日曜日で晴天。
遊園地に行くにはピッタリの日だろう。
遊園地のチケットを受け取った俺たちで話し合った結果、夜一は土曜日に塾があり、生徒会メンバー側も学校側のイザコザで活動ができなかった分を土曜日で埋めようと言うこととなり、次の日曜日に遊園地に行くことになったのだ。
俺は先日笠原先輩の選んでくれたオーバーサイズのホワイトパーカーに、白のラインが入っているタイプの黒のジョガーパンツに身を包んで行くことにした。
一応ホワイトパーカーの上からは黒のマウンテンパーカーを羽織り、温かい恰好をすることにした。
別にそんなに着こむほど寒くはないと思うのだが、この天気では遊園地は混んでいるだろう。そうなればアトラクションの待ち時間もそれなりにあると考え、多少の防寒は自分でしようと思った次第だ。
「おはよう、禄助! 早いね!」
「うん、おはよー夜一。正直夜一とのデートが楽しみで早く来た」
嘘ではない。
俺は夜一には嘘は吐かないため、思っていることを正直に口にする。
その言葉に夜一は耳先を赤く染めた。
寒さもあるのだろうが、きっと嬉しいに違いない。
小さな声で「俺もだよ」と聞こえたような気がした。
「それにしても珍しいね。なんかモコモコしてる」
「あー、一応アトラクションの待ち時間に寒いと嫌だなって思って分厚めにしてきた」
「そういうこと? いいじゃん。可愛いよ」
「か、か、かわいい?」
突然の可愛い発言に俺は動揺してしまう。
しかし今思えば、同性同士でも「その服良いじゃん! かわいいよ! 似合ってる」なんていうのは普通だ。何もおかしいことはない。
だが俺は今、夜一をお付き合いをしているのだ。
今まで気にしていなかった言葉も、下心があるのではないかと疑ってしまう。
いや、下心があってもいいのではないでしょうか? 俺と夜一は付き合っているわけで、今や加納高等学校の生徒全員が知るほどのカップルだ。付き合う前までは思ったこともなかった感情が俺の脳内を支配する。
「なーい意識してんだよスケベ!」
「え? は? ちげーし!」
「はははっ、わかりやすすぎだって! それにしてもそんな服持ってたの?」
「あー、これはこの前笠原先輩と買い物行ったときに…………って、なんつー表情してんだよ」
「…………いや、デートなのに別の男の名前出されたから。てか服を見に行ったとは言ってたけど、選んでもらったってこと?」
何やら急に不機嫌になる夜一に俺は、先ほどまで可愛いって言ってくれてたのに急に人格変えんなよ、と内心思いながらも夜一からの質問に答える。
「そ、そうだけど……」
「……今度俺と服見に行こ。次は俺が選ぶから! 禄助は俺の服選んで!」
「え、あ、うん。いいけど…………」
これはもしかして俗に言う嫉妬と呼ばれるものではないだろうか?
俺は今まで誰ともお付き合いをした経験が無いため、嫉妬とは無縁の生活を送ってきた。そのため夜一が急に不機嫌になった原因が俺の服を笠原先輩が選んだことによる嫉妬だとしたら本当に嬉しい。
これって本人に直接聞いてもいいものなのだろうか?
もしこれがNG行動だとしたら、夜一の不機嫌は不快に変わるかもしれないから、それは避けなければならない。
しかし、気になるものは気になる。
「ごめん、嬉しいから聞くんだけどさ…………、夜一が不機嫌なのって笠原先輩に嫉妬してるから?」
「…………言わせんなばーか!」
嫌がってる表情ではない。
恥ずかしつつも、どこか嬉しそうなそんな表情を夜一は見せた。
「あのー、イチャついてるところ申し訳ないけど、俺たちも揃ったから遊園地に行こうか」
突如俺と夜一の間に割って入ってきたかと思えば、そんな言葉を申し訳なさそうに呟くのは御薬袋先輩であった。
右手で空気を切るように何度も上下させて、左目だけ目をつむり、口元はどこか微笑みを隠せないでいる。
きっと結構前から俺たちの会話を聞いていたのだろう。
正直言って恥ずかしいし、聞かれていた会話を忘れさせるくらいには顎に拳をヒットさせて一時的にでも意識を失わせたいとは一瞬思ってしまったが、そんなことはできないため、握りしめた拳をゆっくりと開いた。
▽▽
俺の予想は正しかったようで、今日は遊園地に行くにはピッタリの日だったらしい。
午前中にも関わらず、遊園地はすでに多くの人で賑わっていた。
俺たちは事前にチケットを貰っていたということもあり、入園はスムーズにいった。
一応事前の話し合いで、どんなアトラクションに乗るだとか、昼食はどうするかという話し合いを行っており、入園直後に腹ごしらえを行い、その後グッズコーナーへ行き身に着けるタイプのグッズを購入。その後購入したばかりのグッズを身に着けて様々なアトラクションに乗ろうという話になった。
そのためまずは食事ができる場所に行く。
遊園地の食べ物は結構割高なため、できるだけ安く、それでいて量のあるレストランを事前に式神先輩が調べてくれていたらしく、そこに行くことになった。
思い返せば式神先輩はその体のどこに入っているのかと疑いを持ってしまうほどの大食いであり、後輩の財布事情を考えてくれてのことだと思っていたが、もしかしたら自分がより多くの食事を摂りたかっただための行動だったのかもしれない。
ふと御薬袋先輩の表情を見ると、急いでレストランに向かおうとしている式神先輩を眺める瞳はどこかはしゃいでいる子どもを見ているかのようであり、きっとそんな姿を見られて楽しいのだと感じた。
要するに、式神先輩は自分の食事のためにレストランを選定したということだ。
これには俺も、それに気づいた夜一も笑わずにはいられなかった。
レストランは事前に予約をしてくれていたようで、難なく座ることができた。
デートとはこういった事前準備が大事なのだと、勉強になるなと頷きながら俺は夜一とメニュー表を眺める。反対に御薬袋先輩は式神先輩とメニュー表を半分こしながら眺め合っている。
俺はこの遊園地独自のハンバーガーセットで、フライドポテトにコーラ。デザートにチョコチュロス。
夜一はカルボナーラとスープのセットで、飲み物は水で、デザートにプレーンのチュロス。
御薬袋先輩はオムライスとスープのセットで飲み物は期間限定のホットココア、デザートにホットココアに入れる用のマシュマロ。
