冷酷な皇子と、記憶を売る后

離宮の庭に、冷たい刃の音が響き渡る。
蒼真様は一歩も引かず、襲い来る刺客たちを剣の舞のような流麗さで薙ぎ払っていた。彼の背中越しに、私は必死に戦況を見極める。

「雪乃、下がっていろと言っただろう!」
「いいえ! あなたを一人になどしません!」

私が叫んだ瞬間、影から現れた一人の刺客が、私を狙って短刀を振り下ろした。刹那、私は懐に忍ばせていた護身用の短刀を抜き、相手の手首を正確に弾き飛ばした。
かつて一族の汚名を背負い、冷酷な皇太子の「器」として生き抜くために磨いた技術。それは、彼を守るための護身術として、今ここで開花した。

蒼真様がその隙を逃さず、刺客を追い詰める。やがて、残った者たちは蒼真様の圧倒的な武勇と、私たちの揺るぎない絆に気圧されたように、夜の闇へと消えていった。

静寂が戻る。離宮の庭には、戦いの爪痕として折れた桜の枝が散らばっていた。
蒼真様は荒い息を吐きながら、血のついた剣を収めた。そして、駆け寄った私の肩を強く掴み、全身を検分するように見つめる。

「……怪我はないか? どこか、痛むところはないか?」
「ええ、私は無事です。あなたこそ……」

彼の頬に、一筋の切り傷があった。私は震える手でそこに触れる。
彼を守りたかった。けれど、結局は彼に守られていた。私たちは、契約という名の檻の中で、お互いを必要とすることしか知らなかったのかもしれない。

「雪乃」

彼は私を抱き寄せ、そのまま地面に座り込んだ。桜の木の下、月明かりが二人の影を重ねる。
彼は私の首筋に顔を埋め、まるで壊れ物を扱うように繊細な手つきで私の髪を梳いた。

「もう二度と、私を一人にはしないと誓ってくれ。……お前がいない世界など、私にとってはただの闇だ」
「誓います。どんな時も、あなたが選んだ道ならば、私は隣を歩きます」

彼は深く安堵の息を吐き、私を抱きしめる力を強めた。
その温もりは、もう誰にも奪わせない。
皇太后の影、権力争い、そしてかつての呪い――すべてを乗り越えて、私たちは今、ここにある。

数日後。
都では盛大な観桜会が執り行われた。私は皇帝の隣に立ち、満開の桜を見上げる。
そこには、かつて契約を交わした夜のような冷たい視線はなかった。民たちは私たち二人を温かい眼差しで祝福し、宮廷の者たちも、皇帝と皇后の盤石な絆に異を唱える者は誰もいなかった。

蒼真様は、そっと私の手を引いた。
「行こう、雪乃。私たちの春が、これから始まるんだ」

私たちは満開の桜並木を歩き出す。
愛などないはずの冷酷な契約から始まった物語。けれどそれは、魂の底から求め合う、最も深い愛の物語へと形を変えた。
春の風が心地よく吹き抜け、二人の着物の裾が重なる。
私たちは今、ようやく本当の「夫婦」として、未来という名の果てしない道を歩み始めたのだ。

――硝子の契りは溶け去り、私たちは今、永遠の絆を手に入れた。