂に達する刻、彼は必ず私を寝台の傍へ呼び寄せた。
呪いの発作が訪れるのだ。彼の体内に蓄積された負の感情が、黒い霧となって肌を伝い、夜な夜な彼を蝕む。
「……来い」
短く命じられ、私は寝台に腰を下ろした。
蒼真様の額には冷や汗が浮かび、苦悶にその美しい眉が歪められている。私は躊躇わず、彼の額にそっと掌を添えた。
「――っ、く」
触れた瞬間、私の中にどろりとした闇が流れ込んでくる。
殺意、孤独、誰からも愛されないと嘆く慟哭、帝位という重圧。それらが私の神経を焼き切りそうなほど激しく突き刺さる。普通の人なら、一瞬で精神が崩壊するほどの『毒』だ。
私は呼吸を整え、その毒を愛おしむように受け入れた。
あなたを苦しめるものよ、私のところへおいで。そう心の中で呼びかけながら、慈しむように彼の頬を撫でる。
やがて、蒼真様の苦悶が和らぎ、整った寝息が聞こえ始めた。
私はふらつく足取りで床に崩れ落ちる。意識が遠のく中、誰かが私を支えた気配がした。
「……なぜ、そこまで」
微かな呟きが聞こえた気がして、私は薄く目を開けた。
そこには、眠りから覚めたばかりの蒼真様が、驚愕と当惑が混ざり合った瞳で私を見下ろしていた。
「お前は、私が殺してもいいような存在だろう。それなのに、どうして……そんなに優しく、私の『汚物』を抱きしめるんだ」
私は力なく笑った。声が出るほどの余力はなかったけれど、指先で彼の掌に小さな印を描く。
――あなたの痛みを共有できるのは、今、世界で私だけですもの。
彼はその場に凍りついたまま、震える手で私の髪をそっと払った。
冷徹な氷の壁に、目に見えない亀裂が走った音がした気がした。
「……明日から、お前の食事を最上級のものに変えさせろ。……死なれたら、私の呪いの排出先がなくなる」
それが、彼なりの不器用な労りだと分かっていた。
私はまた、そっと目を閉じた。彼の中に少しずつ、私という存在が溶け出している。それが、たとえ「契約」という名の檻の中だとしても。



