生徒会長と副会長が付き合っているらしいが、苗字オタクの俺にとって問題はそこじゃない!

 俺が苗字に興味を持つようになったのは小学生のときに、自分の名前の由来を調べようという授業があったときからだ。
 それまでは自分の名前について特になんとも思っていなかったが、多くの生徒が両親や親族、有名人や両親が尊敬している人物から名前の一文字とって名づけられたと発表しているのに対し、自身の『禄助』という名前には意味が込められているのを知って嬉しくなったのだ。
 『禄』には神様からの恵みであったり幸運という意味があるらしく、『助』にはそのままの意味で、助けるの他に力を貸すや救うという意味が込められているらしい。
 つまるところ、優しい子に育ってほしいという願いを込めてこの名前にしたそうだ。
 個人的には自分の名前を大変気に入っているのだが、当時のクラスメイトは自分に与えられた親からの最初のプレゼントを気に入っていない者も多いようで、「もっとかっこいい名前が良かった!」「可愛さが足りない!」「古臭くて嫌!」などと言いたい放題であった。
 そんなに言わなくてもいいだろ、と俺は口には出しはしないもののそんな考えをしていると、当時の担任の先生が俺の心を読んだかのように、自身の嫌がる生徒に対して少しだけ口調を荒げながら説明していたのを覚えている。

「ご両親が付けてくれた立派な名前を悪く言うのは許しません。これからの一生と共に歩む自分を表すモノです。大事にしなさい」

 先生のその『自分を表すモノ』という言葉に俺はひどく感動したのを覚えている。
 名前負けしている、という言葉を耳にすることがあるが、俺は先生のその言葉を聞いて名前を体現するような人になろうとこのときに誓った。
 そんな俺の心には刺さった言葉であったが、刺さらなかった生徒もいるようで、やっぱりもっと別のものがよかったと口を滑らせる者は後を絶たなかった。

「名前は変えられないかもしれないけど、大人になれば苗字を変えることはできるかもね」

 先生のそんな何気ない一言はクラスのガヤガヤ音をさらに大きくさせるものとなった。
 その発言は俺にとっても驚愕で、今までずっと苗字とは切っても切り離せない関係だとばかり思っていたからだ。

「結婚すれば苗字を変えることができるのよ。男の子の場合は婿入りすれば女性側の苗字に、女の子の場合は嫁入りすれば男性側の苗字になることができるの」

 雷にでも打たれたかのような衝撃が走った。
 苗字を変えることができるということは、自身の苗字である『佐藤』の姓とおさらばできるということだ。
 俺個人としては、自分の名前は好きなのだが、苗字はさほど好きではない。
 理由は単純明解で、佐藤という苗字の人間がこの世界に多すぎるからだ。
 苗字の多さランキング堂々の一位である佐藤の姓は本当に多く、どんな確率なのかはわからないが当時のクラスメイトに俺含めて五人の佐藤がおり、当時小学生だった俺は人と何かが被るということがあまり好ましく思っていなかったため、佐藤以外の苗字だけではなく、クラスメイトの誰とも被らない苗字に憧れを抱いていた。
 だからか、苗字を変えることができるという事実に俺はひどく感動したのだ。
 俺はこの日を境に、今まで以上に苗字というものに興味を抱くようになり、今では夜一に苗字オタクと呼ばれるようになるまで成長を成し遂げた。


▽▽


「夜一は御薬袋先輩と式神先輩が何組なのか知ってるか?」

 昼休みとなり、いつものように渡り廊下の隅に設置されている自動販売機で紙パックの牛乳を購入している最中の夜一に俺はそう声を掛けた。

「……もしかして教室に乗り込もうとしてる?」

 夜一は購入したばかりの牛乳パックを自動販売機から取り出すためにしゃがみ、受け取り口に手を突っ込んでいたのだが、俺の言葉を聞いた夜一は体勢はそのままに怪訝そうな表情を浮かべながらこちらに顔だけを向けた。
 俺は「さすがにそんなことはしないさ」と身の潔白を証明するかのように、両手を突き出し手を振ると同時に首も横に振る。

