生徒会長と副会長が付き合っているらしいが、苗字オタクの俺にとって問題はそこじゃない!

「いらっしゃっせー」
「しゃっせぇー」

 アルバイト先であるコンビニエンスストアに一人のお客さんが入店してきた。
 いらっしゃいませとは完璧には言わないが、そう言っていることは伝わる程度の言い方で俺が挨拶をすると、それに続くように省略しすぎな気がする挨拶を棒読みで口にするスタッフが一人。
 普段であれば同じ時間のシフトに入っているスタッフさんとは雑談を交えながら品出しや店内清掃、レジ対応をしたりするのだが、初めてシフトが被るスタッフとなると途端に何を話したらいいかがわからなくなる。
 それも同じ学校の先輩後輩という関係なら尚更だろう。
 俺は相手に聞こえないほどの小さなため息を吐く。
 どうしてこんなことになってしまったのかと、気まずさを覚えながら時は三十分前に遡る。

 金曜日の放課後。
 俺は生徒会の仕事を済ませてから、アルバイト先であるコンビニエンスストアに向かう。うちのコンビニには裏口というものが存在しないため、お客様も使う出入り口が従業員も使う出入り口である。
 交代前で現在シフトが入っているパートさんに軽く「お疲れ様です」と会釈をしてから、バックヤードへと向かう。
 現在の時刻は十七時五十分であり、今日のシフトは十八時から二十二時までの四時間の勤務である。
 俺はタイムカードを切りながら今日のシフト表を確認する。制服に着替え、バックヤードにある掲示板に書かれている共有事項や注意事項に目を通す。この掲示板を確認することはかなり重要なことで、『お釣りを渡し忘れたお客様が居ます』とか、『悪質なクレームを付けてくる客がいるのでその際は通報ボタンを躊躇なく押してください』など重要な情報が書かれていたりする。今日の掲示板には『一番奥の駐車場に止まっている車は不法駐車などではなく、一時的に貸しているものです』と『コピー機に取り忘れの書類があったので、取りに来られたら返してください。物はデスクにファイリングしてます』の二つである。
 それを見て「ふーん」と感じていると、店長が声をかけてきた。

「今日のシフトは不安があるかもしれないけど、ごめんね。何かあればいつでも連絡してくれていいから」

 そう言いながら店長は制服を脱ぎ、何やら何処かへ向かう準備を進めていた。
 これまでも店長が店に居ないときは存在する。それは当たり前のことで店長もコンビニに住んでいるわけではなく、ご自宅が存在しているわけで、常にこのコンビニにいるわけではない。もしコレが日中だった場合は店長とは別にオーナーが店番をしてくれているらしいのだが、土日や祝日、夜間は責任者が不在なこともしばしばあるようだ。
 実際俺がシフトが入っているタイミングでも店長もオーナーも両方居ないときは存在していたが、その時は同じ時間帯にシフトに入っている方が長年勤めているパートさんだったりで特に問題なく仕事を回すことができていたのだが、今日は少し様子が違ったようだ。

「え、何かありましたか?」
「あれ? もしかして連絡見てない?」
「連絡……ですか?」

 俺はロッカーにしまう前のスクールバッグの中からスマホを取り出すと、お休み連絡や共有事項などをスタッフに通達するために存在しているグループラインを開く。そこには今からのシフトが同じパートさんに急遽用事ができてしまったようで、誰か代わりに入ってくれる人がいないかという呼びかけに対して、店長とオーナーは明日から朝から本部会議兼合宿研修があるらしく、会場近くのホテルに前入りで泊まるため変わることができないという旨の連絡が入っていた。

「え、もしかしてこの四時間のシフトって俺だけですか?」
「いやさすがにそんなことはないよ。そろそろ来るんじゃないかな?」

 すると本当にタイミングよく、バックヤードに制服姿の男性が「っしゃーす」とスマホに目を向け俯いた状態で挨拶をしながら入ってきた。

「笠原くんごめんね、急にシフト代わってもらって」
「っす。全然大丈夫っす」
「……もしかして笠原先輩とシフト一緒ですか?」
「そうなんだよ! 笠原くん本当にありがとうね。じゃあ僕はもう行くから! 何かあったらすぐに連絡してね!」

