「コレとかいいんじゃないか?」
駅中にあるアパレルショップを一通り見て回って、俺が今着ている服の色味にあった店舗をいくつかピックアップしてくれた笠原先輩は、いつの間にか俺の服を選び始めた。
俺は服に興味が無いためどんな服が俺に似合うかなんてのはわからない。
そのため、笠原先輩のようにコレがいいんじゃないか、と提案をしてくれるのは本当にありがたい。それが似合っていようがいまいが、俺にはわからないし、何なら似合っていなかったとしても選んでくれたものと言うだけで価値を見出せる気がする。
笠原先輩が選んでくれた服は、オーバーサイズのホワイトのパーカーであり、胸元のワンポイントで書かれている英単語が良いアクセントになっている気がする。ちなみにその英単語を俺は読むことができないため、どんな意味が込められているかまでは理解することはできない。生地はスウェットの生地で、着慣れた肌ざわりのものであった。
「んー、いいかも」
ハンガーに掛った状態のそのパーカーを俺にあてがうと、腕を伸ばし全体像を確認する。
良いなと感じたのか「次はパンツ選ぶか……」と言い、笠原先輩は再度店内の物色に戻る。
俺はというと先輩が選んでくれるならそれでいっか、と自分のことなのに人任せなのは、俺のよくないところなのだろう。
笠原先輩が戻ってくると、その手には二本のパンツがあった。
一本目は黒のジョガーパンツに白のラインが入っているタイプで、ストレッチが効いており動きやすそうなデザインをしている。
二本目はワイドのデニムパンツで、少し重量感があるものの足が長く、そして細く見えるそのパンツは選んでもらったパーカーと合わせると、若者のファッションという感じがしてとてもいい。
こういうとき俺にもっと学があればよかったと思う。
どんなに素敵なものであったとしても、それを表現する言葉を知らないため、せっかく選んでくれた笠原先輩へお礼を述べることもできない。
「どっちも悪くないな。禄助くんはどっちがいい?」
先ほどのパーカーと同じ様に、俺に二本のパンツをあてがって似合っているかどうかの確認をする。何度かジョガーパンツとデニムパンツを交互に確認するも、笠原先輩にとってはどちらも良かったようで、最終的に俺に意見を求めてきた。
「そうですね、動きやすいほうがいいのでラインが入ってるジョガーパンツでお願いします。……じゃないですね、ジョガーパンツの方がいいです」
「動きやすいって、野生児かよ」
「なっ! そんなに馬鹿にされるようなことでもないと思いますけど! 動きやすさは大事ですよ」
「だから禄助くんは薄着で居ることが多いわけ?」
「……それもありますけど、寒い方が好きなだけです」
俺がそういうと、少し考えたような表情を浮かべた後に「あぁー」と何か納得をしたかのような間抜けな声を出した。
「夏にクーラーガンガンに効かせた部屋で毛布に包まるみたいな?」
「あー、ちょっと違いますね。冷たいってわかっててもソファの隙間に手とか足とか突っ込んじゃう感覚ですかね。あのひんやりとした感覚が好きで……ってわかります?」
「んー、わからなくもない……気はする」
「なんですか、そのテキトーな返事」
「まーいいだろ? てかはい。 一回試着してきな」
笠原先輩は持っていたジョガーパンツを俺に押し付けるようにして手渡すと、先ほど選んでくれたスウェット生地のパーカーと一緒に試着をして来いと言わんばかりに顎で試着室の場所を示す。
俺は選ばなかった方のワイドパンツを元の位置に戻してくれている笠原先輩に頭だけ動かすタイプのお辞儀を一瞬だけ行うと、試着室へと向かう。
ちなみにこれはクラスの連中が言っていただけで決して俺の発言ではないのだが、試着室は外で合法的に服を脱ぐことができる数少ない環境であると豪語していたのをこのタイミングで思い出した。男子高校生あるあるの会話なのかもしれないが、恋愛を経験していない俺はエロすらも通っていないため、そんな話についていくことができない。もちろん興味が無いわけではないのだが、それは好きな人がいて、その人とどんなことをしたいとかから想像することが多いのだと俺は思っているため、動画とか写真とかを見てもすげえという感想はあっても、興奮するといったようなことはない。と思う。
そんなザ男子高校生みたいな考えをしながら着替えを済ませ、試着室についている全身鏡でファッションを確認する。
「悪くない……。むしろかっこいいんじゃない?」