そして式神先輩はというと、まずはアニメとコラボ中のメニューであるハヤシライスとコーンスープにサラダのセット。それにプラスしてターキーレッグを二本にナゲットとサンドイッチ。飲み物はホットレモネード。デザートにプレーンとチョコのチュロスを二本ずつに、チーズタルトを一切れ。それでも足りないと感じたのかフライドポテト大盛りに加え、移動しながら食べる用にとポップコーンを塩バター味とキャラメルココーン味の二種類を注文していた。
レストランで案内されたテーブルの九割以上を式神先輩が注文した商品で埋め尽くされてしまった。
その光景に俺と夜一は顔を引きつらせながらも、御薬袋先輩はいっぱい食べる式神先輩が本当に好きなのか、目尻を下げて本当に嬉しそうな表情をしながら口いっぱいに食べ物を詰め込む式神先輩を眺めていた。
今日の開口一番にイチャついてるところ申し訳ない、と言ってきた人物が一番イチャついてるじゃねーか、と思わずツッコミを入れたくなるが、そんな二人が微笑ましくて俺は夜一と目配せを行い、二人で笑いあった。きっと夜一も同じことを思っていたに違いない。
▽▽
食べ終えた俺たちはグッズコーナーへと足を運んだ、
そこではカップルらしくと言うべきか、お互いにグッズを選び合うことにした。
勉強熱心で真面目な夜一にはどんなカチューシャが似合うかを考えていたところ、目に飛び込んできたのは店内に貼られていたタイプ別診断表であった。
なんでもどのカチューシャにするか悩んだ際の救済措置の様なものらしく、性格や見た目、持ち物や普段の行動からどのようなタイプなのかを判断し、そのタイプにあったカチューシャを紹介してくれるものらしい。
正直俺にはセンスがないと自分でもわかっていたため、ありがたくこのタイプ別診断表を活用させてもらうことにした。
「えっと、まずは…………性別ね。夜一は男だからこっちに行って……次は性格かー。男らしいかノリがいいか物静かか冷静か……どちらかと言えば男らしいけど、ノリもいいし……あ、まぁ冷静かな? えっと次は持ち物? 持ち物としてどれが似合うでしょうってことね。扇子に番傘、巾着に数珠ぅ? 全部和モノじゃねえかよ……! 正直全部似合うけど……巾着と数珠はなんか違う気がする。扇子もかっこいいけど、番傘の方がなんとなく似合う気がするなー。雨降った時俺入れてくれそう。んで次が最後ね。普段の行動かー。えーっと、人命救助優先タイプ、ファーストペンギンタイプ、自己犠牲タイプ、王様タイプ、リーダータイプ、友情優先タイプ…………。ファーストペンギンってなんだ?」
「ファーストペンギンって言うのは、リスクがあるから誰もやりたがらないことを最初にやる人のことだよ」
真剣にタイプ別診断表をたどっていたため一切気づかなかったが、俺の真横には式神先輩がいて、俺の何気ない質問にパッと答えてくれたのだ。
「わ! 気づかずすみません」
「全然大丈夫。僕もこの表使ってたし。それにしても思ってること全部口に出るんだね」
「え、あ、うるさかったですよね! すみません……」
「あぁ全然だよ! ごめんごめん。そういう意味じゃないんだ。素直でいい子だねって意味だよ。きっとあの子も禄助くんのそういうところが好きになったんだろうね」
式神先輩は夜一が俺のどこが好きになったのかという話の場には居なかったはずのため理由は知らないはずだが、見事に命中している。
他の人が見て気づくほどなのだから、もしかして夜一からの想いに気づいていなかったのは俺だけなのかもしれない。
そう考えると恥ずかしい。
「きょ、恐縮です……」
「いーえー。それで? どのタイプか決まった?」
「そうですね……友情優先っぽくもありますけど、ファーストペンギンの意味を聞いて、それも当てはまるなーって感じですね。そういう式神先輩は御薬袋先輩のタイプ決めたんですか?」
「まー、彰は人命救助優先タイプかな。自己犠牲とかリーダーも近いけど、困ってるやつを放っておけないって意味だと人命救助優先タイプが合ってる気がする」
「あー、なんとなくわかる気がします。そう考えると夜一はやっぱファーストペンギンですかね。そうなるとカチューシャは…………オオカミの耳?」
「こっちは……ゾウの耳だってさ。まぁ大きくて似合ってるか」
「じゃあレジ並びましょうか」
会計を済ませた俺と式神先輩はまだ真剣にグッズを選んでいる夜一と御薬袋先輩を待つため、店先にあるベンチで座っておくことにした。
夜一があんなにも真剣に考えているのなら俺もタイプ別診断表に頼らずに、夜一に似合いそうなものを選んであげればよかったと若干後悔する。
俺が「あーあ」とため息交じりにそう呟くと、横に座っていた式神先輩にも聞こえていたのか「どうしたの? 楽しくない?」と顔を覗き込むように聞いてきた。
誤解させてしまったと感じた俺は、軽く謝罪を挟みながらも「楽しいですよ」と答える。
しかし式神先輩は俺のコトが気になるようで、語りかけるようにして質問をしてきた。
「楽しいなら良かったよ。……そう言えばなんだけどさ、夜一くんとはどこまで進んだの?」
「……どこまで進んだ?」
俺は質問の意味がわからず、そのまま返してしまう。
「あー、キスとか、それ以上とかってこと」
「キッ! え! えっと、その……」
「わ! 初心な反応だね!」
「す、すみません……今まで誰とも付き合ったこととかなくてですね……」
「何も謝ることはないよ。僕も彰が初めての恋人だからね」
「そ、そうなんですか?」
考えてみれば何も不思議なことではない。
高校生で初めて誰かと付き合うなんてザラではないだろうか。
「式神先輩たちは、どこまで進んだんですか?」
「あ、興味はあるんだ。案外えっちだね」
「えぇ! す、すみません! 俺思ったことすぐに口にしちゃうところがあって」
「知ってるよ。だから謝らなくてもいい。そうだね……彰とは最後まで何回かやったよ」
「さ、最後まで?」
「男同士でもできるんだよ」
「はい……。一応夜一と付き合うにあたって調べ、ました」
「……もしかしてどっちか決めてない?」
式神先輩の言うどっちかというのは、所謂行為に及んだ際にどちらが挿れて、どちらが受け入れるのかという話だろう。
正直考えなかったわけではない。
男同士でも出来ると調べた際に悩んだポイントでもある。
でも結論はでなかった。そもそもこの手の話はちゃんと夜一と話し合って決めるべき内容だと思う。
しかし夜一とは先日付き合い始めたばかりで、その手の話はまだ一度も出ていない。
いや出るわけはないのだ。
