生徒会長と副会長が付き合っているらしいが、苗字オタクの俺にとって問題はそこじゃない!

 翌朝、一年二組はある話題で持ちきりになっていた。
 それは生徒会長と副会長が実は付き合っているのではないか、という学校中で話題になっている噂話ではなく――俺の腕にある腕章を見たクラスメイトたちが、佐藤禄助が生徒会役員になったのではないかと騒ぎ立てている声だった。
 そんな俺の姿を見て、すぐに声を掛けてきた人物がいる。

「……おい禄助。なんだその腕章は?」
「なんだと言われても、生徒会の腕章だけど……」
「んなこと見ればわかるんだよ! お前もしかして、生徒会に入ったのか?」

 俺のことを禄助と呼ぶのは、親友である夜一だ。
 俺が学校に登校するなり、俺の腕を凝視してきたかと思えば、スクールバッグを机のフックに掛ける前に俺の両腕を掴み、まるで人を責めるのではないかと思えるほどの勢いで俺にそんな言葉をぶつけてくる。
 正直無理もないだろう。
 というか、俺すらまだ実感が湧かないし、どうして俺が生徒会に入っているのかも理解できていない。だからいくら親友と言えど、生徒会に入ったことは事実であるが、どうして入ったのか、どうやって入ったのか、などの質問が来たところで答えられるものではないのだ。

「まぁ、そう。なんか、生徒会に入った。断れる感じでもなくて……でも庶務らしいぞ。何やるかはまだ詳しくは知らんけど」
「生徒会に入ったってことは、推薦ってことか? もしかして生徒会長と副会長に会ったのか! あれほどストーカー行為はダメだと言っただろ!」
「いやいやいやいや! 違うって! 昨日の昼休みに屋上に行っただろ? そこに御薬袋先輩と式神先輩が居たんだよ」

 俺がそう説明するも夜一は信じていないのか「まぁそういうことにしておいてやるよ」と何やら腑に落ちない返事をしてきた。
 腑に落ちないと言えば、昨日の大人三人による強制面談会にて終始俺に失礼な態度を取り続けた山下先生は結局校長先生に言われたのにも関わらず、俺に頭を下げることは無かった。よっぽど俺に頭を下げるという行為を自身のプライドが許さなかったのだろう。
 俺個人としては別に謝ってほしいなどとは思っていないが、自身の失態を認めない大人にだけはなりたくないとこの時改めて思った。
 しかし山下先生は今後のことをどのように考えているのだろうという疑問が俺には残った。俺が生徒会に入ったことで、これから接する機会も多いはずなのに友好的ではなく敵対視されていては、俺も山下先生もやりづらいものがあるだろうに。

 俺がそんなことを考えていると、夜一は何かに諦めたような。それこそ愁いを帯びた表情をしつつも、どこか俺のことを思ってくれているような口元の緩みを見せながら呟いた。

「でもそっか。禄助が生徒会に入ったらこれから一緒に入れる時間が少なくなるな」
「……え、いや! そんなことないだろ?」

 夜一はゆっくりと俺の両腕を掴んでいた手の力を緩めると、そのまま重力に従うように手が俺の腕から離れていく。

「そんなことあるだろ。生徒会は昼休みや放課後にも仕事があるって聞くぞ? それにバイトは辞めないんだろ? 毎日生徒会の仕事があるわけではないと思うけど、それでも一緒に居られる時間は減ると思う。俺も塾とかあるし」

 そう言われてしまっては、そうかもしれないと思わざるを得ない。
 やはり生徒会は今からでも断るべきではないだろうか。
 アルバイトも夜一と遊ぶ金欲しさにしているのだ。お金はあるに越したことはないが、使い道がないのであれば、人生において貴重とも言える高校生時代に無理してアルバイトをする必要はない。しかし夜一とはこれからの一生を友だちでいたいと思える親友だ。
 そんな彼と遊べなくなると考えると、今からでも生徒会の入会を断ったほうがこの先後悔をしないのではないかと、そう考えた。

「夜一との時間が減るなら、生徒会辞めようかな」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「はぁ? 何言ってんだ? 当たり前だろ? バイトだって夜一と遊びたいからしてるわけで、もし夜一と友だちじゃなければバイトなんてしてないよ」
「ありがと。でも生徒会を辞めるのはもったいないんじゃないか? 生徒会って誰しもが入れるわけじゃないし、それに禄助が気になってたことも、ストーカーとかせずに聞けるチャンスがあるんじゃない?」