 そういうと店長はバックヤードの隅っこに置いていたキャリーケースを取っ手をカシャンカシャンと音を立てながら伸ばすと、「ごめんね、もう時間がなくて!」とだけ言い残して足音を立てながらバックヤードを後にした。
 俺は初めてシフトの被る笠原先輩に目を向けるととりあえず「よろしくお願いします」と様子をうかがいながら頭を下げる。
 それに対し笠原先輩は「うん、よろしく」と簡素な返事をするだけであった。

 そして時間は今に戻り、品出しも店内清掃も終えた俺と笠原先輩はレジに立ち、入店するお客さんに対して挨拶を繰り返す。
 笠原先輩はレジの後ろ側にある揚げ物をする専用のスペースで品薄状態になっていたホットスナックを揚げており、俺は店内コーヒーメーカーのコーヒー豆とミルクの補充。そしてチューブの洗浄をしている最中であった。
 正直気まずい。
 笠原先輩とは挨拶を交わしたことがあるだけで、それ以上の会話をしたことは無い。
 それはきっと笠原先輩も思っていることのような気がする。
 なぜなら先ほどから目は合わないし、笠原先輩から話しかけてくるなんてことが無いからだ。
 いや、そういう時は自分から話しかけに行くべきではないだろうか。話しかけてもらえると思っているこの受け身の姿勢がよくないのかもしれない。
 しかし、いざ自分から声を掛けるというのは緊張を伴う行為であり、さらに言うと俺は自分の発言に後悔を繰り返している最中であるため、自分から声を掛けるという行為自体に恐怖を覚えている。
 そんな俺の心境を背中で感じ取ったのか、先ほど入店したばかりのお客さんが何も買わずにコンビニを後にしたのを確認してから「ありがとうございました。またお越しくださいませ」というリピート客を増やすために言う言葉を吐くこと無く、笠原先輩は俺に声を掛けた。

「そんな緊張しなくていいよ」
「え?」
「あ、もしかして俺のこと苦手? ごめんね。今日のシフト引き受けちゃって」
「いやいやいやいや! そんなことないです! 笠原先輩とはお話したことなかったので、正直何を話せばいいかを悩んでるところでした」
「そうなんだ。ならよかった」

 笠原先輩は顔色一つ変えることなく、黙々とホットスナックを揚げていく。
 店内には今俺と笠原先輩以外に人はおらず、聞こえるのは笠原先輩が揚げものをしている音と俺が店内コーヒーメーカーのチューブの洗浄をするときに聞こえる水が出たり入ったりを繰り返す異様な音だけであった。

「そう言えば佐藤くんは生徒会に入ったんだっけ?」
「え、あ、はい。そうなんです」
「御薬袋も式神も喜んでたよ」
「ほ、本当ですか!」
「うん、ほんと。てかこんなところで嘘つかないでしょ」

 気持ち笑いながら言っているのがわかる程度の声色で笠原先輩はそう呟くように告げる。
 俺も「あははっ」と話を長そうとしたのだが、一つ気になることができたため確認のために聞いてみる。

「笠原先輩は御薬袋先輩と式神先輩と仲がいいんですか?」
「まぁ小学校からの付き合いだしね。それなりに仲がいい方だとは思うよ」

 俺はそれを聞いて、力の抜けたような大きなため息を吐いた。
 笠原先輩が御薬袋先輩と式神先輩と友達であると知っていたならば、俺は親友の忠告も聞かずに御薬袋先輩と式神先輩に失礼な発言をすることも無かったし、こうして生徒会に入ることも無かっただろうからだ。
 だからといって生徒会に入ったことを後悔しているわけではない。自分の能力を褒められる経験の無かった俺が唯一感謝されるような環境であったため、かなり心地がいい。むしろ生徒会に入ってよかったとすら感じている。
 生徒会に入ったことで今まで以上にクラスメイトとの友情を感じられる瞬間もあったし、良いことしか無いように思えるかもしれないが、実際はそうではない。
 俺が生徒会に入って一番面倒に関していることは教師陣との距離感にある。実は俺が生徒会に入ってからというものの生徒会担当顧問でもあり加納高等学校の生徒指導を担当している山下先生は一度も生徒会室に足を運んでいないのだ。
 理由は単純明快で俺が居るからである。
 顧問である自分が拒否した生徒が生徒会に居るのが許せないのだろう。
 大人としてその対応はどうなんだと思うが、所謂ボイコットというヤツを山下先生はしているらしい。
 校長先生から俺が生徒会に入ることとなったあの大人三人による尋問の状況を御薬袋先輩と式神先輩は聞かされていたようで、そんな態度を取る山下先生に対し「子ども以上に子どものような態度取るなよな」「どっちが大人かわかんねーよ」などと辛口コメントを残していた。俺は思わず笑ってしまったが、御薬袋先輩も式神先輩も「ごめんな」と申し訳なさそうな表情を浮かべながら俺に謝ってきたことを覚えている。
 他にも担任である犬養先生は本当にしょうもなく、俺が生徒会に入った翌日に投げかけられたあの失礼すぎる言葉の代償としてクラスメイトからの非難轟々があったわけだが、あの後からは俺に対して一切かかわりを持とうとはしないのだ。
 たまに俺が絶対にわからないであろう日本史の問題を出しては「わかりません」と答える俺を「生徒会に入っておいてその学力かぁ」とわざと大きく肩を落とすような発言をする。正直それには俺もびっくりで「いやあんたが生徒会への入会を勧めてきただろ!」と大声で言ってやりたいが、俺が発言するよりも前にクラスメイトからの「ガキ以下だろあれ」「これだから日本史はつまんないんだよな」と俺を庇った発言により、一応俺が今まで怒ったことなどはない。
 ほかのデメリットも多々あるが、今のところメリットの方が勝っているため、俺の心は平和を保っていられている。