「同じ組に知り合いの先輩が居たらさ、事前に情報聞けるかなって」
「禄助って先輩に知り合いいんの?」
「バイト先に一人な。でもそんなに話すわけでもないから正直声かけづらい」
「なら無意味じゃん」

 俺はコンビニエンスストアでアルバイトをしている。
 お金が一番欲しいと感じるであろう高校生時代におそらく最低賃金の場所が多いコンビニエンスストアでアルバイトをしている理由は大きく二つある。
 一つ目は高校生のアルバイトは働ける場所が限られているからだ。
 俺にもう少し学力があれば中学生や小学生相手の家庭教師が出来たかもしれないが、テストの度に補習を受けるほどの学力しかない俺はそんな高度なアルバイトに就けるわけもなく、年中アルバイト募集のチラシを貼っているコンビニエンスストアであれば俺でもできるのではないかという半端な気持ちで面接に、そのままこのコンビニエンスストアで働いている。
 ちなみにコンビニエンスストアでのアルバイトは自分が思っていた以上にやることが多く、接客やレジ対応だけではなく、店内の掃除や品出しに補充。在庫管理など覚えることがたくさんあり、アルバイト初日で何度飛ぼうと思ったことか。
 ほかにもコピー機やチケットの購入。荷物の集荷の手配など、アルバイトを始めて半年が経過した今でもわからないことや、マニュアルを見ながらでも対応に悩む業務は多い。
 ただ商品の発注や売上管理といった業務は高校生アルバイターには任されることはなく、長年勤務されている主婦の皆さんや夜間のアルバイトを担当しているフリーターさんが担当しているため、これでも覚えることは少ないのかもしれない。
 個人的にはプールの監視員や夏祭りの屋台など、少し変わったアルバイトも経験したいのだが、そういったものは夏だけの短期アルバイトであったりで、普段は部活に勤しんでいる生徒が長期休暇である夏休みを利用して少しでも稼ぎたいという者で争奪戦のごとく戦いを行い、勝ち上がった人だけが就くことができる仕事のため、俺は諦めることにした。
 だからといってコンビニエンスストアでのアルバイトが嫌なわけではない。
 本来はNG行為なのだろうけれど、廃棄品のお弁当などをもらえることがあるため、食欲旺盛な高校生の俺にとっては嬉しい臨時ボーナスになっている。
 二つ目の理由は、シフトにかなり融通が利くからである。
 俺がアルバイトをしている理由は親友である夜一と遊ぶ金欲しさである。そのため月に一、二万円ほど稼げれば俺としては大変満足しているのだが、年中人手不足なところもあるコンビニエンスストアでは店長から「この日、入ってもらえないかな?」と相談を受けることがあると聞く。
 だが、ありがたいことに俺は今までそのような相談を持ちかけられたことはない。その理由は主婦の皆さんやフリーターの皆さんが率先してシフトに入ってくれているからである。店長からも「高校生ならもっと遊びなさい!」と言われており、俺が入るシフトは大抵他のスタッフさんの都合が付かない日が多い。そのため土日や祝日にシフトが入ることはほとんどなく、入ったとしても三、四時間といった短めである。
 またテスト期間などはバイトのシフトがズラされていたりと、かなり良くしてもらっている自覚はある。とはいっても毎回補習を受ける羽目になっているので、シフトをずらしてもらっている恩恵を感じるタイミングは今のところ発生していない。
 そんな俺のアルバイト先であるが、俺と同じ加納高等学校からもう一人アルバイトをしている生徒がいる。二年一組の笹原先輩なのだが、基本二人体制で回しているコンビニアルバイトで、高校生だけという組み合わせはさすがにまずいんじゃないかという店長と主婦さんからの助言により、俺と笹原先輩が同じ時間のシフトに入ることはない。
 交代のタイミングでお互いに顔を合わせることはあっても、何か話したことがあるかと問われれば、自己紹介をしただけでお互いのことは同じ学校の先輩後輩であるという認識以外には無い。

「じゃあやっぱり、直接二年の教室に行くしかなくない?」
「それだけはマジでやめとけ」

 自動販売機から紙パックの牛乳を取り出し、立ち上がりながら夜一は俺にそう釘を刺すように言い放った。

「もし仮に生徒会長と副会長が付き合っているという噂が本当だったとして、いきなり教室にきて『結婚したらどっちの苗字にするんですか?』とかあまりにも失礼すぎるだろ。それが同性同士であっても、異性同士であっても失礼であることには変わらない」