夜一はきっとずっと片思いをしていた相手と付き合えただけで満足をしていることだろう。そんな夜一がすぐに行為に及んだ際の話をするはずがない。それに夜一は成績優秀者で真面目を絵に描いたような人物だ。夜一ほどの人物であれば性行為の知識はそれなりにあるだろうが、俺としたいだなんて思っているだろうか……。
「不安?」
「……はい」
「……大丈夫だよ。それに笠原にも言われたんじゃないの? ちゃんと話し合うべきだって」
「な、なんで知ってるんですか!?」
「僕も彰も笠原とは仲がいいからね。それに禄助くんたちと同じ様に僕と彰が付き合うことができたのも笠原くんのおかげなんだよ。彼はキューピットだからね。そんな彼が禄助くんたちのことを気にしていたからね。少し話しを聞いたんだよ」
知らなかった。
笠原先輩の助言のお陰でこうして夜一と付き合うことができたのだが、それは俺だけではなく式神先輩と御薬袋先輩が付き合うことになったのも笠原先輩が関与しているとは思ってもいなかった。
それに追加して笠原先輩が俺たちのことを気にかけてくれていたことは初耳だった。しかもそれを式神先輩に相談していたこともだ。
「長続きするコツは、きちんと話し合いをすることだよ。そしてそれを笠原も僕も知ってる。おや、向こうも買い物が終わったみたいだね」
「……肝に銘じておきます」
俺はそう言って、夜一たちと合流した。
▽▽
夜一が俺に選んだカチューシャは猫耳であった。
しかもちょっとだけ垂れ下がっているのが可愛らしい。
タグを見たところ、スコティッシュフォールドと書かれておりスマホで調べたところ、カチューシャのまんまの耳を持つ猫の画像が大量に表示された。
なぜ夜一は俺に猫耳のカチューシャを選んだのだろうと不思議に思っていると、夜一の後ろで御薬袋先輩と式神先輩が笑いこらえていたが、耐えきれずに大声で笑っている姿が見えてそれどころでは無くなってしまった。
「な、何ですか! そんなに似合ってないですか! だからってそんなに笑わないでくださいよ!」
俺の精一杯の強がりである。
ぶっちゃけ俺自身猫耳が似合うような男ではないことは自覚している。
しかしこのカチューシャをプレゼントした夜一は満足気な表情をしたまま、俺のあげたオオカミ耳のカチューシャを付けている。
その堂々たる立ち姿は、恥ずかしさなど微塵も感じていないようであった。
「いや、ごめんごめん! でも似合ってるよ! 禄助くんは猫っぽいし」
「そうだね、猫っぽいよ」
なんだかバカにしているような気がしてならない。
しかし夜一が満足しているのなら、それでいいだろう。
「似合ってるよ禄助」
「それ、本当か?」
「スコティッシュフォールドは猫の中でも寒さに強いんだよ。だから禄助っぽいなって」
「あ、そういうこと? でもオオカミの夜一も似合ってるよ」
「ありがと」
そんな会話もそこそこに俺たちはアトラクションに乗るために園内を移動した。
ちなみに、御薬袋先輩は式神先輩の選んだゾウの耳のカチューシャを大変喜んでおり「このまま空とか飛べるんじゃね?」とか言ってゾウの耳を羽のように手で動かしていた。式神先輩はというとウサギの耳のカチューシャを御薬袋先輩からプレゼントされておりこちらも大層嬉しそうにしていた。時よりその長いウサギの耳で鞭のように振り回し御薬袋先輩の背中にアタックしていたが、御薬袋先輩はそれも嬉しそうに受け止めていた。
アトラクションは本当にたくさんあり、有名どころでいえばメリーゴーランドにジェットコースターに空中ブランコ。ミラーハウスやお化け屋敷などだ。
俺たちはそれぞれのカップルでペアとなり、それらのアトラクションを存分に楽しんだ。
アトラクションでは新しい発見がいくつもあった。
まず夜一は高いところが平気らしく、ジェットコースターや空中ブランコに乗っても悲鳴を上げることなくただただ楽しんでいるようであった。しかし俺はというと高いところは問題ないのだが、乗り物酔いが発生してしまいジェットコースターや空中ブランコといった乗り物系のアトラクションに乗った後は、膝を地面につけ項垂れてしまった。
幸いにも吐くことはなかったが、俺の背中を優しく擦ってくれる夜一には少し申し訳ないことをしてしまったと思っている。
「もう日が暮れてきちゃいましたね」
そう夜一が呟き、俺たちは空を見上げる。
あたりはすでに茜色に染まっており、今日という日が終わりに近づいている合図であることを知る。
時刻としては十七時半。高校生が帰るにしては早い時間ではあるものの、季節は冬。このままいけば十八時になることにはあたりは暗くなり、街頭が仕事を始める時間になるかもしれない。
「じゃあ最後に観覧車乗りますか!」
御薬袋先輩がそう言って自分の肩の後ろを親指で指をさす。
御薬袋先輩の背後には大きな観覧車があり、見たところ並んでいる客もそこまで多いようには見えなかった。
「あんまり人気無いんですかね?」
「いや、ただ寒いだけだと思うよ!」
「そうそう! あの観覧車はほぼ吹き抜けになってるから冬は結構寒いんだよ。ちなみに夏はサウナ並みに暑いぞ」
俺の質問に御薬袋先輩と式神先輩はそう冷静に答えた。
なんでも二人は夏休みを利用してこの遊園地に遊びに来たことがあるらしいのだが、その時に乗った観覧車で熱中症になりかけたらしく、ならばと言うことでこの冬にリベンジを果たしたかったらしい。
俺と夜一はそれを承諾し、最後に観覧車になることにした。
観覧車は本当に空いており、五分も並ぶことなく乗ることができた。
観覧車が一蹴するのにかかる時間は大体十五分ほどらしく、その間はこの遊園地にきて初めての夜一との二人っきりの時間だ。
俺たちは向かい合わせに乗り、一息つく。
ずっと園内を歩き回っていたせいか足がパンパンであり、それは夜一も同じようであった。観覧車に座ると、「あぁーっあ」と湯船にも浸かったかのような沁みる声を出す。
「疲れたな」
「ほんとだよ。でも夜一とデートできて良かった」
「……俺もだよ」
お互いに疲れているからか、それともまだ乗ってすぐのため少し景色が変わっただけだからか話が弾まない。
観覧車がてっぺんまで行けば、綺麗な景色だね、なんて気のきいたセリフを言えるかもしれないが、今は好きな人と一緒の空間にいれるだけでいっぱいいっぱいだった。
そんなとき俺はふと夜一の付けているオオカミ耳にカチューシャをみて思い出した。
式神先輩に話し合いをするべきだと言われたことを。
ほんの少し焦り過ぎている部分があるかもしれないが、俺は意を決して夜一に聞いてみる。
「よ、夜一はさ、俺と、そういうことってしたい?」
