生徒会長と副会長が付き合っているらしいが、苗字オタクの俺にとって問題はそこじゃない!

 自分自身が乗り気じゃ無いことほど、自分の意思に反してスムーズに話が進んでしまうのはどうしてだろうか。
 生徒会に誘われたのが今日の昼休みの時間で、今は六時間目の授業もホームルームも終わった放課後なのだが、俺は職員室の少し奥ばったところにある応接室のような場所で校長先生と一年二組の担任。そして生徒会の顧問兼生徒指導を担当しているいかにもな見た目の先生の三人に取り囲まれている。
 俺が何かをしたわけではない。いや俺の成績の悪さを見ればすでに何かをしてしまったと言えるのかもしれないが、成績の悪さだけで大人三人に囲まれる意味がわからない。
 俺は大きなため息にも聞こえてもおかしくない深呼吸を何度か行うと、この三人の中では一番話しやすい担任である犬養先生に恐る恐る声を掛ける。

「えっと……呼び出されるようなこと、俺、しましたっけ?」
「呼び出されるようなこと……ねぇ。強いて言えば成績についてか?」
「成績については、これから徐々に頑張っていく所存でして。小生はまだ一年生なので、伸びしろはまだあるかと」

 俺の言葉遣いがおかしいのはわざとである。
 大人三人に囲まれている状況で緊張しないわけがない。それに呼び出された理由もなんとなくわかっている。
 そんな状況を少しでも変えたくて、少しでもおちゃらけていれば、空気も和むと思っての適当な言葉遣いだったのだが、犬養先生以外にはウケが良くなかったようで、校長先生と生徒会顧問は「どうしてこいつが?」という表情を浮かべながら、俺を品定めするように頭の先から足の先まで舐めるように何十往復も繰り返している。
 この一瞬で考えたにしては及第点くらいは欲しいギャグを笑ってくれなかったことはどうでもいいとして、教師の立場の人間が一生徒を品定めするような目つきで生徒を見てくることに対し、普段怒りを表に出すようなことをしない俺でも憤りを覚える。
 犬養先生はそんな俺の感情を読み取ったのか、俺の華麗なギャグを聞かなかったことして、先生からして左隣に座っている生徒会顧問に話を振る。

「えっと、山下先生からお話されますか?」
「……えぇ、そうですね。では」

 どうやら生徒会顧問の先生の苗字は山下というらしい。
 苗字オタクの俺が人の苗字を覚えていないということは、と思っていたが所謂ありふれた苗字であり納得した。
 ちなみに校長先生の苗字はあまり知られていないが『津田』である。おそらくこの学校の生徒で校長先生の苗字を把握しているのは俺だけだろうという自負がある。これはアンケートを取ったとかそういうわけではなく、校長先生という職業柄、校長先生と呼ばれることはあっても、苗字付きで○○先生と呼ばれているところを見たことがないため、きっと俺以外の人間は校長先生の苗字が何なのかという疑問を持つことなど無いと、そう感じたからだ。
 俺が一人で自分の考えに頷いていると、大きな咳払いをして山下先生が話を始めた。

「現生徒会長と副会長からお前に、ゴホン。佐藤に生徒会への推薦がきている」
「あぁ、そのことですか」
「……正直、なぜお前に推薦がきているか、さっぱりわからない」

 この山下とかいう先生は先ほどお前という表現をわざわざ直したのにもかかわらず、またすぐに俺のことをお前呼びしているあたり、あまり生徒から好かれていないことがすぐにわかった。
 そもそも生徒指導の担当の先生は所謂生徒からの嫌われ役を買って出ている節があるため、もしかしたらわざとお前呼びをしているのかもしれない。
 とは言っても生徒も人間であり、特に俺は苗字や名前に人一倍思うところがあるため、お前呼びされていい気分はしない。
 しかしそんな山下先生のいうことは正しく、今日昼食をたまたま一緒にとっただけの御薬袋先輩と式神先輩から生徒会に入らないかと打診をされたことに対しては、俺もわけがわからない。さらに言えばこんなにも早く話が進んでいるとは思っておらず、あの時の先輩の話を真に受けていなかった俺からすれば、バケツ一杯の水をぶっかけられたような気持ちだ。