パーカーを着るときに、笠原先輩がせっかくセットしてくれたヘアスタイルが若干崩れてしまったが、これは許容範囲だろう。そんなことよりも今まで合わせたことのないファッションスタイルに見慣れなさもあるのだろうが、新鮮さを隠しきれない。
「どんな感じだ?」
鏡の前でいろんなポーズを取ってみて、本当に似合っているかどうかを確認していると、試着室のカーテン越しに笠原先輩の声がする。
いくつかある試着室で俺が使っている試着室の場所がわかったのは、靴のせいだろう。
俺は途端に鏡の前でポーズを決めているのが恥ずかしくなり、顔を赤くしながらゆっくりとカーテンを開ける。カーテンがあったためポージングを見られていたわけではないのに、なんとなく笠原先輩と目を合わせずらい。
「ん。似合ってんじゃん!」
笠原先輩はそんな俺の様子に気づいていないのか、何度も舐めるように俺のファッションを確認する。加えて自分の服のセンスに満足したのか、何度も頷きながら右側の口角だけをあげてそんなことを呟く。
きっと相当自信があったのだろう。似合ってんじゃん、の次は俺に感想を求めているようにも見えた。
「はい、ありがとうございます。これ買います」
「うん、良いと思う……けど、禄助くんも良いと思ってる?」
「思ってますよ! なんなら笠原先輩に声かけられるまで鏡の前でポーズ取ってましたよ……あっ」
「禄助くんって思ったことすぐ口に出すよね」
笠原先輩は俺の失言をバカにするわけではなく、ただただ面白いよね、という意味合いで揶揄いつつも、あの上品な笑いをしていた。
俺は隠し事をしていたにもかかわらず、それを自らバラしてしまったことに落胆しつつ、火照ったように赤かった顔は笠原先輩の笑い声とともにトマトの様に彩度を上げた。
「着替え直してきます!」と俺は恥ずかしがりながらも、勢いよく試着室のカーテンを思いっきり閉める。
「くっそぉ……」
カーテン越しであっても聞こえないであろう声量で呟き、太ももを強めに叩いた。
▽▽
「すみません、奢ってもらっちゃって」
「全然いいよ。今日付き合ってくれたお礼的な?」
アパレルショップでの買い物を済ませ、その後食事をすることとなった。
ハンバーガーがメインのMのマークが特徴的なファストフード店かコーヒーがメインの緑色の女性が出迎えてくれるカフェの二択で迷ったが、せっかく髪型を整えてもらったということもあり、食欲重視ではなくおしゃれを重視した結果緑色のカフェに入ることにした。
ドリンクだけではお腹は膨れない年頃のため、キャラメルマキアートのトールサイズホットとは別に、チーズがたっぷりのフィローネとシュガーコーティングされているオールドファッションドーナツも頼んだ。正直カロリーオーバーであるが、食べ盛りの男子高校生はカロリーなど気にしない。
財布を取り出し会計を済ませようとしたところ、後ろに並んでいた笠原先輩が「俺はホットコーヒーのトールと季節のキッシュで」と注文を勧めた。「お会計は別にされますか?」という店員さんの接客に対し「一緒で大丈夫です。禄助くんは先に席取っておいて」と慣れた様子で会計は済ませることをアピールしつつ、場所取りを同時に行った。そのスマートさには惚れ惚れするものがある。
俺が場所を確保すると、二つのトレイを手に持った笠原先輩が俺を見つけ出し、席に座った。お金を払おうと再度財布を取り出し「いくらでしたか?」と聞くと「いらないよ、奢られてな」と言われ、冒頭に戻る。
「そう言えば、どうして今日誘ってくれたんですか?」
「あー、やっぱ気になるよな? ごめんな。昨日コンビニに来た子と遊ぶはずだったのに」
これは口にしても良いものだろう。
聞いてはいけないことでは無いはずだ。
笠原先輩も言わないとだめだよな、と先ほど頼んだばかりのコーヒーを飲みながらそう呟く。コーヒーが熱いのか飲み口に何度か唇を触れさすだけの行為を行っていたため、笠原先輩は猫舌なのかもしれない。
何度かその行為を繰り返したが、そんな短時間では飲める温度に下がらなかったのか、蓋を外して、自然と温度が下がるのを待つことにしたようだ。
「禄助くんは同性同士の恋愛についてどう思う?」
「え?」
それは俺が予想もしていなかった言葉であった。
「禄助くんは御薬袋と式神が付き合っていることは知ってるんでしょ?」
その発言に俺は目を見開く。
この問いかけはどっちなのだろうか。
もしかしたら笠原先輩は御薬袋先輩と式神先輩が付き合っていることを知っていて、そんな二人と一緒に生徒会をやっていけるのかと問いかけを行っているのかもしれない。いやその反対で笠原先輩は二人がお付き合いをされていることは知らずもしかしたら付き合っているのかもしれないという噂程度の認識だが、その真実を確かめるために俺にカマをかけているのかもしれない。
