生徒会長と副会長が付き合っているらしいが、苗字オタクの俺にとって問題はそこじゃない!

 こんなにも寒いはずなのに額に汗が滲む。
 それが冷や汗だと気づくのにそう時間はかからなかった。

「え、あ、その……失礼いたしました」

 一度口にしてしまった言葉を取り消すことはできない。
 となれば自分の失言に対する非礼を詫びるしかない。
 見てはいけないものを見てしまった俺と、見られたくないものを見られてしまった二人の間で沈黙が生まれる。
 その時間は一瞬のようにも思えたし、ありえないほど長くも感じた。
 そんな時間に耐えきれなくなり、咄嗟に「すみませんでした」と大きな声を出して、この場から立ち去ろうとすると、御薬袋先輩の膝の上から立ち上がり、式神先輩が俺の腕をつかんで行く手を阻んだ。

「え、えっと……お、怒ってますよね? ほんとすみません! 失礼でしたよね」

 なぜ火に油を注ぐような発言をさらにしてしまったのだろうかと、俺は瞬間的に後悔をした。怒っている人間に対し「怒っていますよね?」あまりに失礼なことを言ってしまったと思っている。
 すべては俺自身が悪いのだが、あの時夜一の言葉をもっと胸に刻み付けておくべきであったと今更後悔しても遅い。
 録助という自身の名前に恥じないような心優しい人を目指していたのだが、これでは相手の気持ちを汲み取ることすらできないどうしようもない人間になってしまう。
 怒られても何も文句は言えないし、このまま二人に殴られるなどの暴力を振るわれたとしても自業自得だと俺は思うため、甘んじて受け入れようと思う。
 しかし、そんな俺の考えとは裏腹に俺の腕をつかんだ式神先輩の口から発せられた言葉は予想もしていないものだった。

「ごめんね、嫌なもの見せちゃったよね」

 ネクタイを一番上までしっかりと締め、一度も染めたことがないことがすぐにわかるほどの艶やかな髪の毛を靡かせながら、俺よりも身長が高いのにもかかわらず上目遣いで下から俺のことを見上げるように式神先輩はそう言った。
 怒られることを覚悟していた俺はそんな式神先輩の言葉を受け入れることができず、幻聴でも聞こえてしまったのではないかと自分自身の耳を疑う。
 しかしそれは幻聴ではないようで、先ほどまで目を見開き動揺を隠せていない生徒会長である御薬袋先輩もゆっくりであるが立ち上がり、頭を下げながら告げた。

「すまなかった」

 端的に告げられたその一言に俺は後ずさりをしたくなるが、式神先輩に腕をつかまれている以上、その行為を行うことは出来ない。
 というか謝らなければいけないのは俺の方で先輩方二人には謝罪をする必要がないはずだ。それなのにもかかわらず頭を下げる生徒会長と許しを請う生徒会副会長に俺はどうすることもできないでいた。

「え、いや! 頭を上げてください! 俺は先輩方から謝れるようなことはされていませんし、そもそも謝るべきなのは俺の方です!」

 そう言って俺は二人に頭を上げさせることに成功した。
 本当に良かったと心から思っている。
 もしも生徒会長と副会長に頭を下げさせている場面を他の誰かに見られてしまったと考えると、俺は明日からこの加納高等学校でどのような立場になるか。想像しただけでも鳥肌モノだ。
 生徒会長である御薬袋先輩は式神先輩とは対照的に、数回は髪を染めた経験がありそうな傷み具合に加え、ネクタイこそしているものの学校指定のシャツの第二ボタンまで開けておりネクタイもその第二ボタンの位置くらいまで緩めている。
 大変失礼な考えかもしれないが、茶髪で制服を着崩している俺の目の前で先ほどまで頭を下げていた人物が生徒会長であると誰がわかるだろうか。俺は加納高等学校の生徒であり、何度も教壇に上がる彼の姿を見ているため生徒会長であることは知ってはいるが、きっと加納高等学校に縁もゆかりもない人であったなら、彼が生徒会長であると当てることは出来ないだろう。
 そんな御薬袋先輩は頭を上げると、言葉では表しづらい表情で自分の中で言葉を探しながら、俺に問いかけてきた。

「一年生……だよね? 誰かに様子を見てこいって言われたの?」
「え、いや! 誰にも何も言われてないです! ここにはただ単にお昼ご飯を食べに」
「こんな寒い屋上で?」
「いや、まぁ、はい。ブレザーを着ないくらいには、寒いのが好きというか、なんというか」
「そっか。それで……なんだけど、このことは誰にも言わないでもらえないかな?」
「え?」