 加納高等学校の生徒会は生徒会長と副会長のみ選挙で決まる。
 これは生徒会メンバー全員の選挙を行っていると時間がかかり過ぎるという問題と、そもそもの話立候補する生徒の数が少ないという問題があり、生徒会長と副会長以外のメンバーは二人の推薦や先生方からの紹介でなることが多いらしい。
 そのため加納高等学校の生徒であれば誰しもが生徒会メンバーになる可能性はあるのだが、お世辞にも成績が良いとは言えない俺が生徒会に推薦されるのは何かの間違いであると睨んでいる。

「山下先生のいう通りで、俺が生徒会に推薦されるのは何かの間違いだと思います。そもそも御薬袋先輩と式神先輩とお話をしたのは今日が初めてですし、お二人ももしかしたら誰かと勘違いされているのではないかと思います」
「佐藤。それが間違いではないんだ」

 そう話を切り出したのは担任の犬養先生であった。
 その言葉に山下先生はまたも大きなため息を吐き出す。その勢いは煙でも放出するんじゃないかと思うほどだ。

「御薬袋くんも式神くんも間違いなく佐藤を推薦している。これは間違いではないよ。正直担任の僕からしたら、佐藤が生徒会に入るのは結構いいんじゃないかと思ってるよ」
「ど、どうしてですか? 俺別に成績良くないですし……」
「そうだね」

 少しは否定しろよ、と思ったが本当のことなので何も言い返せない。
 その代わりと言っては何だが、頬だけ膨らませてふてくされている感だけでも醸し出すことにする。

「でも、だからこそ佐藤が生徒会に入ることによるメリットは大いにあると思うよ。まだ佐藤の進路を聞いていないからわからないけど、進学にしろ就職にしろ生徒会に入っていたという事実はどちらでも大きな力を発揮すると思う。内申点も上がるし、成績以外の部分でカバーが出来るなら、それに越したことはないと僕は思うよ」
「……犬養先生の話からするに、俺が生徒会に入ること自体は問題ないんですか?」
「どういうことだ?」
「いや、俺、成績悪いですし、バイトだってしてますよ?」
「バイトをしていることは知ってるよ。そもそもバイトの申請書出してきたじゃないか」

 それもそうかと納得する俺だが、俺が生徒会に入ることをよしと思っていない先生が一人。

「成績が良くないのであれば、生徒会の株が下がるというものです。いくら生徒会長と副会長からの推薦があったとしても俺は彼が生徒会に入ることに首を縦に振れませんね」

 苦言を呈す山下先生に内心「うわぁー」と思ったのは俺だけではないはずだ。
 犬養先生はまあまあと山下先生をあやす。本来その仕事は校長である津田先生の仕事ではないのかと思ったのだが、校長先生はこの話し合いが始まってから一度も口を開いていない。
 ならどうしてこの話し合いに参加しているんだよ、と思わずツッコミを入れたくなるが今解決するべきはそこではない。
 俺が生徒会に入会させられそうになっているこの状況を阻止しなければならない。
 昼休みに御薬袋先輩から生徒会に入らないか、と依頼なのか相談なのか冗談なのかわからない言葉を聞かされた俺は困惑してしまい、どう反応すればいいのかわからなかったが、タイミングよく昼休みの終了を知らせるチャイムが学校中に鳴り響いたことで難を逃れることに成功したため、俺を生徒会に勧誘するという話は一旦なかったことにされたもんだと勝手に思っていたが、そうではなかったようだと理解した。

「そうですね。山下先生の言うとおりだと思います。じゃあこれで俺は失礼しますね」

 この中で俺を否定する人間がいるのだから、それに合わせたほうがこのあと動きやすいというもんだ。
 更に言えば犬養先生はおそらく山下先生が苦手なのだろう。もしくは生徒会の顧問という立場の人間に、お世辞にも生徒会にふさわしいと言えない生徒を紹介することに若干の引け目を感じているのだろう。俺に生徒会に入るメリットを説いてはいたが、山下先生には俺が生徒会に入ることに対する生徒会へのメリットを述べることはない。
 このことからも、この中で一番声が大きいのは山下先生だ。
 そんな山下先生が生徒会に入れるわけにはいかないというのであれば、俺はそれに従うまでだ。
 俺はスクールバッグを肩にかけると、目の前に座っている大人三人に軽く会釈のような感じ頭を下げてから職員室を出ようと、先生方の横を通ろうとしたタイミングで先ほどまで一切口を開かなかった校長先生が重い腰を上げたかのようにゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「私は彼の生徒会入会に賛成ですよ」