ここで判断を間違えてしまえば、先輩方に迷惑を掛けてしまうことになる。
もしかしたら、夜一からの誘いを遮ってまで今日誘った理由はコレを確認するためだったのかもしれない。
どうするのが正解なのだろうか。俺の頭ではこれ以上考えても、結論を出すことはできない。
そんな俺の様子を見てか、注文したキッシュを一口食べていたが、そのまますべてを吹き出してしまうんじゃないかと思うほどに突如笑い始めた。その笑い方は今までの品のある笑い方ではなく、手で口元は押さえているものの見たことないくらいに口を大きく開けている。
「あはははははっ、ごめんごめん。俺は御薬袋と式神が付き合ってることは知ってるよ。それにしてもわかり易すぎるよ! 目は口ほどにものを言うから気をつけな」
どうやら俺の考えは全てお見通しらしい。
そして新しい釘を刺されてしまった。思ったことをすぐに口にしてしまうことに加え、俺は目の動きで思っていることがどうやら相手に伝わってしまうらしい。
ちなみに目に関しては、思い当たる節がある。両親や夜一からも「禄助はわかりやすい」と耳にタコができるほど言われたことがある。それは俺が思っていることをすぐに口にしてしまうからだと思っていたが、どうやら俺は嘘が付けない体質のようで、目が泳いだり、不自然に視線を反らしたりするらしい。
「……はい、気をつけます」
「それで、同性同士の恋愛について、どう思う?」
「えっと、そのどうって言うのは、どういう意味ですか? それが今日俺を誘った理由となにか関係があるんですか?」
「……禄助くんは質問に質問で返すのはやめたほうがいい」
「え、あ、すみません」
また新しい釘を刺されてしまった。
怒られることには慣れているが、流石に落ち込む。気が滅入るほどではないが事実を突きつけられ落ち込まない人間はいないだろう。
俺はシュンとなりながらも、笠原先輩からの質問について答える。
「……同性であっても恋愛は尊いものだと思います」
「尊い?」
「誰かを好きになって、その相手が自分を好きになってくれて、結ばれて、愛し合って。この世界に八十億人以上の人間がいて、その中で好きになる人を見つけるってすごいことだと思うんです。それが同性同士なら尚更で、俺は別に数学とか勉強全般得意じゃないですけど、同性同士が恋人になるってもう、天文学的数字なんじゃないですか? それこそ奇跡って言っていいんじゃないかと思います。そういう意味で尊いですかね」
「なるほどね」
笠原先輩は俺の言葉を噛みしめるように何度も頷いていた。
そんな笠原先輩の表情は嬉しそうでもありつつ、どこか何かを確かめるような、そんな鋭い視線を俺に向けながら新しい言葉を紡ぐ。
「だから御薬袋や式神のことは変な目では見てないんだね」
「見てないですよ! 本当です!」
「じゃあ自分がその立場になったら?」
「へ?」
その唐突過ぎる問いかけに俺は間抜けな返事をするだけだった。
沈黙の時間が流れる。その間に俺は笠原先輩からの問いかけを全力で考える。
今まで誰かを好きになったことが無い俺であるが、自分の性の対象は女性であると思っていた。そんな俺がもし、同性である男性と付き合ったら。いや、男性から告白されたらどうなのか。
そんなことは考えたことなかった。
以前夜一からも同性同士の恋愛については質問されたことがあり、その際も偏見はないとはっきりと伝えている。しかしその偏見がないというのはあくまで第三者からの視点であって、自分が当事者の視点からを想定したものではなかった。
「わ、わかりません」
「わからない……か」
「……はい。そもそも俺、誰かを好きになったこととか無くて。だから誰かから告白されるとか、誰かと付き合うとかよくわかんなくて……」
嘘ではない。
しかし、だからこそこの発言がどんな風に捉えられるかがわからない。
考えに耽っていたため俯いていたが、顔を上げて笠原先輩の表情を確認するのが怖い。
失言は無かっただろうか。そんなことばかり考えてしまう。
もしかしたら、今日俺を誘ったのは、俺に告白をするためかもしれない。だとしたら俺の返答は大丈夫だっただろうか。
さらに不安になってくる。
「あ! 一応いっておくけどさ! 俺、別に禄助くんに告白しようとか思ってないよ」
「…………それ、本当ですか?」
俺はゆっくりと顔を上げて、笠原先輩が嘘をついていないかを確認する。
その表情はため息を吐き終わった後のような、どこか呆れたような表情へと変わっていた。
