勇者の保護者を辞めた賢者のセカンドライフは没落貴族の再建教師〜引退賢者は100歳年下の貴族令嬢と共に内政復興を楽しむ〜

「なーに、同じことをすれば良いだけだ」

「同じこと? もしかしてさっきみたいにハビル鳥さんに防壁を張ってもらって、ぶつかって気絶したところを仕留めるってことですか?」

「嫌か?」

「嫌とかそんなのじゃないですけど、あれは凄く怖かったんですからね」

 まあ、そうだろう。いくらハビルの防壁魔法が完璧だと説明されても壁が見えるわけではない状態で魔角猪が突進してくれば恐怖を覚えるのは当然のことだろう。あれはあれで良い経験となったと思うが、トラウマになっては意味がない。俺は即座に別案を提案することにした。

「なら、周りの小物をハビルに任せて俺とセシリア嬢で大物を相手にする案はどうだ? サポート役はずっとやってきたので少しばかり自信があるからな」

『俺様に雑魚を処理させるつもりか? 面倒ばかり押し付けるなよな』

「今はセシリア嬢の成長を促すチャンスなんだ。お前だって使える主が成長すれば嬉しいだろ?」

『むぐぐ。そりゃあそうだけどよ』

 ハビルはふわふわと浮いたまま身体を赤く変化させながら考えて答えを出す。

『いいぜ。その案に乗ってやる。ただし、終わった後で美味い飯を食わせろよな』

「わかった。じゃあその案で決定だな」

 俺とハビルの間で話が付いた横からセシリアが口を挟んでくる。何か言いたいことでもあるのだろうか。

「あの……。なんだかよく分からないうちに方針が決まったようなのですが、私の意見はいつ言えばいいのですか?」

「ああ、残念だが今回の作戦にはセシリア嬢の意見は求めていないんだ。教え子はこういった時は先生の言うことに従うべきだからな」

「……ハイ。ワカリマシタ」

 俺の一方的な意見に抵抗する気も失せた様子のセシリアは、感情の抜けた返事を返してきたのだった。

「――しかし、出来るだけ損傷を少なく倒して持って帰りたいな」

「あの巨体をですか?」

「魔角猪の肉は絶品だと聞いたことがあるしな。あれだけの食材は滅多にお目にかかれないと思うぞ」

 木陰から奴らの動向を目視しながら俺がセシリアに告げる。

「畑を荒らす害獣がいつの間にか食材扱いになっていて、グラン先生の考えにはついて行けそうにないです」

「そうか? 絶対に美味いと思うし、魔導士の食べる食事としては最高だと思うんだが……」

 俺がそう言った時、事態は動きを見せる。監視をしていた魔角猪たちの挙動が慌ただしくなったのだ。

『なんだ? 雑魚どもが散り散りに逃げ出したぞ?』

「ああ。原因はわかっている。奴らの敵である大型の魔狼が来たようだ」

「魔狼?」

「ああ、奴は素早いから単独で魔法を当てるのに苦労するんだ。魔狼を捕らえるには……」

 ――グオオオッ!

 俺がセシリアに説明をしていると滝壺の方から魔角猪の咆哮が聞こえた。魔狼を威嚇しているのだろう。だが、魔狼はそんな咆哮に怯む様子もなくじりじりと魔角猪に接近していく。

「相討ちになれば労せずに目的を果たせるが、魔狼はともかく魔角猪の身体が傷だらけになるのは面白くないな。仕方ない。ハビル……やるか?」

 当初の目的を忘れた俺は魔狼を『自分が目をつけた食材を奪う不届きもの』と認識し、両魔獣の間に飛び出したのだった。

「ハビル、サポートを頼む!」

 俺はハビルにそう叫ぶと自らは魔狼を狙う水の矢(ウオーター・アロー)を打ち出す。

 ウォォォォン!

 魔狼は突然現れた俺たちに警戒の遠吠えを発すると俺の放った魔法をギリギリで躱す。やはり追尾機能を付加した魔法でなければ素早い魔狼を討ち抜くことは難しいようだ。

雷網(サンダーネット)!』

 ――バチバチバチ

 ガガガガガッ!

 俺の放った魔法を躱した魔狼だったが、その着地地点にハビルが雷網の魔法を展開しており、魔法に触れた魔狼は身体に電撃を走らせてその場に崩れ落ちる。

水の槍(ウオーター・ジャベリン)

 動きの止まった魔狼目掛けて俺は中級魔法を放つ。絶好のタイミングで仕留め損なうわけにはいかない。

 ズン!

 俺の放った魔法が魔狼の身体に突き刺さり、体長二メートルを超える魔狼は動かなくなる。どうやら上手く止めを刺せたようである。

「このまま魔角猪も仕留めるぞ!」

 叫びながら俺は魔角猪に向けて走り出す。奴らもこちらを脅威と認識して臨戦態勢を取るのが見える。

「いいぜ! 来いよ」

 俺は口角を上げて魔法の詠唱を始める。気持ちが高揚していたのだろうが後になって考えるとなぜこの場面でこの魔法を選択したのかと後悔する魔法だ。

「炎と岩を融合。灼熱の弾となって敵を討ち抜け! 溶岩弾(マグマ・バレット)

 グピッ!?

 俺の手を離れた魔法の弾丸は一直線に魔角猪の額から身体の芯を貫通して滝に直撃した。

 ジュワッ!

 高温と化した岩が大量の水に直撃したのだ。辺りは一瞬にして真っ白な水蒸気に覆われ、全員の視界を奪う。

「きゃっ!? 何も見えません!」

 俺の後ろからセシリアの焦る声が聞こえてくる。俺はずぶ濡れになりながら水蒸気を払う為に風魔法を発動する。風が水蒸気を払い去ると目の前には身体の内部から焼かれた魔角猪が姿を現したのだった。

「もう一頭はどこだ?」

 俺はすぐに探索魔法を展開するが、水蒸気爆発の音が凄まじかったせいか辺りに魔獣の姿はなく倒れた魔狼と魔角猪の姿のみ。そしてずぶ濡れとなった俺とセシリアの姿があるだけだった。