 俺は咄嗟にそんな言葉で聞き返してしまったが、普通に考えてみれば「誰にも言わないでくれ」と頼むのは当たり前ではないだろうか。
 そしてそれと同時にその言葉は俺が投げかけてしまった質問への回答でもあったわけで、生徒会長である御薬袋先輩と副会長である式神先輩はお付き合いをされており、それを内緒にしてほしいということだ。

「いや、言いませんよ! 秘密にしておいてほしいのであれば言いません。それに俺は誰かの秘密を言いふらしたりするような人間のクズではありませんし、その秘密を脅しに先輩方に何かを要求しようだなんて微塵も思ってませんので!」

 俺は身振り手振りで俺の言葉が本心であることを必死にアピールする。
 そもそもの話、二人に無礼なことをしたのは俺なわけで、先輩方に脅されるようなことはあったとしても、俺が先輩方を脅すなんてありえない。
 そんな俺の必死さが功を奏したのか、御薬袋先輩も式神先輩も徐々に力が抜けていき、式神先輩に関しては掴んでいた俺の腕をゆっくりと離し、そのまま後ろに倒れるようにして尻もちをついた。そんな式神先輩を支えるように御薬袋先輩が後ろから手を添える。

「いいっすね」

 先輩方の触れあい方を見た俺はそう口にしていた。
 男同士だからとか、生徒会長と副会長だろうが、そんなのは一切関係ない。
 お互いのことを心から好きあっているそんな二人を俺は綺麗だと思った。
 それと同時に、今まで誰とも付き合ったこともなければ、誰かを好きになった経験すら無い俺は、そんな二人が羨ましいとすら思っていた。
 俺のそんな何気ない言葉に二人は目を丸くしていた。そして御薬袋先輩は恐る恐る口を開いた。

「いいって……どういう意味で?」
「え、変な意味ではなくてですね……。その、純粋に羨ましいなって思ったんです。お二人はお似合いだと思いますし、秘密の恋って言うんですかね。男同士で両親であったり、友達にも言いづらいことではあると思うんですけど、それでも二人でお互いの気持ちを確かめ合っていて、素敵で、それでいて綺麗だと……そう、思いましてですね」

 本心だ。
 しかし、いざ口にすると恥ずかしいというか、身体のどこかが痒くなるような感覚に陥る。
 そんな俺の言葉を聞いた御薬袋先輩は顎に手を置き、何やら考えているようであった。

「まずは、その、ありがとう。俺と(ごう)のことを秘密にしてくれること。つかぬことを聞くが、君は……えっと」
「あ、佐藤です。一年二組の佐藤禄助」
「あぁ、佐藤くん」
「あ、すみません。あんまり苗字は気に入っていなくて。出来れば名前で呼んでくれると」
「そ、そうか。じゃあ禄助くん。俺たちが羨ましいっていうのは、もしかして禄助くんもそういうこと、なんだろうか?」

 ……どういうことなんだろうか?
 ぶっちゃけ御薬袋先輩が何を聞きたいのかがわからない。
 確かに羨ましいとは言ったが、それは先ほど御薬袋先輩と式神先輩に説明した通り、同性同士という誰にでも相談できるようなことではない恋愛を諦めることなく、お互いを思う気持ちだけで行動に移しているその姿や気持ちが羨ましいと言ったのだ。
 それのどこに「もしかして禄助くんもそういうこと、なんだろうか?」という疑問につながるのかがわからない。
 しかし「どういうことですか?」と聞き返せる空気感ではない。
 なぜなら御薬袋先輩と式神先輩がなぜかソワソワしているからだ。

「えっと、そ、そうなんですよ……」

 何のことかはわからないが、俺は右手で後頭部を掻きながら咄嗟にそんな言葉を口にする。
 それを聞いた二人は目を輝かせながら、俺に近づき無駄なボディータッチを繰り返しながら嬉しそうに話し始めた。

「やっぱり? そうかなって思ったんだよ」
「だから僕たちが付き合ってるって知っても、変な反応をしなかったんだよね」
「え、っと……」
「もしかして好きな人でもいるの?」
「え、いや、俺、人を好きになったことなくて……」
「マジで? めっちゃピュアじゃん!」
「なら僕たちが教えてあげないとじゃない? (あきら)?」
「そうかもね。あ、禄助くんはご飯の途中だよね? 良かったら食べながら一緒に話さない?」