「仲良かったのなら、教えておいてくださいよ!」
「教えてもよかったが、そもそも佐藤くんと話すタイミング無かったし」
「いや、それもそうですけど。あ、なら笠原先輩はご存じなんですね」
「ご存じ? 何をだ?」
「え……?」

 これはどっちだ?
 御薬袋先輩と式神先輩が付き合っていることを知らないのか?
 それとも知ってはいるが、知らないふりをしているのか?
 仮に笠原先輩が二人がお付き合いされていることを知らない場合、俺がここで口を滑らすわけにはいかない。しかしここで変にごまかしても、追及されるに決まっている。
 やはり俺は喋らない方がいいのかもしれない。
 俺が何かを口にするとほとんどの結果後悔することになる。
 ここにもし夜一が居たらきっと巨大なハリセンで頭を殴られているに違いない。

「えっと、それはですね……」

 これ以上のごまかしは効かないかもしれない。
 笠原先輩には正直に言って、御薬袋先輩と式神先輩には週明けの月曜日に土下座でもしよう。そうしよう。
 すべての覚悟を決めて口にしようとしたその瞬間、コンビニの自動ドアが開くと同時にお客さんの入店を知らせる音楽が店内に鳴り響いた。

「いらっしゃっせー」
「しゃっせぇー」

 助かった。本当に助かった。
 お客さんがきていれば、私語は基本的にはしない。
 それは笠原先輩も同じようで、すぐに揚げ途中であったホットスナックへと視線を戻した。

「あ、禄助じゃん」
「え、夜一?」
「お疲れー。今日バイトだったんだ」

 入店したお客さんは夜一であった。
 きっと塾の帰りなのだろう。
 時刻は二十一時を過ぎているにも関わらず、制服姿である彼の姿を見ればすぐにわかった。
 この時間の外は昼間とは比べ物にならないほどに冷えているのだろう。あの広げればストールとしても使えるであろう黒のマフラーを首に巻くだけではなく、顔の半分をマフラーの中に埋めており、範囲としては目元しか見ることができない。

「そうだよ。 てか夜一は塾帰り? マジで大変だな」
「そう、塾の帰り。 腹減ったからここに寄った感じ」
「なるほどな。今笠原先輩がホットスナック揚げてくれたから、揚げたて渡せるけど、どう?」
「うわ、マジで魅力的じゃん……。え? 笠原先輩?」
「っども」

 レジの後ろにある揚げ物スペースから俺たちの会話を聞いていた笠原先輩がヒョコっという効果音を付けながら、顔だけを出して頭を下げるわけでもなく、顔を前に突き出してすぐ戻すという会釈の取り方で挨拶をする。

「え、二人は知り合い?」
「いや、初めましてだけど、禄助が高校生だけのシフトが組まれることが無いって言ってたからさ」
「あぁそういうこと。今日はたまたま。何かシフト被ってたパートさんが用事ができたとかで急遽笠原先輩がシフト入ってくれた感じ。イレギュラーもイレギュラーよ」
「おお、禄助がイレギュラーという言葉を知ってるとは!」
「バカにすんなって!」