俺の唐突な質問とその質問内容に驚いたのか夜一は目をまん丸にして俺を一点に見つめた。
「……へぇ?」
「だ、だから、夜一は俺とえっちしたいのかなって…………思って」
「……えっと、引かない?」
「…………」
「したいよ。キスもそれ以上のことも」
「そっか……。よかった」
「よかった?」
「いや、付き合ってからまだ日は浅いけど、キスもまだだったからどうなんだろって思ってて」
「もしかして不安にさせてた?」
俺は小さく頷く。
それを見た夜一は向かいの席から、俺の隣に移動をしてきた。
観覧車が揺れないようにゆっくりとだ。
俺の隣に座った夜一は、俺の手を包み込むように手を添える。
「ごめん、不安にさせて」
「ううん。俺も聞けなかったし」
「えっと、ちなみに禄助は俺としたいと思ってる?」
「……思ってるけど」
「けど?」
俺のその煮え切らない返事に、今度は夜一が不安気な表情になる。
すぐにそれを察した俺は、夜一の目を見て言葉を交わす。
「嫌とかじゃないんだけど、どっちなんだろうって思って……。俺は誰かと付き合うとかみたいな経験がないから、夜一とキスもそれ以上のこともしたいけど――」
俺がそれを言い終える前に、俺の口は柔らかい何かで塞がれた。
それは柔らかいのだが、どこかかさついていて、でも弾力があって。
一瞬ではあったが、離れていくのが名残惜しいと思える感覚に俺は心を動かされていた。
先ほどまで塞がれていた部分を指でなぞる。
俺は指を唇に置いたまま、夜一を見る。
彼は寒さだけが原因ではない耳の火照りに加え、真剣でそれでいて不安そうな目をしながら俺を見つめていた。
「俺は禄助のこと抱きたいって思ってるよ。禄助はどう? 俺に抱かれるの嫌?」
卑怯だと思う。そんなことを聞かれて嫌です。となんて言える人間がどこにいるだろうか。
それに先ほどの柔らかい感触はやはりキスだと思う。
もう一度してほしい。もう一度したい。
そう思えて、夜一の問いかけに対する質問にすぐに答えられない。
「も、もう一度……」
「ん?」
「もう一度キスしてくれたら、いやじゃ、嫌じゃ無くなるかも」
俺も大層卑怯な人間なのだ。
キスがしたければしたいと言えばいいし、抱かれたいと思ってしまったならそう答えればいい。
それなのに俺は夜一がキスをせざるおえない返事をする。
「仰せのままに」
夜一の顔がまた近づいてくる。
嫌じゃない。
俺はゆっくりと目を閉じる。
すると俺の唇に夜一の唇が触れた感触が伝わってきた。
俺は思わず吐息をこぼす。
その吐息に合わせるように夜一の唇はすぐに離れてしまった。
もっと長くしていたかったと、そう訴えるように目を開けようとするとまた唇に柔らかい感触が伝わる。
それは何度も離れてはまだ俺の唇に感触を伝えてくる。
啄むように繰り返されたキスは徐々に熱を集め、「少しだけ口開いて」という夜一の囁きに体が自然と従ってしまう。
咥内に夜一の舌が入ってきた。それは俺の舌を追いかけるようにして俺の咥内をなぞる。
「ぁっあ……んっ」と俺の吐息と夜一の吐息が入り混じる。
俺の後頭部に手を回され「鼻で息して」とだけ告げられると、回された手に力が入り、それに従うようにして先ほどよりもさらに夜一に顔を近づけた。
「やべぇ! 観覧車寒いはずなのに、いまめっちゃ暑いわ」
「……俺に興奮してくれてるってこと?」
「するだろ? マジで好き。超好き」
そう言って今度は触れるだけのキスを何度か俺の唇に落とす。
俺は恥ずかしくて、視線をちょっと逸らす。
ふと見えた外の景色は、ライトアップされた遊園地全体が見える状態であった。
つまり観覧車のてっぺんにきたということらしい。
「すげぇきれぇ」
「ほんとだ」
「な、なぁ……またキスしてよ」
「うん、するよ。あとキス以上の事もさせて欲しい」
「……確認だけど、俺に挿れたいんだよね?」
「うん。挿れたい……。負担はなるべくかけないようにするから……!」
「つ、次の……」
「へ?」
「次の金曜日の夜。俺んち来る? 日曜まで親居ないし……」
「それって、そういうことだよね?」
またも俺は黙って頷く。
正直もう限界だ。キスがあまりに気持ちよくて強請ってしまったことも。キス以上の行為をしたいと言われて俺から誘ってしまったことも。恥ずかしくてたまらない。
きっと俺の体温でお肉でも焼けてしまうんじゃないかと思うほど、体が熱い。
「嬉しい。絶対に行く」
耳元でそう言われて、夜一にハグされた。
それが嬉しくて、俺はコテンと音を立てるようにして夜一の肩に顔を埋める。そしてそのまま俺もハグをする。
観覧車の中が寒いなんて嘘っぱちだ。
観覧車を降りると、先に降りていた御薬袋先輩と式神先輩が待ってくれていた。
その二人の表情はどこかニヤついているように見える。
しかし、今の俺にそんな二人にツッコミをいれる余裕はない。
きっと吹き抜けになっていたから、俺と夜一の会話がうっすらと聞こえていたのだろう。
「いいもん聞けたし、帰るか!」
「そうだね! 禄助くんも話せてよかったね」
「先輩たち、あんまり禄助のこと揶揄わないでくださいよ」
「今後は気を付けるよ」
そんな会話を繰り広げて、俺たちは遊園地を後にする。
先ほどまで体が火照って仕方がなかったが、今は夜風の影響で寒さを感じる。
普段冬でも寝るときは半袖にボクサーパンツだけの人間の発言とは思えないかもしれないが、先ほどの反動でかなり寒く思える。
そんな俺を察したのか、はたまた単にそうしたかったのかはわからないが、夜一は俺の手を取って自分のアウターのポケットに仕舞いこむ。
掌から伝わる夜一の体温に、また温かさを思い出した。
夜一は俺にふと視線を向けると、優しく微笑む。
「そう言えば、答えは出たの?」
「え? なんの?」
「禄助が一番気になってたこと! 先輩たちが結婚するならどっちの苗字を取るんだろうってやつ」
「あぁー」
そういえばそうだった。
そもそも御薬袋先輩と式神先輩に興味を持つきっかけになったのは、二人が付き合っているかもという噂を夜一に聞いてからであった。
その時の俺は苗字オタクとして、もし二人が結婚をしたら「御薬袋」と「式神」のどちらの苗字を名乗るのだろうということが気になってしょうがなかったのだ。
でも今ならわかる。
「答えは出たよ。好きな人といれるなら、名乗れる苗字なんて些細な問題だって」
「そっか」
俺はポケットの中で繋がれている夜一の手を少し強く握り返した。
―fin―