 すっかり忘れていた。
 俺が御薬袋先輩と式神先輩に接触を計りたかったその理由を。
 俺のミッションはまず先輩方がお付き合いされているかどうかの確認をすること。そしてお付き合いをされていた場合、将来結婚できるとしてどちらの苗字を名乗るのか、というこの二つだ。
 そしてなんと運の良いことにそのうちの一つであるお付き合いをされているかどうかの確認はすでに完了している。そうとなればあとは簡単だ。良きタイミングで「そう言えば将来的に結婚したらどっちの苗字を名乗るんですか? お二人の苗字はどちらも珍しいしかっこいいので気になってまして……」とか聞くだけでいい。
 しかしそんなことを聞ける関係値ではないが、俺が生徒会の仕事を続けていれば、その内聞けるタイミングもあると、そう考えたのだ。

「確かにそうかも! でも……夜一との時間が減るのはやっぱりやだなぁ……」

 俺はそんなことを口にしながらスクールバッグをようやく机のフックに掛ける。
 先ほどから中途半端な位置でスクールバッグを持っていたため正直腕が痛かったが、夜一の気迫に押された俺はスクールバッグを下ろすタイミングを完全に見失っていた。
 おかげで今はとても腕が軽い。

 そんな俺と夜一の会話を聞いていたのか、クラスメイト数名も俺たちの会話に混ざってきた。
 内容としては「学年最下位でも生徒会に入れるのかよ」と俺のことバカにしてるよね? と思わずツッコミを入れたくなるような内容であったが、事実のため俺は何も言い返せない。
 しかしクラスメイトはラインというものを弁えている生徒がほとんどで、山下先生のように俺を不快にさせるようなトゲのある言い方ではなく「大変かもだけど頑張れよ!」とか「生徒会は成績表で二十番以内に入れ! みたいな通達があるんだったら今のうちに勉強しておけよ」だったり「もしそうなら勉強見てやろうか?」といった俺の成績の悪さをカバーするような言い方で、昨日の大人たちよりも大人な意見なのではないかと感心してしまうほどだ。
 俺は改めてクラスメイトに恵まれていると感じたその瞬間、ホームルームの開始を知らせるチャイムが学校中に鳴り響く。それと同時にガラガラと音を立てながら担任である犬養先生は教室の引き戸を思いっきり開けると「席につけー」と、教師なら開口一番はせめて「おはよう」であれよと誰しもが朝から若干気分が悪くなる挨拶をする。
 おそらくそれは俺以外も思っていることだろうが、それを誰も口にすることなくそれぞれが自分の席に戻っていく。
 犬養先生は特別生徒から嫌われているとか、マイナスなイメージのある教師ではないと思うのだが、好感を持てるような教師ではない。
 猫背にフレームレスの度数の高い眼鏡を着用し、パブリックイメージ的に白衣を着たほうが似合ってるんじゃないかと思うほどの容姿をしているのだが、担当は理科や化学などではなく、日本史を担当している。
 授業の進め方は教科書に書いてあることを板書するだけの面白みのない授業で、良く言えば真面目。悪く言えばマニュアル人間といったところだろうか。
 俺個人としては教科書に書いてあることだけを話すことが授業だと思っているのなら、正直彼は教師には向いていないんじゃないかと思う。犬養先生は教えるのではなく、教科書を読み上げるといったスタイルの授業のため、我ら加納高等学校一年生の日本史のテストの平均点は異常なほど低いらしい。
 ただ問題なのは、本人がそれを問題視していないということで、自身の授業スタイルを疑うことはなく、生徒の覚えが悪いの一点でのみ考えているところが、嫌われているわけではないが特別好かれているわけでもない理由が顕著に出ている。

「お、佐藤は早速腕に受けてるのか」

 付けたくて付けているわけではない。校長先生に付けろと言われたから致し方なく付けているのだ。それをあたかも俺がやる気があるように捉え、挙句の果てには「感心感心」と自分の教えは正しかったかのような振る舞いをするのは辞めていただきたい。
 元をたどれば俺が生徒会に入ることになったのは御薬袋先輩と式神先輩の秘密を知ってしまったことによる二人の口封じのための生徒会推薦がきっかけであると俺自身はそう考えているが、実際のところ生徒会に入ることへのメリットを提唱してきたのは何を隠そうこの犬養先生なわけで、あの場において山下先生にはかなりの怒りを覚えたが、それと同時に俺の学力の低さを否定するわけでもなく、山下先生相手に下手に出続ける彼にも怒りを覚えたのは確かだ。
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ホームルームでさらに俺を逆なでするような発言を犬養先生は平気な顔をしながら口にする。