 どうしてこうなってしまったのだろうかと、過去や未来の自分に聞いても答えなんて返ってくることはないだろう。
 なぜなら今の俺がその答えをわかっていないのだから、どの時代の自分に聞いてもわかるわけがない。
 御薬袋先輩と式神先輩からのお誘いを断るわけにもいかず、俺は今三角形のような形を取りながら二人と食事を共にしている。
 俺はコンビニの廃棄品としてもらった総菜パン。御薬袋先輩はご両親が作ってくれたであろう色鮮やかなお弁当。式神先輩もおそらくご両親が作ってくれたであろうお弁当なのだが、重箱かと、思わずツッコミを入れたくなるほどの大きなお弁当箱であった。
 御薬袋先輩の色鮮やかなお弁当はいい光沢のある杉のわっぱで、中身は白ご飯に塩ゴマがかけられているものが半分を占め、もう半分に茶色よりも黄色味が強い綺麗に焼けている卵焼きに、バラつかないように爪楊枝の刺さっているアスパラガスのベーコン巻きが三本。ケチャップがちょこんと乗っているミニハンバーグが二つに、色どり要員としてかブロッコリーとミニトマトが丁寧に配置されていた。
 一方の式神先輩のお弁当は三段で構成されており、一段目は俵型のおむすびで埋め尽くされており、ノーマルタイプのおむすびだけではなく、わかめご飯、鮭フレーク、塩ゴマの四つのおむすびが敷き詰められており、二段目と三段目は仕切りが付いており四分割されているタイプで、それぞれハンバーグ、レンコンとジャガイモの煮物、ミートボール、からあげ、卵焼き、鯖の竜田揚げ、ハムとミニトマトの串刺し、シャインマスカットで構成されており、到底一人では食べきれない量であることは誰が見ても明らかな量であった。
 俺はそんな式神先輩のお弁当を見て、信じられないものでも見るかのような目を向けていると、御薬袋先輩が俺の背中を叩きながら大きな声をあげて笑ってきた。

「はははははっ! すごいだろ? 業はこれを一人で食べきるんだぜ?」
「え、この量を一人で食べるんですか?」
「この体のどこに入るんだよって思うよな」

 御薬袋先輩はおそらく一七八センチくらいの身長だ。一八〇センチではないだろうという俺の予想からの数値だ。一方の式神先輩は御薬袋先輩より細身で身長は一七〇センチ程度だろう。俺よりも少し小さいくらいだ。
 確かに御薬袋先輩の言う通り、この体のどこにこのお弁当が入るスペースがあるだろうかと疑問を抱いてしまう。
 そんな俺の疑問は視線に顕著に表れていたようで、式神先輩のお弁当と体を行き来していた。
 それに気づいた式神先輩は「あげないからね」と一言。

「いや、要りませんし、取りませんよ! 本当にその量を食べきれるのか疑問に思っただけです」
「食べなきゃ、体がもたないからね」
「そうだぞ! 業は俺といっぱいやることあるんだから」
「あ、彰! いくら彼がそうであっても後輩の前でそんな……」
「え、あ、生徒会も大変なんですね。書類仕事とか放課後にされてるんですか?」

 俺も高校一年生だ。性に対するある程度の知識はある。
 そのため二人がどういう意味で『やることがある』と言っているかは容易に想像付くのだが、恥ずかしがる式神先輩とそれを面白そうににやりと微笑みながら見ている御薬袋先輩を見て、この二人は俺を使ってイチャついてるなと感じ、すぐに線路変更のレバーを力いっぱいに引いた。

「そ、そうなんだよ! 生徒会も大変でね」
「はははははっ! 業マジか! 禄助くんはわかってて話を逸らしたんだよ」
「え、ちょ! わかってるなら言わないでくださいよ……」

 大きな声をあげて笑う御薬袋先輩を俺は出来る限り敵意の感じない範囲で睨みつける。
 式神先輩はというと、顔を真っ赤にしながら黙々とご飯を胃袋に押し込んでいるようだ。
 ひとしきり笑い終わった後、御薬袋先輩はアスパラガスのベーコン巻きを一口で食べると、それについていた爪楊枝を咥えながら俺に語りかけた。

