生徒会長と副会長が付き合っているらしいが、苗字オタクの俺にとって問題はそこじゃない!

 翌日。
 太陽が完全に登りきる前に目が覚めた俺は、起きたばかりだというのに大きなため息を吐きながらカーテンを開けて、空模様を確認する。
 そしてそこに曇天の雲は欠片もなく、綿菓子のような雲が数個散らばっており、朝日によって色付けられたその雲が赤、オレンジ、黄色とグラデーションを奏でており、雲本来の透き通るような真っ白な色と、朝日が当たって影となっている部分とが相まって、幻想的な空模様をしていることを確認すると、先ほどとは比べ物にならないほどの大きなため息を吐いた。

「天は味方しないのか」

 寝起きのガラガラ声のまま、俺はそんなことを呟く。
 呟いた後に晴れであれば本来味方しているというのではないだろうかと一瞬疑問に感じたが、俺にとって今日の天気だけは悪天候であればあるほど嬉しい天気だったため、味方をしないという表現は正しいのだと考えた。

「ホント何も考えずに発言する癖直そ……」

 夜一に散々注意されてたことを思い出しながら、ベッドから降りて準備を始める。
 寝起きはいい方であるという自覚がある。
 そのためこんなにも寒い冬の朝からでも、布団の誘惑に負けることなくすぐに立ち上がることができる。
 ベッドシーツのシワを伸ばし、掛け布団をふんわりとかけなおすと、毎日枕カバーを変えるのが面倒だからという理由でかぶせているマフラータオルを手に取ると、そのまま自分の部屋を出て洗面所へと向かう。
 冷たい水を顔にかけるようにして洗顔をすると、枕カバーとして使っていたマフラータオルで水気を切り、そのまま洗濯機の中に投げ込む。先ほどまで枕カバーとして使っていたタオルを顔を拭く用のタオルとして使い回すのはどうなんだと思われるかもしれないが、俺しか使っていないのだから、文句の言われようがない。
 その後一応髭が伸びていないかをいつも通り鏡で確認するが、産毛すら確認することのできないきれいな顎のラインであり、念のため手で触れてみても、ざらつきがないことを確認してからリビングへ向かう。
 高校一年生であるため、髭が生えていてもおかしくないと自分では思っているのだが個人差があるようで、俺の場合一ヶ月に一回髭剃りを使えばいい程度しか生えてくることはない。
 だからといって髭が生えてこないことが嫌というわけではなく、剃らなくていいのは楽とすら思っているが、今日はなぜか昨日ほぼ初めて喋った先輩と遊びに行くことになったため、一応確認をしたまでだ。

「はよぉ」

 そんな雑な挨拶をしながらリビングにいる母親に声をかける。

「おはようって、あんたその格好どうにかしなさいよ。見てるこっちが寒いから!」

 俺の姿を確認した母親は声量を徐々に大きくしながらそんなコトを俺に言う。
 そんな母親から叱責を食らう俺の格好はというと、上は白の半袖Tシャツ一枚に、下は黒のボクサーパンツだけという下着姿だ。今の季節が夏であれば誰も文句は言わなかったかもしれないが、今の季節は冬である。
 ぶっちゃけて言うと寒い。本人がそう思っているのだから間違いないだろう。
 しかし俺としてはこの格好が一番好きなまであるため、これでいいのだ。

「これが動きやすいんだって」
「高校生は動きやすさで着るものを選んだりしないんじゃない? それに部屋着でしょ?」
「それは……まぁそうかもしれないけどさ。あ、今日昼いらないから」
「あら、田中くんとお出かけ?」
「いや、今日はバイト先の人と買い物らしい」
「らしいって何よ、らしいって! でも丁度良かったじゃない。服でも買ってきなさいよ」
「あぁ……でもどこに行くか知らないんだよね。まぁいいか。行けたら行ってくるよ。そう言えば父さんは?」

 駅前集合であるということは聞いてはいるが、どこに行くのかまでは聞いていないため、これ以上の母親からの追及があると少々面倒なことになるかもしれない。「行き場所を知らないって、アンタバイト先で変な人に絡まれたりしてないでしょうね!」と心配の怒号が響き渡る前に、俺は話を変える。