「今、もしかしてこのまま告白されるかも、とか思っただろ?」
「……はい」
「だろうな。安心しろ。俺はノーマルだ」
「正直、このタイミングでノーマルだと言われても、いまいち信用できません」
「別に信用せんでいい。ただ今日は事前に確認しておきたかっただけだ」
「事前に?」
その言葉にどうも引っ掛かりを覚えた。
事前にという言葉は俺の知る限り、この先何かがあるから前もって確認しておきたいときに使う言葉だと認識している。
しかし笠原先輩は明確にノーマルであり、告白はしない旨を伝えてきた。
だとすれば、笠原先輩の言う「事前」とは何を指すのか。
考えても仕方がない。直接聞くしかない。
「その……事前にと言うのは?」
「それは帰りながら話すわ。ちょうど飲み切ったし」
いつの間にか食べ終えていたキッシュに加え、空になったコーヒーカップを振って中身がないことを知らせる。
俺はというと、フィローネは食べきってはいるものの、オールドファッションドーナツはまだ一口も口をつけていないし、キャラメルマキアートに関してはまだ蓋すら開けていなかった。
「ゆっくりでいいよ」
「すみません、急ぎます」
「ゆっくりでいいって。そういえば言ってなかったけど、俺に髪弄らせてくれたり、服選ばせてくれてありがとね」
俺は一口でオールドファッションドーナツの四分の三ほどを口に含んでしまったため、それに返事をすることは叶わなかったが、右手と首を勢いよく左右に振ることで「お礼を言うのはこっちのほうです」という文章を伝える。
そんな俺のジェスチャーが伝わったのか、俺が食べ終えるまでの時間に身の上話をしてくれた。
「俺さ、スタイリストになりたいんだよね。だから服とかヘアスタイルとか俺の勝手にできて今日は本当に良かったよ。結構満足したし、禄助くんのおかげでやっぱりスタイリストになりたいって気持ちは本物なんだってことに気づけた。そういう意味も含めて、今日は誘ってよかったよ。ごめんね、急に誘っちゃって」
そうだったのか、と俺は本来はこういった飲み方をする飲み物では無いことを理解しておきながらもキャラメルマキアートをごくごくと飲んでいく。
俺はあまり将来何になりたいとか考えずに、日々を無駄に消費しているのだが、笠原先輩はどうやら違うらしい。先輩はやはり先輩なのだと感じながらも、オールドファッションドーナツで乾いた喉をキャラメルマキアートで潤したことで話せるようになったため、相槌がてら返事をする。
「そうなんですね。かっこいいです。夢があって」
「ありがとう。もしよかったらたまにでいいからまた服を選ばせてよ」
「はい、もちろんです!」
残りのドーナツとキャラメルマキアートを飲み終えると、俺たちは店内を後にし、帰路に就くことにした。
▽▽
「そ、それで『事前に』とはどういう意味なんですか?」
「あー、そうだったね。これ俺が言ってもいいのかな……」
「え、ここまできてもったいぶるんですか?」
「まー、そうだよね。俺が言い出したことだし……」
笠原先輩はその理由が言いづらいのか、「うー」とか「んー」とか何度も唸り声を発しながら、後頭部を力強く掻きむしる。
長考の末、笠原先輩は観念したかのようにその理由について語り始めた。
「昨日バイト先に来た子居たでしょ?」
「夜一のことですか?」
「そうそう夜一くん。夜一くんはさ、多分……というか確信を持って言うんだけど、彼は禄助くんのことが好きだよ」
「…………はい?」
「だから今日は夜一くんが気づく結果になるのかどうかを事前に確認したかったってこと。もし脈がないってわかったら事前に教えてあげられるでしょ?」
「いや、何の冗談ですか? 夜一は別に俺のこと……」
「本当に? 思い当たる節が無いって断言できる?」
その笠原先輩からの問いかけに、俺は即答することができなかった。
その代わり、笠原先輩に今日注意されたばかりである質問を質問で返すという行為をしてみる。
「……注意されたばかりで申し訳ないんですけど、質問に質問で返させてください。結果はどうだったんですか?」
「結果?」
「俺が夜一に対して脈ありなのか、そうじゃないの……か」
俺の言葉を聞いた笠原先輩はピタリと歩くのを止める。
先輩より数歩だけ先を歩いてしまった俺は、ゆっくりと振り返り「先輩?」とだけ呟く。その声はきっと蚊が鳴くよりもか細い声だっただろう。
「さあね。じゃあ俺はこっちだから」
笠原先輩はそれだけ伝えると、ニヒルな笑みを浮かべながら違う道に向かって歩き出す。
俺は遠ざかっていく先輩の背中を見ているだけで、その言葉の真意を聞くことは叶わなかった。