遊園地に行くにはピッタリの日だろう。
遊園地のチケットを受け取った俺たちで話し合った結果、夜一は土曜日に塾があり、生徒会メンバー側も学校側のイザコザで活動ができなかった分を土曜日で埋めようと言うこととなり、次の日曜日に遊園地に行くことになったのだ。
俺は先日笠原先輩の選んでくれたオーバーサイズのホワイトパーカーに、白のラインが入っているタイプの黒のジョガーパンツに身を包んで行くことにした。
一応ホワイトパーカーの上からは黒のマウンテンパーカーを羽織り、温かい恰好をすることにした。
別にそんなに着こむほど寒くはないと思うのだが、この天気では遊園地は混んでいるだろう。そうなればアトラクションの待ち時間もそれなりにあると考え、多少の防寒は自分でしようと思った次第だ。
「おはよう、禄助! 早いね!」
「うん、おはよー夜一。正直夜一とのデートが楽しみで早く来た」
嘘ではない。
俺は夜一には嘘は吐かないため、思っていることを正直に口にする。
その言葉に夜一は耳先を赤く染めた。
寒さもあるのだろうが、きっと嬉しいに違いない。
小さな声で「俺もだよ」と聞こえたような気がした。
「それにしても珍しいね。なんかモコモコしてる」
「あー、一応アトラクションの待ち時間に寒いと嫌だなって思って分厚めにしてきた」
「そういうこと? いいじゃん。可愛いよ」
「か、か、かわいい?」
突然の可愛い発言に俺は動揺してしまう。
しかし今思えば、同性同士でも「その服良いじゃん! かわいいよ! 似合ってる」なんていうのは普通だ。何もおかしいことはない。
だが俺は今、夜一をお付き合いをしているのだ。
今まで気にしていなかった言葉も、下心があるのではないかと疑ってしまう。
いや、下心があってもいいのではないでしょうか? 俺と夜一は付き合っているわけで、今や加納高等学校の生徒全員が知るほどのカップルだ。付き合う前までは思ったこともなかった感情が俺の脳内を支配する。
「なーい意識してんだよスケベ!」
「え? は? ちげーし!」
「はははっ、わかりやすすぎだって! それにしてもそんな服持ってたの?」
「あー、これはこの前笠原先輩と買い物行ったときに…………って、なんつー表情してんだよ」
「…………いや、デートなのに別の男の名前出されたから。てか服を見に行ったとは言ってたけど、選んでもらったってこと?」
何やら急に不機嫌になる夜一に俺は、先ほどまで可愛いって言ってくれてたのに急に人格変えんなよ、と内心思いながらも夜一からの質問に答える。
「そ、そうだけど……」
「……今度俺と服見に行こ。次は俺が選ぶから! 禄助は俺の服選んで!」
「え、あ、うん。いいけど…………」
これはもしかして俗に言う嫉妬と呼ばれるものではないだろうか?
俺は今まで誰ともお付き合いをした経験が無いため、嫉妬とは無縁の生活を送ってきた。そのため夜一が急に不機嫌になった原因が俺の服を笠原先輩が選んだことによる嫉妬だとしたら本当に嬉しい。
これって本人に直接聞いてもいいものなのだろうか?
もしこれがNG行動だとしたら、夜一の不機嫌は不快に変わるかもしれないから、それは避けなければならない。
しかし、気になるものは気になる。
「ごめん、嬉しいから聞くんだけどさ…………、夜一が不機嫌なのって笠原先輩に嫉妬してるから?」
「…………言わせんなばーか!」
嫌がってる表情ではない。
恥ずかしつつも、どこか嬉しそうなそんな表情を夜一は見せた。
「あのー、イチャついてるところ申し訳ないけど、俺たちも揃ったから遊園地に行こうか」
突如俺と夜一の間に割って入ってきたかと思えば、そんな言葉を申し訳なさそうに呟くのは御薬袋先輩であった。
右手で空気を切るように何度も上下させて、左目だけ目をつむり、口元はどこか微笑みを隠せないでいる。
きっと結構前から俺たちの会話を聞いていたのだろう。
正直言って恥ずかしいし、聞かれていた会話を忘れさせるくらいには顎に拳をヒットさせて一時的にでも意識を失わせたいとは一瞬思ってしまったが、そんなことはできないため、握りしめた拳をゆっくりと開いた。
▽▽
俺の予想は正しかったようで、今日は遊園地に行くにはピッタリの日だったらしい。
午前中にも関わらず、遊園地はすでに多くの人で賑わっていた。
俺たちは事前にチケットを貰っていたということもあり、入園はスムーズにいった。
一応事前の話し合いで、どんなアトラクションに乗るだとか、昼食はどうするかという話し合いを行っており、入園直後に腹ごしらえを行い、その後グッズコーナーへ行き身に着けるタイプのグッズを購入。その後購入したばかりのグッズを身に着けて様々なアトラクションに乗ろうという話になった。
そのためまずは食事ができる場所に行く。
遊園地の食べ物は結構割高なため、できるだけ安く、それでいて量のあるレストランを事前に式神先輩が調べてくれていたらしく、そこに行くことになった。
思い返せば式神先輩はその体のどこに入っているのかと疑いを持ってしまうほどの大食いであり、後輩の財布事情を考えてくれてのことだと思っていたが、もしかしたら自分がより多くの食事を摂りたかっただための行動だったのかもしれない。
ふと御薬袋先輩の表情を見ると、急いでレストランに向かおうとしている式神先輩を眺める瞳はどこかはしゃいでいる子どもを見ているかのようであり、きっとそんな姿を見られて楽しいのだと感じた。
要するに、式神先輩は自分の食事のためにレストランを選定したということだ。
これには俺も、それに気づいた夜一も笑わずにはいられなかった。
レストランは事前に予約をしてくれていたようで、難なく座ることができた。
デートとはこういった事前準備が大事なのだと、勉強になるなと頷きながら俺は夜一とメニュー表を眺める。反対に御薬袋先輩は式神先輩とメニュー表を半分こしながら眺め合っている。
俺はこの遊園地独自のハンバーガーセットで、フライドポテトにコーラ。デザートにチョコチュロス。
夜一はカルボナーラとスープのセットで、飲み物は水で、デザートにプレーンのチュロス。
御薬袋先輩はオムライスとスープのセットで飲み物は期間限定のホットココア、デザートにホットココアに入れる用のマシュマロ。