 校長先生のそんな言葉に俺だけではなく、俺に入会した場合のメリットだけ伝えなんのフォローもしない犬養先生も、俺の生徒会入会を反対している生徒会顧問の山下先生も一斉に「え?」と間抜けな声を上げた。

「山下先生。そもそも彼が生徒会に入ることで生徒会の株が下がると言ったような発言はいくら生徒会顧問だったとしても容認できるような言葉ではありませんよ。教師として生徒を貶めるような発言は謹んでください。犬養先生も彼に生徒会に入ることを勧めるのであれば、山下先生にも彼の良さを伝えるべきです。成績のコトを先に持ち出したのは彼の方ですが、彼の成績の悪さを否定することなく肯定だけするのはいただけないですね。担任であるなら、これから一緒に頑張ろうの一言あってもいいと思いますよ」

 校長が校長である所以がわかったような気がする。
 本来であればこの校長先生の発言は大いに評価されるべき発言だし、もしも俺が犬養先生と山下先生に責められている立場だった場合は俺を庇ってくれるような発言だったため心から尊敬のまなざしを向けていたに違いない。
 しかし今この状況では非常に良くない発言である。
 これでは俺が生徒会に入ることになりそうな雰囲気である。挙句の果てには俺のことを悪く言った大人二人を叱っているのだ。先ほどまで黙っていた人間が急に口を開いた途端にこれだから、犬養先生も山下先生もぽかんとしている。
 しかし校長先生相手にも引かないのが山下先生である。

「そ、そうですね。教師として良くない発言であったとは思います。失礼いたしました。しかしですね、生徒会は全校生徒の模範となるような振る舞いをしてもらわなくてはいけません。いくら現生徒会長と副会長からの推薦があったとしても、誰もが生徒会に入れるわけではないんですよ」
「山下先生。まず謝る相手が違います」

 もしも俺が女で、校長先生が同年代の男性であったなら確実に惚れていたことだろう。
 生徒指導を担当しているいかにもな見た目の先生相手にも物怖じすることなく、淡々と言葉を紡ぐ校長先生の目はしっかりと山下先生を見ており、睨んでいるわけでもないのにその迫力はすさまじいものを感じた。
 しかしそれでも俺に謝ろうとしない山下先生にも、彼も彼でプライドがあるのだろう。
 生徒会の顧問として生徒会に相応しくない人間を入れるわけにはいかない。そう考えているに違いない。
 そんな山下先生の意思を汲み取ったのかはわからないが、校長先生はため息を吐きながら新しい言葉を紡ぐ。

「……そもそも本校の生徒会は生徒会長と生徒会副会長のみを選挙で決める方針を採用しています。他薦も可能ではありますが基本的には自薦です。それは生徒のやる気を尊重してのことです。他薦であればやらされた感がありますからね。しかしそのほかの役職に関しては生徒会長と副会長が推薦することが可能となっております。それはこの人とであれば一緒に学校をよりよくできるのではないかと生徒自身に考えさせることや、責任感を持ってもらうためにそういう形を取り入れているんですよ。山下先生は生徒会の顧問に就任されていますが、山下先生に生徒会に入る生徒を決める権限はありません。山下先生が仮に野球部の顧問だったとして、『君は野球のセンスがないから入部はできない』なんて言うんですか? 言いませんよね? 顧問とは指導者であり、あくまでアドバイザーです。まずはご自身の考え方を改めるべきですよ」

 生徒会選挙は時間がかかるため生徒会長と副会長だけ選挙で決めると思っていたのだが、そういった考えがあるとは思っていなかった。
 さらにそのまま山下先生の考えを否定するだけではなく、正しい方向に導こうとするその姿は、やはり校長先生とはすごい人なのだと改めて感じるものでもあった。
 そしてそれと同時に、俺が生徒会に入ることについてほぼほぼ確定事項になってしまった。
 「なんてことしてくれてるんですかっ!」と思わず大声でツッコミを入れたくなったが、そんなことできる勇気はなく。さらにこの状況で生徒会には入りませんなんて言える雰囲気でも無くなってしまったことで、俺の悠々自適な高校生ライフは終了を告げる鐘が鳴り響くこととなった。

「それでは改めて。佐藤くん、生徒会庶務としてこれからよろしくお願いします」

 そういって校長先生は『生徒会』とでかでかと書かれた少し濃い紅色をしている腕章を俺に手渡してきた。
 どうやら俺は今日から生徒会庶務として、生徒会の一員になったらしい。