駅中にあるアパレルショップを一通り見て回って、俺が今着ている服の色味にあった店舗をいくつかピックアップしてくれた笠原先輩は、いつの間にか俺の服を選び始めた。
俺は服に興味が無いためどんな服が俺に似合うかなんてのはわからない。
そのため、笠原先輩のようにコレがいいんじゃないか、と提案をしてくれるのは本当にありがたい。それが似合っていようがいまいが、俺にはわからないし、何なら似合っていなかったとしても選んでくれたものと言うだけで価値を見出せる気がする。
笠原先輩が選んでくれた服は、オーバーサイズのホワイトのパーカーであり、胸元のワンポイントで書かれている英単語が良いアクセントになっている気がする。ちなみにその英単語を俺は読むことができないため、どんな意味が込められているかまでは理解することはできない。生地はスウェットの生地で、着慣れた肌ざわりのものであった。
「んー、いいかも」
ハンガーに掛った状態のそのパーカーを俺にあてがうと、腕を伸ばし全体像を確認する。
良いなと感じたのか「次はパンツ選ぶか……」と言い、笠原先輩は再度店内の物色に戻る。
俺はというと先輩が選んでくれるならそれでいっか、と自分のことなのに人任せなのは、俺のよくないところなのだろう。
笠原先輩が戻ってくると、その手には二本のパンツがあった。
一本目は黒のジョガーパンツに白のラインが入っているタイプで、ストレッチが効いており動きやすそうなデザインをしている。
二本目はワイドのデニムパンツで、少し重量感があるものの足が長く、そして細く見えるそのパンツは選んでもらったパーカーと合わせると、若者のファッションという感じがしてとてもいい。
こういうとき俺にもっと学があればよかったと思う。
どんなに素敵なものであったとしても、それを表現する言葉を知らないため、せっかく選んでくれた笠原先輩へお礼を述べることもできない。
「どっちも悪くないな。禄助くんはどっちがいい?」
先ほどのパーカーと同じ様に、俺に二本のパンツをあてがって似合っているかどうかの確認をする。何度かジョガーパンツとデニムパンツを交互に確認するも、笠原先輩にとってはどちらも良かったようで、最終的に俺に意見を求めてきた。
「そうですね、動きやすいほうがいいのでラインが入ってるジョガーパンツでお願いします。……じゃないですね、ジョガーパンツの方がいいです」
「動きやすいって、野生児かよ」
「なっ! そんなに馬鹿にされるようなことでもないと思いますけど! 動きやすさは大事ですよ」
「だから禄助くんは薄着で居ることが多いわけ?」
「……それもありますけど、寒い方が好きなだけです」
俺がそういうと、少し考えたような表情を浮かべた後に「あぁー」と何か納得をしたかのような間抜けな声を出した。
「夏にクーラーガンガンに効かせた部屋で毛布に包まるみたいな?」
「あー、ちょっと違いますね。冷たいってわかっててもソファの隙間に手とか足とか突っ込んじゃう感覚ですかね。あのひんやりとした感覚が好きで……ってわかります?」
「んー、わからなくもない……気はする」
「なんですか、そのテキトーな返事」
「まーいいだろ? てかはい。 一回試着してきな」
笠原先輩は持っていたジョガーパンツを俺に押し付けるようにして手渡すと、先ほど選んでくれたスウェット生地のパーカーと一緒に試着をして来いと言わんばかりに顎で試着室の場所を示す。
俺は選ばなかった方のワイドパンツを元の位置に戻してくれている笠原先輩に頭だけ動かすタイプのお辞儀を一瞬だけ行うと、試着室へと向かう。
ちなみにこれはクラスの連中が言っていただけで決して俺の発言ではないのだが、試着室は外で合法的に服を脱ぐことができる数少ない環境であると豪語していたのをこのタイミングで思い出した。男子高校生あるあるの会話なのかもしれないが、恋愛を経験していない俺はエロすらも通っていないため、そんな話についていくことができない。もちろん興味が無いわけではないのだが、それは好きな人がいて、その人とどんなことをしたいとかから想像することが多いのだと俺は思っているため、動画とか写真とかを見てもすげえという感想はあっても、興奮するといったようなことはない。と思う。
そんなザ男子高校生みたいな考えをしながら着替えを済ませ、試着室についている全身鏡でファッションを確認する。
「悪くない……。むしろかっこいいんじゃない?」
パーカーを着るときに、笠原先輩がせっかくセットしてくれたヘアスタイルが若干崩れてしまったが、これは許容範囲だろう。そんなことよりも今まで合わせたことのないファッションスタイルに見慣れなさもあるのだろうが、新鮮さを隠しきれない。