「見ればわかると思うが、佐藤は昨日から生徒会に入ることとなった。生徒会に入った経緯などは省くが、特にこれと言って大きな変化があるわけじゃない。まぁ佐藤でも入れるような組織だ。生徒会に入ったからといって佐藤が上に立つわけじゃないから安心しろよ」

 きっと犬養先生は俺のことが好きでないのだと思う。
 というか、生徒に興味がないタイプの教師なのだと思う。
 俺もさすがに今の発言はどうかと思い、抗議をするため席から立ち上がろうとしたとき、夜一が先に立ち上がった。

「その発言はどうなんですか。撤回してください」

 そんな夜一に続くように席こそ立ち上がらないものの、クラスメイトから一斉にブーイングが犬養先生目掛けて飛んでいく。
 そのブーイングは他のクラスにも聞こえるほど大きなものであったが、肝心の犬養先生は自分の発言のどこに失言があったのかがわかっていないようで、まるで「事実を述べただけなのに何が悪いんだ?」と言いたげな表情を浮かべていた。
 しかし止まることを知らないブーイングに冬真っただ中にもかかわらず、徐々に額に汗を滲ませていき、口元も心なしか引き攣っているように見える。
 それでも言葉の撤回をするどころか、謝罪の一言すらない犬養先生はやはり生徒のことを人間として見ていないのではないかと思う。

「俺なら大丈夫! それに生徒会に入って初日で問題になるのもあれだしさ! マジでみんなありがとう」

 このままでは収拾がつかなくなってしまうと踏んだ俺は、仕方なくそんな言い訳を並べてクラスメイトの言葉を遮る。
 クラスのみんなも「本人がそういうなら」と渋々ながらも犬養先生に対する苦言を止めたのだが、夜一だけは納得いっていない表情を続けていた。きっとそれは夜一だけではなくクラス全員が夜一と同じことを考えてくれていたのかもしれないけど、夜一だけはクラスの誰よりもその想いが強かったのかもしれない。


 放課後となり、俺は今生徒会室の前にいる。
 本当は昼休みの時間に昨日のように屋上に行ったりして、御薬袋先輩と式神先輩から話を聞きたかったのだが、俺の生徒会執行役員就任祝いと称して昼休みにクラス全員で謎の宴が行われたため、主役である俺が抜け出すことは叶わなかった。
 今日は夜一は塾があるため、先に帰ってしまう日でもあったためこの放課後がチャンスだと思い、重い腰をあげて生徒会室を尋ねる。

「し、失礼します」

 三回ノックをして、ゆっくりと生徒会室の扉を開ける。
 そこには漫画三冊分はありそうな分厚さの書類を一枚一枚目を通していく御薬袋先輩と式神先輩の姿があった。

「あ、佐藤……じゃなかった、禄助くん! 待ってたよ!」

 俺に気づいた御薬袋先輩は書類から俺に視線をシフトして、笑顔で迎い入れてくれた。

「生徒会に入ってくれて、本当にありがとう!」
「い、いえ。改めてよろしくお願いします」
「うん、よろしく」

 そんな御薬袋先輩に続くように、式神先輩も立ち上がり「急な依頼だったのにありがとう」とわざわざ席を立ち上がり、俺に握手を求めてきた。
 多少は暖房が効いているとはいえ、放課後は日中よりも温度が下がる。
 握手を交わした式神先輩の指先は氷ほどではないが、外に放置されたベンチのような冷たさを放っていた。細さの要因は代謝の良さだと思っていたため、勝手に式神先輩の体温は温かい方だと思っていたが、それは俺の思い違いだったらしい。

「とんでもないです。俺なんかで生徒会の仕事が出来るかわかりませんが、頑張ります」
「ううん! いてくれるだけで心強いよ!」
「あははっ」

 真っ直ぐに向けられる誉め言葉に、恥ずかしくなった俺は乾いた笑いを返す。

「その、俺は何をしたらいいですか? あ、そうだ! ほかの生徒会の方にも挨拶をしたいんですけど、今日はもう帰ってしまいましたかね?」
「ん? あぁ生徒会は禄助くん含めて今は三人だよ」
「…………え?」
「あれ? 知らなかったの? 禄助くんが最初の推薦者だよ」

 俺の驚きの声が、放課後の薄暗い学校の廊下に響き渡った。