そして式神先輩はというと、まずはアニメとコラボ中のメニューであるハヤシライスとコーンスープにサラダのセット。それにプラスしてターキーレッグを二本にナゲットとサンドイッチ。飲み物はホットレモネード。デザートにプレーンとチョコのチュロスを二本ずつに、チーズタルトを一切れ。それでも足りないと感じたのかフライドポテト大盛りに加え、移動しながら食べる用にとポップコーンを塩バター味とキャラメルココーン味の二種類を注文していた。
レストランで案内されたテーブルの九割以上を式神先輩が注文した商品で埋め尽くされてしまった。
その光景に俺と夜一は顔を引きつらせながらも、御薬袋先輩はいっぱい食べる式神先輩が本当に好きなのか、目尻を下げて本当に嬉しそうな表情をしながら口いっぱいに食べ物を詰め込む式神先輩を眺めていた。
今日の開口一番にイチャついてるところ申し訳ない、と言ってきた人物が一番イチャついてるじゃねーか、と思わずツッコミを入れたくなるが、そんな二人が微笑ましくて俺は夜一と目配せを行い、二人で笑いあった。きっと夜一も同じことを思っていたに違いない。
▽▽
食べ終えた俺たちはグッズコーナーへと足を運んだ、
そこではカップルらしくと言うべきか、お互いにグッズを選び合うことにした。
勉強熱心で真面目な夜一にはどんなカチューシャが似合うかを考えていたところ、目に飛び込んできたのは店内に貼られていたタイプ別診断表であった。
なんでもどのカチューシャにするか悩んだ際の救済措置の様なものらしく、性格や見た目、持ち物や普段の行動からどのようなタイプなのかを判断し、そのタイプにあったカチューシャを紹介してくれるものらしい。
正直俺にはセンスがないと自分でもわかっていたため、ありがたくこのタイプ別診断表を活用させてもらうことにした。
「えっと、まずは…………性別ね。夜一は男だからこっちに行って……次は性格かー。男らしいかノリがいいか物静かか冷静か……どちらかと言えば男らしいけど、ノリもいいし……あ、まぁ冷静かな? えっと次は持ち物? 持ち物としてどれが似合うでしょうってことね。扇子に番傘、巾着に数珠ぅ? 全部和モノじゃねえかよ……! 正直全部似合うけど……巾着と数珠はなんか違う気がする。扇子もかっこいいけど、番傘の方がなんとなく似合う気がするなー。雨降った時俺入れてくれそう。んで次が最後ね。普段の行動かー。えーっと、人命救助優先タイプ、ファーストペンギンタイプ、自己犠牲タイプ、王様タイプ、リーダータイプ、友情優先タイプ…………。ファーストペンギンってなんだ?」
「ファーストペンギンって言うのは、リスクがあるから誰もやりたがらないことを最初にやる人のことだよ」
真剣にタイプ別診断表をたどっていたため一切気づかなかったが、俺の真横には式神先輩がいて、俺の何気ない質問にパッと答えてくれたのだ。
「わ! 気づかずすみません」
「全然大丈夫。僕もこの表使ってたし。それにしても思ってること全部口に出るんだね」
「え、あ、うるさかったですよね! すみません……」
「あぁ全然だよ! ごめんごめん。そういう意味じゃないんだ。素直でいい子だねって意味だよ。きっとあの子も禄助くんのそういうところが好きになったんだろうね」
式神先輩は夜一が俺のどこが好きになったのかという話の場には居なかったはずのため理由は知らないはずだが、見事に命中している。
他の人が見て気づくほどなのだから、もしかして夜一からの想いに気づいていなかったのは俺だけなのかもしれない。
そう考えると恥ずかしい。
「きょ、恐縮です……」
「いーえー。それで? どのタイプか決まった?」
「そうですね……友情優先っぽくもありますけど、ファーストペンギンの意味を聞いて、それも当てはまるなーって感じですね。そういう式神先輩は御薬袋先輩のタイプ決めたんですか?」
「まー、彰は人命救助優先タイプかな。自己犠牲とかリーダーも近いけど、困ってるやつを放っておけないって意味だと人命救助優先タイプが合ってる気がする」
「あー、なんとなくわかる気がします。そう考えると夜一はやっぱファーストペンギンですかね。そうなるとカチューシャは…………オオカミの耳?」
「こっちは……ゾウの耳だってさ。まぁ大きくて似合ってるか」
「じゃあレジ並びましょうか」
会計を済ませた俺と式神先輩はまだ真剣にグッズを選んでいる夜一と御薬袋先輩を待つため、店先にあるベンチで座っておくことにした。
夜一があんなにも真剣に考えているのなら俺もタイプ別診断表に頼らずに、夜一に似合いそうなものを選んであげればよかったと若干後悔する。
俺が「あーあ」とため息交じりにそう呟くと、横に座っていた式神先輩にも聞こえていたのか「どうしたの? 楽しくない?」と顔を覗き込むように聞いてきた。
誤解させてしまったと感じた俺は、軽く謝罪を挟みながらも「楽しいですよ」と答える。
しかし式神先輩は俺のコトが気になるようで、語りかけるようにして質問をしてきた。
「楽しいなら良かったよ。……そう言えばなんだけどさ、夜一くんとはどこまで進んだの?」
「……どこまで進んだ?」
俺は質問の意味がわからず、そのまま返してしまう。
「あー、キスとか、それ以上とかってこと」
「キッ! え! えっと、その……」
「わ! 初心な反応だね!」
「す、すみません……今まで誰とも付き合ったこととかなくてですね……」
「何も謝ることはないよ。僕も彰が初めての恋人だからね」
「そ、そうなんですか?」
考えてみれば何も不思議なことではない。
高校生で初めて誰かと付き合うなんてザラではないだろうか。
「式神先輩たちは、どこまで進んだんですか?」
「あ、興味はあるんだ。案外えっちだね」
「えぇ! す、すみません! 俺思ったことすぐに口にしちゃうところがあって」
「知ってるよ。だから謝らなくてもいい。そうだね……彰とは最後まで何回かやったよ」
「さ、最後まで?」
「男同士でもできるんだよ」
「はい……。一応夜一と付き合うにあたって調べ、ました」
「……もしかしてどっちか決めてない?」
式神先輩の言うどっちかというのは、所謂行為に及んだ際にどちらが挿れて、どちらが受け入れるのかという話だろう。
正直考えなかったわけではない。
男同士でも出来ると調べた際に悩んだポイントでもある。
でも結論はでなかった。そもそもこの手の話はちゃんと夜一と話し合って決めるべき内容だと思う。
しかし夜一とは先日付き合い始めたばかりで、その手の話はまだ一度も出ていない。
いや出るわけはないのだ。