「あー、お父さんは二時くらいに起きて釣りに行ったわよ。全くこんなにも寒いのによく釣りになんて行くわよね」

 どうやら話題を変えることに成功したようだ。
 母親はこんなことを言っているが、父親が釣ってくる魚のおかげで食費が浮いているため、あまり強い言葉を使わないようだ。
 父親の趣味は釣りである。俺も小学生の頃はよく父親に土曜日の朝に無理やり起こされては釣りに連行されたもので、父親は高頻度で釣り竿が折れずにしなやかに弓なりに曲がっているのに対し、俺の使っていた釣り竿は浮き輪が沈むこともなくいつの間にか餌だけが無くなっているわけで、その理不尽さに何度も涙を流したことを覚えている。
 その度に父親は魚のかかった釣り竿を俺のところに持ってきては「近くまで来たら網で掬ってくれるか?」と言いながら網を手渡してきたり、逆に釣り竿ごと俺に手渡してきて「禄助の方がリールを巻くのがうまいからな」と言っては自分は応援にまわったりと、釣りだけではなく、俺と一緒に居ることを楽しんでいるようであった。
 そんな釣りも俺が中学生に上がってからは誘われる回数も減り、高校生となった今では、俺がアルバイトをしていることもあってか一切誘われることがなくなった。
 寂しくないと言ったら嘘になるかもしれないが、別に誘われても今なら断っているかもしれない。
 ちなみに父親の趣味がなぜ釣りなのかというと、俺に頭が良くなってほしいと願い、それならば魚を食べさせようと思い立ったのがきっかけらしい。
 そんな父親の願いは虚しくも叶うことはなく、俺は学年順位ほぼ最下位という結果を叩き出しているため、少しは申し訳ないという気持ちがある。

 俺は母親のため息交じりの呟きに「はははっ」と乾いた笑いをするだけで、それ以上の会話を行うことなく、食卓に準備されていたトーストとスクランブルエッグを胃の中に押し込んでいく。
 佐藤家では夕食は魚を中心とした和食であることが多いが、朝食に関してはパンを中心とした洋食であることが多い。
 俺はトーストの上にスクランブルエッグを乗せると、大きく口を開けておよそ五口ほどで全てを食べきると、「ごちそうさまでした」と母親にも聞こえるほどの声量で言い放ち、お皿をシンクへと持っていく。

「どこで待ち合わせなの?」
「駅前だって」
「ちょっと距離あるわね……。車出そうか?」

 母親の言う通りで、駅までは少し距離がある。
 家からアルバイト先であるコンビニと加納高等学校はほぼ一直線の通り沿いにあるのだが、駅は学校を越えて、少し歩いたところにある。
 つまり駅は学校よりも遠い場所にあるため、母親はそれを心配してくれたのだろう。

「ありがとう。でも大丈夫。歩いていくよ。まだ約束まで時間あるし」
「そう?」
「あ、何か買ってきてほしいものとかあった?」
「そうねー。帰りにコンビニでおでん買ってきてちょうだいよ。夕飯のお供にするわ」
「わかった。具材はコッチで決めていい?」
「いいわよ」

 そういうと母親は俺に三千円を手渡してきた。

「こんなに?」
「余ったら明日の朝とか食べるわ」
「そういうことね」

 俺はありがたく三千円を受け取ると、自室に戻って着替えを済ませる。
 普段であれば夜一としか遊びに行くことは無いため、服装に気を使ったりすることは無いのだが、今回に限ってはそうもいかないだろう。
 クローゼットを開けて、できるだけおしゃれに見えるような服を探す。
 俺の私服はシンプル目なものが多く、基本的には真っ白か真っ黒かの二択である。そのためいくらクローゼットの中を探しても同じような服しか出てこないため、俺はすぐにおしゃれに見せるのを諦めた。