 そんな会話を繰り広げていると、笠原先輩は何かを吹き出すように笑いが零れてしまったようだ。笠原先輩がどこまで俺のことを知っているかはわからないが、もしかしたら頭があまりよくないことを知っているのかもしれない。
 しかしここで反応しなければ、その真偽はわからないだろう。

「ちょ! 笠原先輩も笑わないでくださいよ!」
「ごめんごめん、ちょっとかわいくて。二人は仲がいいんだね」

 今まで笠原先輩の顔をちゃんと見たことはなかったが、こう見ると案外綺麗な顔をしているのだと知る。
 センター分けの髪がギリギリ目にかかってはおらず、普段はほんの少しだけつり目よりの目じりが、笑うとゆったりとした三日月形に形を変えて下に下がっているのがわかる。
 また笑うときは口元を手で隠しているのか、見かけによらず奥ゆかしさを感じさせるその上品な振る舞いが、意外性を生んでいる。
 言葉にするのであればギャップがあるというのだろうか。
 身長は夜一よりも少し高いくらいで、めちゃくちゃ高いというわけではないのだが、普段の落ち着いた感じと、少しだけ口調が荒いところ。それなのに品のある振る舞いに、大人のような魅力を感じてしまい、不思議と大きく見えてくる。

「まぁ中学からの親友なんで」
「へぇ、そうなんだ。佐藤くんのことは前から知ってたんだけど、親友がいるなんて知らなかったなぁ」
「……まぁ笠原先輩は禄助と特別仲がいいわけじゃないですもんね」
「そうだね。今日初めてちゃんと喋ったけど、これから仲良くなれそうだよ。そうだよね? 禄助くん?」

 空気感が一気に二、三度下がったような気がする。
 どうしてこの二人は少し喧嘩腰で会話をしているのだろうか。
 そんな二人の会話に入れずオロオロしていると、いきなり俺に話が振られてしまった。しかも笠原先輩は先ほどまで俺のことを『佐藤くん』と呼んでいたにもかかわらず、この瞬間だけは『禄助くん』呼びに変わっていることに、ドキッと心臓が一瞬大きく波打つ音がした。

「え、えっと、そうですね。これから仲良くしていきたいです」

 必死に絞りだした言葉をそう声に変換する。
 それに満足したのか笠原先輩は「だってよ?」と夜一に視線を戻した。

「そうですか。すみませんお仕事中なのに話し込んじゃいましたね。揚げたてのチキン二つください」
「はーい」

 笠原先輩はホットスナック用の紙の袋に、揚げたばかりのチキンを入れ始める。
 俺はそれを確認してから、レジでチキン二つを打ち込んでから夜一に「五二〇円です」と伝える。
 夜一はスクールバッグから財布を取り出すと、五百円玉一枚と、十円玉二枚を出してお会計を済ませる。
 会計を終えると夜一はレシートは受け取らず、紙袋に入った状態のチキンを二つ、笠原先輩の手から奪うようにして取る。

「そうだ! 禄助は明日暇? 午後買い物付き合ってほしいんだけど」
「あ、うん。午後なら――」

 大丈夫。そう言いかけた俺の言葉は笠原先輩によって塞がれてしまった。

「ごめんねー。禄助くんは明日俺と予定あるんだよね」
「え? そんな初耳ですよ!」
「あら、言ったじゃん! 覚えてなかったの?」
「え? え!」

 絶対にそんな約束をしていない。はずだ……。
 こんなにも笠原先輩と話したのは初めてのため、遊ぶ約束などしていないはずだ。
 しかしながら、笠原先輩の目はガチであり、嘘をついているようには思えなかった。

「……そうですか。禄助、また月曜日に!」
「お、おう。ごめんな」
「全然。また連絡するわ」
「うん、待ってるわ」

 夜一は俺だけ目を合わせ手を振り、コンビニを後にする。
 俺もそれに合わせて、退店する夜一の背中に手を振る。
 夜一の姿が見えなくなった後、俺は笠原先輩の方を見て、少しきつめに言葉を投げる。

「……笠原先輩、約束なんてしてないですよね?」
「そうだっけ? じゃあ本当に約束しようか」
「はい?」
「明日、駅前に十一時集合ね」
「え?」
「あと、俺の名前『藍生(あおい)』だから」
「…………はい?」
「名前で呼んでね、禄助くん」

 どうやら俺は明日、本当に笠原先輩と遊ぶことになったみたいだ。