 ドが付くほどの正論である。
 俺は口を尖らせながらも、夜一の言っていることが正しいため「うん、ごめん」と素直に謝る。
 しかし気になるものは気になる。
 御薬袋先輩と式神先輩。俺は今初めて苗字以外のモノに興味を持っている。
 こんなのは今までにない感情であり、自分でもその衝動を押さえることが出来ない。
 そんな俺に何かを察したのだろう。夜一は紙パックの牛乳にストローを刺し、何度か喉を鳴らした後に呟くように俺に語りかけた。

「順番ってものがあるでしょ。まずは生徒会長と副会長が付き合ってるっていうのはあくまで噂なんだから、それが本当かどうかを先に確認するのがセオリーじゃない? それも本人たちに聞いたらダメだよ。例えば恋人らしいことをしている場面を見るとかさ」
「なるほど」

 俺は顎に手を置き、夜一の言葉を頭の中で復唱する。
 ジャストアイデアではあるが、一つ思いついたことを俺はそのまま口にした。

「尾行するわ」
「……ストーカーになるってことか? 犯罪ですよ」
「いや、ストーカーではない! 断じてない! あくまで尾行です。二人がお付き合いを本当にされているかどうかを調査するのが目的です!」
「バレたら怒られるどころの問題じゃないぞ?」

 今日の夜一は正論しか言わないのだろうか。
 ジャストアイデアで口にしただけであったが、その行為自体が良くないことなどは自分でもわかっている。
 俺は頬を膨らませながら「早く、屋上行こうぜ」と話題を切り替えた。
 昼休みであるが、まだ昼食を食べていない。それもすべて夜一が飲み物を買いたいと言ったため、わざわざ屋上から一番遠い渡り廊下前にある自動販売機にまで足を運んだのだ。
 そもそも昼食に合わせて飲むために買った牛乳を、買った瞬間から飲む意味がわからない。
 それであれば食べ終わってからでも変わらなかったのではないかと思ってしまう。

「マジで屋上で食べるわけ? もう冬ですよ?」
「だからいいんじゃん! 寒くて誰も居ないだろ? それに冷たい空気は美味しい気がするし」
「……冷たい空気を美味しいって感じるのはわかる気がする」
「だろ? 早く屋上行こうぜ」

 春や秋の季節には屋上は多くの生徒でごった返している。
 屋上で昼食を食べるというのは、高校生活を送るうえで必ず通りたい道の一つであると考える生徒が過半数を占めているからだ。
 しかし夏と冬の季節ではほとんどの生徒が教室や売店の近くにあるベンチで昼食を摂ることが多い。それは夏はあの日差しの中で食べる気力は残されていないし、日光に当たっていなくとも汗を掻いてしまうほどの暑さにも関わらず、影の一つもない屋上で食べようと思う生徒は居ないし、冬もそのあまりの寒さから、人の集まっている教室でぬくぬく過ごす生徒が大半だ。
 そのため夏場と冬場の屋上昼食は穴場であると言えるだろう。
 だが、さすがに夏場の屋上昼食は俺も嫌なので、冬場にこうして屋上で昼食を摂ることにしている。ところが夜一は屋上で食べることはそんなに良いものではないと思っているようで、あのストールにもなるマフラーを首に何重にも巻きつけ、俺に合わせて仕方なく付いてきている。
 俺はというとブレザーを着ることなく腕まくりしているが、正直この恰好で屋上に行くのは自分でも頭がおかしいのではないかと思ってしまう。

「せめてブレザー着るとかしろよ」
「まぁそうなんだけどさ……肩周りっていうの? 動かしづらくなるから嫌なんだよな」
「食べるだけなんだから肩周りとか関係なくね?」