「……夜一に黒だけは不審者過ぎるって言われたことあったよな」

 唯一の親友からのアドバイスを思い出し、全身黒で統一するのだけは辞めることにして、とりあえず全身コーデを組んで、ベッドの上に置いてみる。
 ワンポイントすらない真っ白のロンTに、これまた黒以外の要素が見当たらないスキニー。それに合わせるくるぶしが見えてしまうほど短い黒の靴下。
 さすがにそれだけでは寒いため、袖は通常生地であるものの、そのほかの部分にはレザー生地を使っているタイプのブルゾンか、紺色の少し毛玉が目立つダッフルコート。それから着る人が着ればおしゃれに見えるのに、なぜか自分が着るとおしゃれには見えないで有名な艶のある黒のマウンテンパーカーの三点から羽織るものを決めたい。

「……わからん。母さんにでも聞くか?」

 そう呟いてすぐに、母親にアドバイスを求めることは辞めた。
 絶対にすぐに女性と遊びに行くのかと誤解されてしまうと思ったからだ。
 韓国ドラマが好きな母親は恋愛話が大好きである。
 バイトがない日の俺の帰りが遅いだけで「彼女でもできたの?」と聞いてくるくらいにはそういった話に目がない。
 全くもってそういったことには無縁の人生を歩んできている俺にとってその発言はかなり来るものがあるし、正直めんどくさいとすら思うこともある。

「まず動きづらいからダッフルコートは無しだろ……。毛玉も目立つし。そしたらブルゾンかマウンテンパーカーかー。もっとおしゃれ雑誌とか読んどけばよかった」

 そんなことを呟いてももう遅いし、誰の耳にも届かない。
 考えても埒が明かないため、「どちらにしようかな」と指で交互にブルゾンかマウンテンパーカーを指して決めることにした。
 結果としてはマウンテンパーカーとなったため、選ばれなかった服たちをクローゼットに仕舞うと、選ばれた服に着替え、脱いだ服を洗濯機に突っ込むために再度洗面所へと向かう。
 洗面所に行くと、鏡が見えた。

「髪とかセットしちゃう?」

 そう鏡の中の自分に問いかける。
 せっかくおしゃれ(自分の中では)をしたのだから、いけるところまで行ってしまおうと考えた。
 買ったはいいが使う機会がなく、購入時から量の減っていないヘアワックスを取り出すと、スマホで調べながら良い感じにセットをしていく。良い感じと言っても俺自身がそう思っているだけで、実際はそうでないかもしれないがここまで来たら知ったこっちゃない。

「こんな感じか?」

 もう何度やり直したかはわからないが、やっと満足のいくヘアセットにすることができた。
 俺の髪色は真っ黒ではない。ヘアアイロンをしているわけではないが、外にいることが多いため日光で焼けてしまい、若干ではあるが茶色みがかかっている。しかしそれも表面だけでしっかりと中は黒い。きっとヘアアイロンをしていれば全体的に茶色だったのかもしれないが、いざヘアセットをしてみると茶色の部分と黒の部分とが良い感じのグラデーションになっていて、これはこれでいいのではないかと思ってしまう。

「あんた、集合時間は何時なの? 時間は大丈夫?」

 リビングから聞こえてきた母親の声に、俺はスマホで時間を確認する。
 時刻は十時二十分。
 まさか服を選んだり、ヘアセットをしたりするだけでこんなにも時間がかかるとは思っていなかった。コンビニバイトは制服があって良かったと思うと同時にもう家を出なければならない時間になっていることに気が付く。

「ありがとう! もう行くわ」
「はーい。気を付けなさいね」

 俺は一旦自室に戻り、肩に斜め掛けするタイプのボディバッグにスクールバッグから財布とワイヤレスイヤホンを入れ替えると、いつものマフラーを雑目に首に巻いて、駅へと向かう。
 いつもとは違う自分の恰好に若干テンションが上がっているのを自覚しながら、自然と歩く速度は早くなっていた。


▽▽


 スマホで時刻を確認すると時間は十時五十八分。
 待ち合わせの時間までは二分前であるため遅刻では無いはずだが、駅前にはすでに笠原先輩の姿があった。
 笠原先輩の姿を確認すると、俺は歩きから走りに変わった。