夜一はきっとずっと片思いをしていた相手と付き合えただけで満足をしていることだろう。そんな夜一がすぐに行為に及んだ際の話をするはずがない。それに夜一は成績優秀者で真面目を絵に描いたような人物だ。夜一ほどの人物であれば性行為の知識はそれなりにあるだろうが、俺としたいだなんて思っているだろうか……。
「不安?」
「……はい」
「……大丈夫だよ。それに笠原にも言われたんじゃないの? ちゃんと話し合うべきだって」
「な、なんで知ってるんですか!?」
「僕も彰も笠原とは仲がいいからね。それに禄助くんたちと同じ様に僕と彰が付き合うことができたのも笠原くんのおかげなんだよ。彼はキューピットだからね。そんな彼が禄助くんたちのことを気にしていたからね。少し話しを聞いたんだよ」
知らなかった。
笠原先輩の助言のお陰でこうして夜一と付き合うことができたのだが、それは俺だけではなく式神先輩と御薬袋先輩が付き合うことになったのも笠原先輩が関与しているとは思ってもいなかった。
それに追加して笠原先輩が俺たちのことを気にかけてくれていたことは初耳だった。しかもそれを式神先輩に相談していたこともだ。
「長続きするコツは、きちんと話し合いをすることだよ。そしてそれを笠原も僕も知ってる。おや、向こうも買い物が終わったみたいだね」
「……肝に銘じておきます」
俺はそう言って、夜一たちと合流した。
▽▽
夜一が俺に選んだカチューシャは猫耳であった。
しかもちょっとだけ垂れ下がっているのが可愛らしい。
タグを見たところ、スコティッシュフォールドと書かれておりスマホで調べたところ、カチューシャのまんまの耳を持つ猫の画像が大量に表示された。
なぜ夜一は俺に猫耳のカチューシャを選んだのだろうと不思議に思っていると、夜一の後ろで御薬袋先輩と式神先輩が笑いこらえていたが、耐えきれずに大声で笑っている姿が見えてそれどころでは無くなってしまった。
「な、何ですか! そんなに似合ってないですか! だからってそんなに笑わないでくださいよ!」
俺の精一杯の強がりである。
ぶっちゃけ俺自身猫耳が似合うような男ではないことは自覚している。
しかしこのカチューシャをプレゼントした夜一は満足気な表情をしたまま、俺のあげたオオカミ耳のカチューシャを付けている。
その堂々たる立ち姿は、恥ずかしさなど微塵も感じていないようであった。
「いや、ごめんごめん! でも似合ってるよ! 禄助くんは猫っぽいし」
「そうだね、猫っぽいよ」
なんだかバカにしているような気がしてならない。
しかし夜一が満足しているのなら、それでいいだろう。
「似合ってるよ禄助」
「それ、本当か?」
「スコティッシュフォールドは猫の中でも寒さに強いんだよ。だから禄助っぽいなって」
「あ、そういうこと? でもオオカミの夜一も似合ってるよ」
「ありがと」
そんな会話もそこそこに俺たちはアトラクションに乗るために園内を移動した。
ちなみに、御薬袋先輩は式神先輩の選んだゾウの耳のカチューシャを大変喜んでおり「このまま空とか飛べるんじゃね?」とか言ってゾウの耳を羽のように手で動かしていた。式神先輩はというとウサギの耳のカチューシャを御薬袋先輩からプレゼントされておりこちらも大層嬉しそうにしていた。時よりその長いウサギの耳で鞭のように振り回し御薬袋先輩の背中にアタックしていたが、御薬袋先輩はそれも嬉しそうに受け止めていた。
アトラクションは本当にたくさんあり、有名どころでいえばメリーゴーランドにジェットコースターに空中ブランコ。ミラーハウスやお化け屋敷などだ。
俺たちはそれぞれのカップルでペアとなり、それらのアトラクションを存分に楽しんだ。
アトラクションでは新しい発見がいくつもあった。
まず夜一は高いところが平気らしく、ジェットコースターや空中ブランコに乗っても悲鳴を上げることなくただただ楽しんでいるようであった。しかし俺はというと高いところは問題ないのだが、乗り物酔いが発生してしまいジェットコースターや空中ブランコといった乗り物系のアトラクションに乗った後は、膝を地面につけ項垂れてしまった。
幸いにも吐くことはなかったが、俺の背中を優しく擦ってくれる夜一には少し申し訳ないことをしてしまったと思っている。
「もう日が暮れてきちゃいましたね」
そう夜一が呟き、俺たちは空を見上げる。
あたりはすでに茜色に染まっており、今日という日が終わりに近づいている合図であることを知る。
時刻としては十七時半。高校生が帰るにしては早い時間ではあるものの、季節は冬。このままいけば十八時になることにはあたりは暗くなり、街頭が仕事を始める時間になるかもしれない。
「じゃあ最後に観覧車乗りますか!」
御薬袋先輩がそう言って自分の肩の後ろを親指で指をさす。
御薬袋先輩の背後には大きな観覧車があり、見たところ並んでいる客もそこまで多いようには見えなかった。
「あんまり人気無いんですかね?」
「いや、ただ寒いだけだと思うよ!」
「そうそう! あの観覧車はほぼ吹き抜けになってるから冬は結構寒いんだよ。ちなみに夏はサウナ並みに暑いぞ」
俺の質問に御薬袋先輩と式神先輩はそう冷静に答えた。
なんでも二人は夏休みを利用してこの遊園地に遊びに来たことがあるらしいのだが、その時に乗った観覧車で熱中症になりかけたらしく、ならばと言うことでこの冬にリベンジを果たしたかったらしい。
俺と夜一はそれを承諾し、最後に観覧車になることにした。
観覧車は本当に空いており、五分も並ぶことなく乗ることができた。
観覧車が一蹴するのにかかる時間は大体十五分ほどらしく、その間はこの遊園地にきて初めての夜一との二人っきりの時間だ。
俺たちは向かい合わせに乗り、一息つく。
ずっと園内を歩き回っていたせいか足がパンパンであり、それは夜一も同じようであった。観覧車に座ると、「あぁーっあ」と湯船にも浸かったかのような沁みる声を出す。
「疲れたな」
「ほんとだよ。でも夜一とデートできて良かった」
「……俺もだよ」
お互いに疲れているからか、それともまだ乗ってすぐのため少し景色が変わっただけだからか話が弾まない。
観覧車がてっぺんまで行けば、綺麗な景色だね、なんて気のきいたセリフを言えるかもしれないが、今は好きな人と一緒の空間にいれるだけでいっぱいいっぱいだった。
そんなとき俺はふと夜一の付けているオオカミ耳にカチューシャをみて思い出した。
式神先輩に話し合いをするべきだと言われたことを。
ほんの少し焦り過ぎている部分があるかもしれないが、俺は意を決して夜一に聞いてみる。
「よ、夜一はさ、俺と、そういうことってしたい?」
