勇者の保護者を辞めた賢者のセカンドライフは没落貴族の再建教師〜引退賢者は100歳年下の貴族令嬢と共に内政復興を楽しむ〜

 セシリアが農民に向けて防護柵の改修を提案して一年が過ぎた。結成した自警団のうち八割が柵の改修に従事し、残りの二割は魔獣の駆除に汗を流した。皆のやる気が旺盛だったことや作業をしている間の給金支払があったこともあり、本業に支障のない者はほぼ全員が作業に当たり予定の半年を大きく短縮した四カ月での完成だった。

「今年のムーギは豊作だな。この黄金色に輝く穂を見てみろ!」

「食料不足の心配もないし、エールの醸造に回すムーギもいつもの倍はある。エール工房に持ち込んだら今夜は皆で豊穣祭の準備をするぞ!」

「おおー!」

 夏の日差しを受けて黄金色に輝くムーギの穂を農民たちが仲間内総出で収穫作業に追われている。予定を大幅に短縮して柵が完成したため、余った時間を使って用水路の改修も進めた。そのおかげもあって水不足に悩まされることもなく順調に豊かな実りをもたらしたのだ。

「皆さん暑い中、収穫作業お疲れ様です」

「あ、セシリア様。見てください、この見事な穂先を! 溢れ落ちそうなほどの実りですよ」

 セシリアが農地を訪問したいと言ったことにより男爵が慌てて俺に護衛を頼んできた。まあ、俺も作物の実り具合を見てみたかったので了承をして彼女の後ろから付いて来たのだ。

「グラン様も一緒に。いつも仲が良いですね。うふふ」

 ムーギ畑の中から中年女性が笑みを浮かべながら挨拶をしてくる。まあ、いろいろと言いたい事もあるが大切な収穫作業をしているので俺も笑みを返しておいた。

「――今年は農産物の収穫量が昨年に比べて倍増したと聞いています。やはり一番の要因は農地を囲む防護柵が完成したこと。そして水路の改修による水不足の解消に尽きるでしょう」

 終始笑みを浮かべながら歩くセシリアが俺にそう話す。思っていた以上の成果に顔が緩むのは仕方がないことだろう。

「グラン先生。今からあそこに行ってみませんか?」

 村の農地を見てまわった後、セシリアがそう言って俺を誘う。この一年の間に何度も訪れた丘のことだろう。

「セシリア嬢が本当にあの場所が好きなんだな」

 広い農地から少し離れた山際にその場所はあった。大きく切り立った壁のような山肌の前に来ると俺はセシリアと手を繋いでから特別な魔法を唱える。

浮遊(レビテーション)

 ふわりと浮き上がった俺とセシリアはそのまま崖の上までゆっくりと登っていった。

「うわっ! やっぱりここから見るムーギ畑が最高に綺麗よね」

 二人だけのために木で作ったベンチへ腰を下ろしたセシリアは感慨深そうに言葉を紡ぐ。

「ほんの一年前までこの農地は魔獣に荒らされてまともに収穫が出来ないって言われていたのが信じられませんね」

 激動の一年に思いを馳せながらセシリアが見ていた農地から顔を上げて俺を見る。

「ところで、グラン先生。あの時に約束したことは守っていただけますよね?」

「なんのことだ?」

「惚けないでください。一年前、私が領地復興の矢面に立つことを条件に最大限の支援を約束すると言われたことは忘れていませんよ」

「ああ、だからこうして俺のやりたかった引きこもり魔法研究ライフを後ろ倒しにしてまで領地復興に手を貸したんだ。これ以上、俺に何を求めるつもりだ?」

 俺は両手を広げながらセシリアに問いかける。

「グラン先生はこれで領政の復興が終わったと思っているのでしょうか?」

「違うのか? 農作物は豊作で今年の税収は昨年の倍はあがる予想だが」

「それは今年一年だけのものです。来年を約束したものではありませんし、何が起きるかも分かりません」

「それは他の領地でも同じことだと思うが……」

「ですから!」

 セシリアは何故か顔を真っ赤にしながら何かを言おうとしている。

「どうした? 言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」

 俺がセシリアの顔を覗き込むように真剣な表情で問いかけると彼女からは予想外の言葉が発せられた。

「グラン先生。わたくしと結婚してくださいませんか? そして、これからもずっと一緒に領政を担ってください」

 セシリアの告白に俺は冷静に対応する。

「――俺を慕ってくれる気持ちは嬉しいが、そいつは無理な相談だ」

「どうしてですか?」

「君の知っているとおり俺はエルフとのハーフだ。実際の年齢も百歳を超えていて人族に換算すれば四、五十歳に当たる。対してセシリア嬢はまだ成人したばかりだ。どう考えても釣り合うわけがないだろう」

 これは、間違うことのない現実だ。家臣として仕えるならまだしも娘だか孫だかにしか見えない彼女と結婚して領政を担うなど俺のセカンドライフには絶対にないプランだ。

「それが、グラン先生の認識なのですね?」

 震える声でセシリアが俺に問いかける。やはり年齢という現実を聞かされると無理難題なのだと理解してくれたのだろう。

「ああ、そうだ。だからセシリア嬢は優秀な別の……」

「――いません!」

 俺の言葉を遮るようにセシリアが叫ぶ。彼女は驚く俺を今にも零れ落ちそうな涙を浮かべた目で見ながらはっきりと言葉を紡いだ。

「グラン先生以上に私を理解して導いてくれる人なんていません! 年齢差がなんだと言うのですか? わたくしとグラン先生の年齢差はちょうど百歳。確かに生きてきた時間は全く違いますが、残りの時間を見たならばそれほど差はないと思います」

 セシリアの言っていることは理解できる。人族の寿命は九十歳くらいで俺のようなハーフエルフだとだいたい二百歳に届くかどうかといったところだ。お互いが寿命まで生きるとすれば七十年から八十年となるだろう。

「本気なのか? 領地のことを考えるあまり、自分を犠牲にしているのではないか?」

「――わかりません。ですが、今ここでグラン先生を繋ぎ留めなければ未来はないと強く感じるのです」

 ついにはセシリアの目からは涙が流れ落ち、俺にしがみつくように飛び込んでくる。俺はその頭を優しく撫でながらセシリアに告げた。

「だがやはり、セシリア嬢の気持ちには応えることは出来ない」

 俺の否定的な言葉に俺の胸に添えられた彼女の手に力が入るのが分かる。その震える手のぬくもりに一度は跳ねつけた俺の気持ちに揺らぎが生じる。次の瞬間、彼女が俺にかけた言葉。それはハーフエルフという世間では中途半端な存在だった俺の心をわし掴みにしてきた。

「――わたくしは知っているのですよ、グラン先生の両親がどうやって結ばれたのかを。信頼と愛情があれば歳の差なんて考えている場合ではないと」

 セシリアはそう言って顔をあげ、俺の目を見るとこう告げた。

「百歳差ぐらいでわたくしが諦めると思ったら大間違いです。わたくしは一生グラン先生の教え子であり、共に生きていくのは確定事項ですから! 絶対、絶対にグラン先生が認めるまで諦めませんからね!」

 そう言って抱きつく彼女に俺が告げた。

「分かった。セシリア嬢が気の済むまで付き合ってやろうじゃないか。どっちが先に根をあげるか楽しみだ」

 そう言って空を見上げる。晴れ渡る空は未来への希望を期待させる風となって優しく吹くのだった。


― 完 ―