「禄助くんはいつから興味があるの?」

 ……興味ってなんだ?
 その問いかけを聞いた俺が一番最初に思った感想がこれだ。
 俺が興味あることと言えば苗字一択だ。そもそも御薬袋先輩と式神先輩に興味を持ったのだって、お二人がお付き合いされているという噂を聞き、仮にお二人が結婚した場合どちらの苗字を取るのかが気になったからだ。
 そう考えると「昨日です!」と回答するのが正解なのだろうか。
 しかし苗字に興味を持ったのは小学生のときだ。それなばら……

「しょ、小学生の高学年のときから……ですかね」
「小学生のときから! おお、それはそれは。じゃあ結構一人で抱え込んできた感じ?」
「いえ、そんなことはなくてですね。家族も周りの友達も知っています。最近では親友に呆れられてもいますかね」
「え、カミングアウトしてるの? すごいなぁ……。ていうか呆れられてるって結構遊んでるってこと?」
「遊んでるかわかりませんが、結構調べたり、自分で勉強したりはしてますかね」
「そうなんだ。じゃあまだ経験は無いんだね」

 なんだろう。
 なんとなくだが、話が嚙み合っていないような気がする。
 そもそも苗字に遊ぶであったり、経験という単語がどのように結びつくのだろうか。
 いくら考えてもその答えにたどり着けない。その前に俺は補習を受けるほどには勉強が得意ではない。全く持って自慢にはならないが、そんな俺がいくら考えたところで、明らかに頭がいいであろう生徒会長と副会長の問いかけに的確に回答できるわけがない。
 それにもしかしたら俺が知らないだけで、苗字という単語には「遊ぶ」や「経験」といった言葉を結びつけることができるのかもしれない。
 世の中には知らないことがいっぱいあるものだ。

「すみません、経験とかはよくわからないです。俺そんなに頭良くなくて、すみません」
「いやいや何も謝ることじゃないよ。これからたくさん経験すればいいんだしね」
「そうだよ。禄助くんはまだ一年生なんだよね? 俺たちも別に経験したのは最近だしね」
「あ、さっきまで恥ずかしがってたのに業からそういうこと言っちゃうんだ」
「彰が一方的に喋ってるだけだったから、後輩君を助けてあげたんです!」
「はいはい。そういうことにしておいてあげますよ。俺のお姫様」
「やめろ! 後輩君の前だぞ!」
「いいじゃんね! 禄助くんもそう思うでしょ?」

 二人の空間で話が進み始めたと思ったら、御薬袋先輩は急に俺に舵を切ってきた。
 俺は咄嗟に「はい、大丈夫です」なんて答えてしまう。
 それに対し「いやダメでしょ!」と式神先輩は冷静にツッコミを入れるも、その表情は冷静には見えず、頬が赤くなっていることだけがわかる。

「まぁまぁ。ところで禄助くん。つかぬことを聞くようだが、部活には入っているかい?」
「俺ですか? 別に入ってないです。バイトしてるんで」
「なるほど、バイトは毎日?」
「いえ、週に二、三回くらいです。お金も友達と遊ぶためにしか使わないので、そいつと遊べるくらい稼げればいいかなって感じです。あれですよ、二年の笹原先輩と同じコンビニでバイトしてます」
「あぁ彼か! シフトは被ったりするの?」

 俺はニコニコしながらどんどん聞いてくる御薬袋先輩に若干の恐怖を覚え始めていた。
 そんな御薬袋先輩を見て、式神先輩は頭を抱え始めた。
 もしかしたら、御薬袋先輩は誰彼構わず質問攻めにする傾向にあるのかもしれない。

「コンビニは基本二名体制なんですけど、高校生だけにコンビニを任せるのは危ないって判断しているようで、笹原先輩とはシフト被ったことないんです」
「そうなんだね。じゃあバイトが無い日は何をしているの?」
「そうですね……。特にこれと言って何かをしているわけじゃないです。本を読んだりすることもあれば、ずっとスマホと睨めっこしている日もありますね」
「じゃあ、時間はあるわけだ」
「まぁ……言ってしまえばそうですね」

 俺はこの時なぜ否定をしなかったのだろうか。
 暇であると言ってしまえば、何かを依頼されることは目に見えてわかることだろうに。
 俺はやはり、学年でも一、二を争う成績の悪さなのだとこの時痛感した。
 御薬袋先輩はニヒルな笑みを浮かべながら、新しい爆弾を投下した。

「生徒会に入らない?」
「……………………はい?」