「どんな感じだ?」
鏡の前でいろんなポーズを取ってみて、本当に似合っているかどうかを確認していると、試着室のカーテン越しに笠原先輩の声がする。
いくつかある試着室で俺が使っている試着室の場所がわかったのは、靴のせいだろう。
俺は途端に鏡の前でポーズを決めているのが恥ずかしくなり、顔を赤くしながらゆっくりとカーテンを開ける。カーテンがあったためポージングを見られていたわけではないのに、なんとなく笠原先輩と目を合わせずらい。
「ん。似合ってんじゃん!」
笠原先輩はそんな俺の様子に気づいていないのか、何度も舐めるように俺のファッションを確認する。加えて自分の服のセンスに満足したのか、何度も頷きながら右側の口角だけをあげてそんなことを呟く。
きっと相当自信があったのだろう。似合ってんじゃん、の次は俺に感想を求めているようにも見えた。
「はい、ありがとうございます。これ買います」
「うん、良いと思う……けど、禄助くんも良いと思ってる?」
「思ってますよ! なんなら笠原先輩に声かけられるまで鏡の前でポーズ取ってましたよ……あっ」
「禄助くんって思ったことすぐ口に出すよね」
笠原先輩は俺の失言をバカにするわけではなく、ただただ面白いよね、という意味合いで揶揄いつつも、あの上品な笑いをしていた。
俺は隠し事をしていたにもかかわらず、それを自らバラしてしまったことに落胆しつつ、火照ったように赤かった顔は笠原先輩の笑い声とともにトマトの様に彩度を上げた。
「着替え直してきます!」と俺は恥ずかしがりながらも、勢いよく試着室のカーテンを思いっきり閉める。
「くっそぉ……」
カーテン越しであっても聞こえないであろう声量で呟き、太ももを強めに叩いた。
▽▽
「すみません、奢ってもらっちゃって」
「全然いいよ。今日付き合ってくれたお礼的な?」
アパレルショップでの買い物を済ませ、その後食事をすることとなった。
ハンバーガーがメインのMのマークが特徴的なファストフード店かコーヒーがメインの緑色の女性が出迎えてくれるカフェの二択で迷ったが、せっかく髪型を整えてもらったということもあり、食欲重視ではなくおしゃれを重視した結果緑色のカフェに入ることにした。
ドリンクだけではお腹は膨れない年頃のため、キャラメルマキアートのトールサイズホットとは別に、チーズがたっぷりのフィローネとシュガーコーティングされているオールドファッションドーナツも頼んだ。正直カロリーオーバーであるが、食べ盛りの男子高校生はカロリーなど気にしない。
財布を取り出し会計を済ませようとしたところ、後ろに並んでいた笠原先輩が「俺はホットコーヒーのトールと季節のキッシュで」と注文を勧めた。「お会計は別にされますか?」という店員さんの接客に対し「一緒で大丈夫です。禄助くんは先に席取っておいて」と慣れた様子で会計は済ませることをアピールしつつ、場所取りを同時に行った。そのスマートさには惚れ惚れするものがある。
俺が場所を確保すると、二つのトレイを手に持った笠原先輩が俺を見つけ出し、席に座った。お金を払おうと再度財布を取り出し「いくらでしたか?」と聞くと「いらないよ、奢られてな」と言われ、冒頭に戻る。
「そう言えば、どうして今日誘ってくれたんですか?」
「あー、やっぱ気になるよな? ごめんな。昨日コンビニに来た子と遊ぶはずだったのに」
これは口にしても良いものだろう。
聞いてはいけないことでは無いはずだ。
笠原先輩も言わないとだめだよな、と先ほど頼んだばかりのコーヒーを飲みながらそう呟く。コーヒーが熱いのか飲み口に何度か唇を触れさすだけの行為を行っていたため、笠原先輩は猫舌なのかもしれない。
何度かその行為を繰り返したが、そんな短時間では飲める温度に下がらなかったのか、蓋を外して、自然と温度が下がるのを待つことにしたようだ。
「禄助くんは同性同士の恋愛についてどう思う?」
「え?」
それは俺が予想もしていなかった言葉であった。
「禄助くんは御薬袋と式神が付き合っていることは知ってるんでしょ?」
その発言に俺は目を見開く。
この問いかけはどっちなのだろうか。
もしかしたら笠原先輩は御薬袋先輩と式神先輩が付き合っていることを知っていて、そんな二人と一緒に生徒会をやっていけるのかと問いかけを行っているのかもしれない。いやその反対で笠原先輩は二人がお付き合いをされていることは知らずもしかしたら付き合っているのかもしれないという噂程度の認識だが、その真実を確かめるために俺にカマをかけているのかもしれない。
