勇者の保護者を辞めた賢者のセカンドライフは没落貴族の再建教師〜引退賢者は100歳年下の貴族令嬢と共に内政復興を楽しむ〜

「ようやく面倒ごとが片付いたようだから勉強を再開するか?」

 セシリアの縁談騒ぎも落ち着きを見せると気になるのは領地内のことだ。だが、今回ルドリアス子爵家の自滅により思わぬ金銭的支援が受けられることとなりひとまず息をつけることになった男爵家。

 早急に対応すべきだった税金対策に目途がついたことで俺は領内産業よりもセシリアの成長に力を入れることを優先したのだ。

「嬉しいです。最近はグラン先生のお仕事が忙しかったので傍にいる時間が少なくて寂しかったんですよ」

 セシリアがそう言って俺の手を握るその表情は明るい。面倒なロナンドの件が片付いて安心したのだろう。

「ここまで魔獣の再利用についてどうしたら領地のためになるかを実践してきたが、君が孤軍奮闘したところで全てが解決するわけではないのは分かるな?」

「はい。領地に隣接する森は広く、仮に私が毎日巡回しても全ての魔獣が排除出来るわけはありません」

「ならば、どうするのが一番領地の為になるか分かるか?」

「――地域ごとに自警団を組織するのが良いかと思います」

「そうだな。一人で全てをカバー出来ないなら、人を頼ればいい。運のいいことに組織を運営する資金が転がり込んできたことだし本格的に検討してみるのも良いだろう」

 俺はセシリアの意見を尊重すると、男爵の許可を経て森に面した農村地区に自警団を発足することにした。もちろん自警団といっても魔獣と戦える者が多く居るはずもなく、ほとんどがその地の農民だった。

「――今日は自警団の行動方針について説明をさせていただきます」

 自警団への参加は強制ではなかったが、皆自分たちの農地を荒らす魔獣をどうにかしたい気持ちは強く、ほぼ全ての農家が参加を表明していた。その者たちの前で自警団の運営代表を務めることになったセシリアが挨拶と方針を説明することになったのだ。

「まず、最初に理解していただきたいことは……」

 セシリアはこれまでに集めた被害状況やそれに伴う農家の損失。さらに領地運営資金の不足についての説明を丁寧に行った。農家の者たちは領主の娘がこれほどに現状を把握してくれていたことに驚きの表情を見せる。

「――次に被害を食い止めるために、わたくしたちに出来ることの説明をします」

 現状把握を説明した後、セシリアはその具体的な対策案を打ち出し皆に説明をした。

「我が領地に隣接する森との境界を明確にし、目隠しの機能を備えた柵の建設を計画しています。資材の準備は男爵家で行いますが、実際に柵を作るのは皆さんにお願いしたいと考えています。もちろん、その際に労働参加された方への給金はお支払いするつもりです」

 資材の提供に作業時の給金支払いと貧乏男爵家として一度も実現できていなかった内容に農家たちはどよめきの声を上げる。

「本当にそんなことを約束出来るのでしょうか? 過去に一度も柵に関して直接的な支援をいただけていない現状を前にして……」

 農民の一人がセシリアに疑問をぶつける。その言葉に一旦喜びの表情を見せた者たちの表情が曇っていく。

「――信じるかどうかはあんた達のことだが、信じて行動しなければ結果は変わらないことだけは間違いない」

 それまでセシリアの後ろで黙っていた俺が口を開く。ここで領主命令だから強制的に従事しろと言っても士気が上がらず作業も思うように進まないだろう。自らの考えで行動させてこそ領のためになる。

「今まで皆さんに対して十分な支援が出来ていなかったことは認めます。しかし、今は昔とは違います。ただ領民が苦しんでいるのを見ているしか出来なかった私に領政とはなにかを教え、進むべき道を示してくださったグラン先生がいます」

 セシリアは俺の手を掴んで自らの隣に立たせると、農民たちに凛とした姿勢で訴えた。

「この領政に関する責任はすべてわたくしが負うことを皆さんの前で誓います。ですので、皆さんの力をわたくしに貸してください」

 領主の娘が農民の前で深く頭を下げてお願いする。他の領地でもそんな光景は考えられるものではない。それを目の当たりにした農民たちは慌ててそれぞれに声をあげた。

「セ、セシリア様。頭を上げてください! 私どもは男爵様の領地を借りて生きている者です。たしかに魔獣の被害も多く対応に苦慮していることも事実ですが、これまで生きながらえたこともまた事実です」

「そうです。それに、領内の運営が苦しいことは皆分かっていました。なのに、被害の多かった農地からは税を求めなかった。だから生きてこられた」

「それに、セシリア様が魔獣対策に走り回られていることも耳に入っています」

「俺はやるぞ! 魔獣の被害に怯えて萎縮している場合じゃない。皆で協力すれば来年の作付には十分間に合うはずだ!」

「俺も手伝う!」

「私だって!」

 それぞれに抱えた思いが皆の口をついて叫ばれる。そのなかにはセシリアが懸命に努力したことを称賛する声も聞こえる。

「ほらな。セシリア嬢の頑張りは皆が見ているんだよ。これからも真っ直ぐに領民を見て進めばいい領主になれるだろう」

「はい。わたくし、この領のことがますます好きになりました」

 そう言って涙ぐむセシリアの顔を満足そうに見ながら、俺は自分の仕事に終わりが近いことを感じていた。