「すみません。お待たせしましたか?」
「……いいや、全然待ってないけど。…………お前じゃないね、禄助くんはその髪で来たの?」

 笠原先輩は俺を待っている間の暇つぶしに見ていたであろうスマホから俺へと視線を移した瞬間、口元を手で隠しながら俺のヘアスタイルの指摘をしてきた。
 手で覆っているもののニヤけているのが丸わかりである。
 というか、俺個人としてはそんなに変な髪形になっていないと思っていたが、思わず笑ってしまうほど変だっただろうか。
 そう思うと途端に恥ずかしくなってくる。

「変……ですかね?」
「いや、変って言うか……まぁこっちおいで。直してやるよ」

 穴があったら入りたいくらいだったため、直してくれるならありがたい話だ。
 しかも例え変なヘアスタイルにされたとしても、笠原先輩のせいにできるため、好都合であった。

「禄助くん、走ってきたでしょ? せっかくセットしてただろうに、風に煽られて変なことになってるよ」

 どうやら俺の思い違いだったらしい。
 確かに少しは走ったし、普段よりもおしゃれをしたからか、足取りが軽かったせいもあるのだろう。
 俺のヘアセットの問題ではなく、全ては風のせいらしい。
 いや、風のせいだ。そういうことにしておこう。

「でこ出すのに抵抗あったりする?」
「いえ、特には……」
「おっけー」

 俺に一旦断りを入れると、笠原先輩は慣れた手つきでヘアセットをしていく。
 髪を親指と人差し指で掴むと、ウェーブをかけたり、耳にかけたりと少しくすぐったいと感じながらも我慢をして、完成を待つ。
 どのくらいの時間が経っただろうか。
 駅前でそれなりに人通りがある中で、ヘアセットをされているのは注目の的である上に、正直言って恥ずかしい。ここじゃなくて場所を移してからお願いすればよかったと思っていると、「よし」と頭上から声が聞こえてきた。

「どんなよ?」

 笠原先輩はスマホで一枚パシャリと俺の写真を撮ると、そのままスマホの画面を俺に見せてきて、撮ったばかりの写真を確認しろと言わんばかりに見せつけてくる。
 そこに写っていたのは、自分でセットしたときとはまるで違う俺がそこには居た。
 俺が自分でやったヘアスタイルは所謂束感を出すタイプのセットで前髪はがっつり下ろしており、初めてやったとは思えない程うまくいっていたが、笠原先輩がセットしてくれたヘアスタイルは俺のそれとは全く異なっており、額を全面的に出すタイプのヘアセットであった。
 センター分けではなく、アップバング風な感じになっており、右側は耳にかけるようにセットされているのに対し、左側は靡かせながらも目にギリギリかからないくらいにふんわりと空気を含んでいるようなセットであった。

「すごいです! めちゃくちゃすごいです!」
「簡単だから、自分でもできると思うぞ」
「ホントですか!」

 先ほどまで恥ずかしいと思っていた気持ちはすっかりと忘れてしまい、人目も気にせずに今は笠原先輩のセットの腕の良さを大声で褒めている。恥ずかしいよりも感動という気持ちが上回ったのは初めてかもしれない。

「今度機会があったら教えてやるよ」
「はい! お願いします! …………そういえば今日って何するんですか?」
「あー、特に決めてないけど……、何かやりたいことある?」

 じゃあなんで誘ったんだよと思わずツッコミを入れたくなったが、夜一の言葉を思い出し頑張って飲み込むと、少しの沈黙の後に言葉を紡ぐ。

「服……とか見に行きたいです。あとご飯食べたいです……かね」
「りょーかい。とりあえず先に服見て回って、良い感じの時間になったら飯行くか」
「はい、お願いします!」

 集合場所である駅にはショッピングモールが併設されており、その中で完結させようということだろう。
 笠原先輩は寒いのか、ポケットに手を突っ込むと少し早歩きで駅中へと進んでいく。
 俺はそのあとを追いかけるようにして、駅中へと入った。