ここで判断を間違えてしまえば、先輩方に迷惑を掛けてしまうことになる。
もしかしたら、夜一からの誘いを遮ってまで今日誘った理由はコレを確認するためだったのかもしれない。
どうするのが正解なのだろうか。俺の頭ではこれ以上考えても、結論を出すことはできない。
そんな俺の様子を見てか、注文したキッシュを一口食べていたが、そのまますべてを吹き出してしまうんじゃないかと思うほどに突如笑い始めた。その笑い方は今までの品のある笑い方ではなく、手で口元は押さえているものの見たことないくらいに口を大きく開けている。
「あはははははっ、ごめんごめん。俺は御薬袋と式神が付き合ってることは知ってるよ。それにしてもわかり易すぎるよ! 目は口ほどにものを言うから気をつけな」
どうやら俺の考えは全てお見通しらしい。
そして新しい釘を刺されてしまった。思ったことをすぐに口にしてしまうことに加え、俺は目の動きで思っていることがどうやら相手に伝わってしまうらしい。
ちなみに目に関しては、思い当たる節がある。両親や夜一からも「禄助はわかりやすい」と耳にタコができるほど言われたことがある。それは俺が思っていることをすぐに口にしてしまうからだと思っていたが、どうやら俺は嘘が付けない体質のようで、目が泳いだり、不自然に視線を反らしたりするらしい。
「……はい、気をつけます」
「それで、同性同士の恋愛について、どう思う?」
「えっと、そのどうって言うのは、どういう意味ですか? それが今日俺を誘った理由となにか関係があるんですか?」
「……禄助くんは質問に質問で返すのはやめたほうがいい」
「え、あ、すみません」
また新しい釘を刺されてしまった。
怒られることには慣れているが、流石に落ち込む。気が滅入るほどではないが事実を突きつけられ落ち込まない人間はいないだろう。
俺はシュンとなりながらも、笠原先輩からの質問について答える。
「……同性であっても恋愛は尊いものだと思います」
「尊い?」
「誰かを好きになって、その相手が自分を好きになってくれて、結ばれて、愛し合って。この世界に八十億人以上の人間がいて、その中で好きになる人を見つけるってすごいことだと思うんです。それが同性同士なら尚更で、俺は別に数学とか勉強全般得意じゃないですけど、同性同士が恋人になるってもう、天文学的数字なんじゃないですか? それこそ奇跡って言っていいんじゃないかと思います。そういう意味で尊いですかね」
「なるほどね」
笠原先輩は俺の言葉を噛みしめるように何度も頷いていた。
そんな笠原先輩の表情は嬉しそうでもありつつ、どこか何かを確かめるような、そんな鋭い視線を俺に向けながら新しい言葉を紡ぐ。
「だから御薬袋や式神のことは変な目では見てないんだね」
「見てないですよ! 本当です!」
「じゃあ自分がその立場になったら?」
「へ?」
その唐突過ぎる問いかけに俺は間抜けな返事をするだけだった。
沈黙の時間が流れる。その間に俺は笠原先輩からの問いかけを全力で考える。
今まで誰かを好きになったことが無い俺であるが、自分の性の対象は女性であると思っていた。そんな俺がもし、同性である男性と付き合ったら。いや、男性から告白されたらどうなのか。
そんなことは考えたことなかった。
以前夜一からも同性同士の恋愛については質問されたことがあり、その際も偏見はないとはっきりと伝えている。しかしその偏見がないというのはあくまで第三者からの視点であって、自分が当事者の視点からを想定したものではなかった。
「わ、わかりません」
「わからない……か」
「……はい。そもそも俺、誰かを好きになったこととか無くて。だから誰かから告白されるとか、誰かと付き合うとかよくわかんなくて……」
嘘ではない。
しかし、だからこそこの発言がどんな風に捉えられるかがわからない。
考えに耽っていたため俯いていたが、顔を上げて笠原先輩の表情を確認するのが怖い。
失言は無かっただろうか。そんなことばかり考えてしまう。
もしかしたら、今日俺を誘ったのは、俺に告白をするためかもしれない。だとしたら俺の返答は大丈夫だっただろうか。
さらに不安になってくる。
「あ! 一応いっておくけどさ! 俺、別に禄助くんに告白しようとか思ってないよ」
「…………それ、本当ですか?」
俺はゆっくりと顔を上げて、笠原先輩が嘘をついていないかを確認する。
その表情はため息を吐き終わった後のような、どこか呆れたような表情へと変わっていた。