 やはり今日の夜一は正論しか言わないようだ。
 その後もたわいもない話をしながら屋上へ向かう。
 夜一もここまで付いてきたということは屋上で昼食を食べることに承諾をしてくれたのだろう。
 俺と夜一は親友であるが、いつも一緒に行動をしているわけではない。高校では一応それぞれ別のグループに所属をしている。俺は腕まくりしているからか、やんちゃ系のグループに所属していると思われがちだが、実際はそんなことはなく所謂一軍とそれ以外のグループの間を行き来するようなタイプの人間だ。
 加納高等学校の一年二組の一軍は運動部に所属している生徒で多く構成されており、部活をしていない俺が直接その輪に入ることは無い。しかし体育の授業では運動部員と変わらない運動神経を発揮できることから一軍のメンバーに声を掛けられることがある。
 しかしそれ以外では基本的に同じ中学のメンバーで集まっていることが多い。
 夜一はというと、中学の頃から塾に通っており勉強のできる彼は成績優秀者が集まるグループに属している。それも一緒の塾に通っているメンバーが大半を占めており、昼休みであっても塾で出されているであろう宿題を広げて、お互いに採点しあったり、教えあったりしている光景をよく目にしている。
 そんな俺と夜一は定期的に二人で昼食を共にしており、今日がその日だったというわけだ。

「おっも!」

 俺は屋上へ通じる唯一の階段の一番上にあるドアをゆっくりと開ける。
 ドアノブは冷え切っており、まるで氷でも掴んでいるかのような冷たさだ。そして扉は外の風が強いのか腕の筋肉だけでは開けることは叶わず、肩を押し当てタックルでもするかのような体勢で力いっぱいにドアをこじ開ける。
 開いたドアから一気に吹き込む強い風は髪の毛を靡かせるだけではなく、手に持っていたビニール袋をひどく揺らし、ネクタイは解けてしまうんじゃないかと思うほど風に引っ張られてしまった。

「いや無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理! 寒すぎるって」
「えぇ、この寒さがいいんじゃん」
「いや凍え死ぬわ!」
「えー……」
「んー、今日は別で食べよ。俺は教室で食べるわ」
「マジかぁ……。まぁ無理強いはせんよ」
「すまんな」
「いや全然!」

 夜一はそのあまりの寒さに耐えきれず踵を返す。
 階段を降りていく彼は右手を軽く上げ「じゃあね」の合図を俺に送る。
 俺はそれを見送って、一人で屋上へと足を踏み入れる。

「まぁこの広い屋上を独り占めできる機会なんてそうそうあるもんじゃないしな。こういう日もあっていいかも」

 そんなことを呟きながら、ドアの真横に腰を下ろしアルバイト先でもらった廃棄となった総菜パンをビニール袋から取り出すと、口を大きく開けて食べ始める。
 風が強いため、持っている総菜パンが飛ばされないようにしっかりと掴みながら何度か咀嚼を繰り返しながら天を仰ぐ。

「――って」
「――ぶだよ、気づかな――」
「そういうも――ゃない」

 どこからか声が聞こえるような気がする。
 声が風に運ばれてきているだけとは思えないほど近くで聞こえるその声は、俺の左側から聞こえてくるようであった。
 おそらく俺以外の誰かが屋上に居るのだろう。
 この広い屋上を独り占めしているのではないかと踏んでいたが、そうではなかったようだ。
 少し残念な気持ちになり、はぁと誰にも聞こえない声量でため息をつく。
 こういう時にはご飯を食べるに限る。手に持っていた総菜パンを一気に口の中に押し込むと、次のパンをビニール袋から取り出そうとしたタイミングで、食べ終えたばかりの総菜パンの袋が風で飛ばされてしまった。

「やべ!」

 そう咄嗟に口に出た言葉と同時に俺はその袋を追いかけるために立ち上がり、袋を取りに行く。

「え?」
「あっ……」

 先ほどまでは声しか聞こえていなかったが、袋を取りに行くとそんな声の正体と対面することとなった。
 先ほど俺が居た塔屋の反対側にいたのは、生徒会長の御薬袋先輩と副会長の式神先輩であり、胡坐を掻いている御薬袋先輩の膝の上に式神先輩が体育座りで座っている。そんな式神先輩を後ろから抱きかかえるように御薬袋先輩が手を式神先輩に廻していた。

「え、えっと……御薬袋先輩と式神先輩はお付き合いされているんですか?」

 二人を見た俺の口から出た言葉は、先ほど親友に釘を刺されたばかりの失礼なセリフであった。