俺の唐突な質問とその質問内容に驚いたのか夜一は目をまん丸にして俺を一点に見つめた。
「……へぇ?」
「だ、だから、夜一は俺とえっちしたいのかなって…………思って」
「……えっと、引かない?」
「…………」
「したいよ。キスもそれ以上のことも」
「そっか……。よかった」
「よかった?」
「いや、付き合ってからまだ日は浅いけど、キスもまだだったからどうなんだろって思ってて」
「もしかして不安にさせてた?」
俺は小さく頷く。
それを見た夜一は向かいの席から、俺の隣に移動をしてきた。
観覧車が揺れないようにゆっくりとだ。
俺の隣に座った夜一は、俺の手を包み込むように手を添える。
「ごめん、不安にさせて」
「ううん。俺も聞けなかったし」
「えっと、ちなみに禄助は俺としたいと思ってる?」
「……思ってるけど」
「けど?」
俺のその煮え切らない返事に、今度は夜一が不安気な表情になる。
すぐにそれを察した俺は、夜一の目を見て言葉を交わす。
「嫌とかじゃないんだけど、どっちなんだろうって思って……。俺は誰かと付き合うとかみたいな経験がないから、夜一とキスもそれ以上のこともしたいけど――」
俺がそれを言い終える前に、俺の口は柔らかい何かで塞がれた。
それは柔らかいのだが、どこかかさついていて、でも弾力があって。
一瞬ではあったが、離れていくのが名残惜しいと思える感覚に俺は心を動かされていた。
先ほどまで塞がれていた部分を指でなぞる。
俺は指を唇に置いたまま、夜一を見る。
彼は寒さだけが原因ではない耳の火照りに加え、真剣でそれでいて不安そうな目をしながら俺を見つめていた。
「俺は禄助のこと抱きたいって思ってるよ。禄助はどう? 俺に抱かれるの嫌?」
卑怯だと思う。そんなことを聞かれて嫌です。となんて言える人間がどこにいるだろうか。
それに先ほどの柔らかい感触はやはりキスだと思う。
もう一度してほしい。もう一度したい。
そう思えて、夜一の問いかけに対する質問にすぐに答えられない。
「も、もう一度……」
「ん?」
「もう一度キスしてくれたら、いやじゃ、嫌じゃ無くなるかも」
俺も大層卑怯な人間なのだ。
キスがしたければしたいと言えばいいし、抱かれたいと思ってしまったならそう答えればいい。
それなのに俺は夜一がキスをせざるおえない返事をする。
「仰せのままに」
夜一の顔がまた近づいてくる。
嫌じゃない。
俺はゆっくりと目を閉じる。
すると俺の唇に夜一の唇が触れた感触が伝わってきた。
俺は思わず吐息をこぼす。
その吐息に合わせるように夜一の唇はすぐに離れてしまった。
もっと長くしていたかったと、そう訴えるように目を開けようとするとまた唇に柔らかい感触が伝わる。
それは何度も離れてはまだ俺の唇に感触を伝えてくる。
啄むように繰り返されたキスは徐々に熱を集め、「少しだけ口開いて」という夜一の囁きに体が自然と従ってしまう。
咥内に夜一の舌が入ってきた。それは俺の舌を追いかけるようにして俺の咥内をなぞる。
「ぁっあ……んっ」と俺の吐息と夜一の吐息が入り混じる。
俺の後頭部に手を回され「鼻で息して」とだけ告げられると、回された手に力が入り、それに従うようにして先ほどよりもさらに夜一に顔を近づけた。
「やべぇ! 観覧車寒いはずなのに、いまめっちゃ暑いわ」
「……俺に興奮してくれてるってこと?」
「するだろ? マジで好き。超好き」
そう言って今度は触れるだけのキスを何度か俺の唇に落とす。
俺は恥ずかしくて、視線をちょっと逸らす。
ふと見えた外の景色は、ライトアップされた遊園地全体が見える状態であった。
つまり観覧車のてっぺんにきたということらしい。
「すげぇきれぇ」
「ほんとだ」
「な、なぁ……またキスしてよ」
「うん、するよ。あとキス以上の事もさせて欲しい」
「……確認だけど、俺に挿れたいんだよね?」
「うん。挿れたい……。負担はなるべくかけないようにするから……!」
「つ、次の……」
「へ?」
「次の金曜日の夜。俺んち来る? 日曜まで親居ないし……」
「それって、そういうことだよね?」
またも俺は黙って頷く。
正直もう限界だ。キスがあまりに気持ちよくて強請ってしまったことも。キス以上の行為をしたいと言われて俺から誘ってしまったことも。恥ずかしくてたまらない。
きっと俺の体温でお肉でも焼けてしまうんじゃないかと思うほど、体が熱い。
「嬉しい。絶対に行く」
耳元でそう言われて、夜一にハグされた。
それが嬉しくて、俺はコテンと音を立てるようにして夜一の肩に顔を埋める。そしてそのまま俺もハグをする。
観覧車の中が寒いなんて嘘っぱちだ。
観覧車を降りると、先に降りていた御薬袋先輩と式神先輩が待ってくれていた。
その二人の表情はどこかニヤついているように見える。
しかし、今の俺にそんな二人にツッコミをいれる余裕はない。
きっと吹き抜けになっていたから、俺と夜一の会話がうっすらと聞こえていたのだろう。
「いいもん聞けたし、帰るか!」
「そうだね! 禄助くんも話せてよかったね」
「先輩たち、あんまり禄助のこと揶揄わないでくださいよ」
「今後は気を付けるよ」
そんな会話を繰り広げて、俺たちは遊園地を後にする。
先ほどまで体が火照って仕方がなかったが、今は夜風の影響で寒さを感じる。
普段冬でも寝るときは半袖にボクサーパンツだけの人間の発言とは思えないかもしれないが、先ほどの反動でかなり寒く思える。
そんな俺を察したのか、はたまた単にそうしたかったのかはわからないが、夜一は俺の手を取って自分のアウターのポケットに仕舞いこむ。
掌から伝わる夜一の体温に、また温かさを思い出した。
夜一は俺にふと視線を向けると、優しく微笑む。
「そう言えば、答えは出たの?」
「え? なんの?」
「禄助が一番気になってたこと! 先輩たちが結婚するならどっちの苗字を取るんだろうってやつ」
「あぁー」
そういえばそうだった。
そもそも御薬袋先輩と式神先輩に興味を持つきっかけになったのは、二人が付き合っているかもという噂を夜一に聞いてからであった。
その時の俺は苗字オタクとして、もし二人が結婚をしたら「御薬袋」と「式神」のどちらの苗字を名乗るのだろうということが気になってしょうがなかったのだ。
でも今ならわかる。
「答えは出たよ。好きな人といれるなら、名乗れる苗字なんて些細な問題だって」
「そっか」
俺はポケットの中で繋がれている夜一の手を少し強く握り返した。
―fin―