「今、もしかしてこのまま告白されるかも、とか思っただろ?」
「……はい」
「だろうな。安心しろ。俺はノーマルだ」
「正直、このタイミングでノーマルだと言われても、いまいち信用できません」
「別に信用せんでいい。ただ今日は事前に確認しておきたかっただけだ」
「事前に?」
その言葉にどうも引っ掛かりを覚えた。
事前にという言葉は俺の知る限り、この先何かがあるから前もって確認しておきたいときに使う言葉だと認識している。
しかし笠原先輩は明確にノーマルであり、告白はしない旨を伝えてきた。
だとすれば、笠原先輩の言う「事前」とは何を指すのか。
考えても仕方がない。直接聞くしかない。
「その……事前にと言うのは?」
「それは帰りながら話すわ。ちょうど飲み切ったし」
いつの間にか食べ終えていたキッシュに加え、空になったコーヒーカップを振って中身がないことを知らせる。
俺はというと、フィローネは食べきってはいるものの、オールドファッションドーナツはまだ一口も口をつけていないし、キャラメルマキアートに関してはまだ蓋すら開けていなかった。
「ゆっくりでいいよ」
「すみません、急ぎます」
「ゆっくりでいいって。そういえば言ってなかったけど、俺に髪弄らせてくれたり、服選ばせてくれてありがとね」
俺は一口でオールドファッションドーナツの四分の三ほどを口に含んでしまったため、それに返事をすることは叶わなかったが、右手と首を勢いよく左右に振ることで「お礼を言うのはこっちのほうです」という文章を伝える。
そんな俺のジェスチャーが伝わったのか、俺が食べ終えるまでの時間に身の上話をしてくれた。
「俺さ、スタイリストになりたいんだよね。だから服とかヘアスタイルとか俺の勝手にできて今日は本当に良かったよ。結構満足したし、禄助くんのおかげでやっぱりスタイリストになりたいって気持ちは本物なんだってことに気づけた。そういう意味も含めて、今日は誘ってよかったよ。ごめんね、急に誘っちゃって」
そうだったのか、と俺は本来はこういった飲み方をする飲み物では無いことを理解しておきながらもキャラメルマキアートをごくごくと飲んでいく。
俺はあまり将来何になりたいとか考えずに、日々を無駄に消費しているのだが、笠原先輩はどうやら違うらしい。先輩はやはり先輩なのだと感じながらも、オールドファッションドーナツで乾いた喉をキャラメルマキアートで潤したことで話せるようになったため、相槌がてら返事をする。
「そうなんですね。かっこいいです。夢があって」
「ありがとう。もしよかったらたまにでいいからまた服を選ばせてよ」
「はい、もちろんです!」
残りのドーナツとキャラメルマキアートを飲み終えると、俺たちは店内を後にし、帰路に就くことにした。
▽▽
「そ、それで『事前に』とはどういう意味なんですか?」
「あー、そうだったね。これ俺が言ってもいいのかな……」
「え、ここまできてもったいぶるんですか?」
「まー、そうだよね。俺が言い出したことだし……」
笠原先輩はその理由が言いづらいのか、「うー」とか「んー」とか何度も唸り声を発しながら、後頭部を力強く掻きむしる。
長考の末、笠原先輩は観念したかのようにその理由について語り始めた。
「昨日バイト先に来た子居たでしょ?」
「夜一のことですか?」
「そうそう夜一くん。夜一くんはさ、多分……というか確信を持って言うんだけど、彼は禄助くんのことが好きだよ」
「…………はい?」
「だから今日は夜一くんが気づく結果になるのかどうかを事前に確認したかったってこと。もし脈がないってわかったら事前に教えてあげられるでしょ?」
「いや、何の冗談ですか? 夜一は別に俺のこと……」
「本当に? 思い当たる節が無いって断言できる?」
その笠原先輩からの問いかけに、俺は即答することができなかった。
その代わり、笠原先輩に今日注意されたばかりである質問を質問で返すという行為をしてみる。
「……注意されたばかりで申し訳ないんですけど、質問に質問で返させてください。結果はどうだったんですか?」
「結果?」
「俺が夜一に対して脈ありなのか、そうじゃないの……か」
俺の言葉を聞いた笠原先輩はピタリと歩くのを止める。
先輩より数歩だけ先を歩いてしまった俺は、ゆっくりと振り返り「先輩?」とだけ呟く。その声はきっと蚊が鳴くよりもか細い声だっただろう。
「さあね。じゃあ俺はこっちだから」
笠原先輩はそれだけ伝えると、ニヒルな笑みを浮かべながら違う道に向かって歩き出す。
俺は遠ざかっていく先輩の背中を見ているだけで、その言葉の真意を聞くことは叶わなかった。



