【完結】生徒会長と副会長が付き合っているらしいが、苗字オタクの俺にとって問題はそこじゃない!

「てい……がく……!? な、なんで?」

 俺は至極当然の質問を夜一にした。
 今日夜一に自分の想いを伝えようと意気込んでいたところだったのに、それどころではなくなってしまった。
 どんな言葉で夜一に想いを伝えようかと考えていたにもかかわらず、その考えが一気にかき消された感覚だ。

「じ、実は昨日――」

 夜一はそう言って停学処分となった経緯を話してくれた。
 夜一曰く、昨日俺が去った後の生徒会室で御薬袋先輩と式神先輩がキスをしているところを生徒会顧問でもあり、生徒指導を担当している山下先生に見つかってしまったらしい。
 その結果、生徒を代表しなければならない生徒会としての振る舞いではないと言うことで停学処分を受けてしまったとのことだ。
 しかし、問題は二人が停学処分を受けてしまったことが問題ではない。
 いや、停学処分を受けてしまったことも十分に問題ではあるのだが、さらに問題なのが御薬袋先輩と式神先輩が停学処分を受けた理由を一般生徒である夜一が知っているということであった。

「な、なんで夜一がそれを、知ってるんだ?」
「山下が生徒会長と副会長を叱責しているところを複数の生徒が見聞きしていたらしいんだ……。それから人伝に話が広まって……」

 今まで噂程度であった御薬袋先輩と式神先輩が付き合っているのではないかという加納高等学校に広まる噂話が噂ではなくなったのだ。
 御薬袋先輩は他の全てを犠牲にしても後悔はしない、と言っていた。きっと停学処分になったことも甘んじて受け入れているに違いない。
 しかしそれは本人たちの心構えだ。
 周りの目はそれをどう思うだろうか。

「男同士でキスとかマジなんかな?」
「でも最近じゃ珍しいことじゃなくない?」
「そりゃ人の恋愛観とかは人それぞれだけどさー。でも俺は無理だわ」
「お前の意見なんてどうでもいいよ」
「にしても噂って本当だったんだな」
「あー、生徒会長と副会長が付き合ってるかってやつでしょ?」
「それも生徒会室でかー、なんかエロくね?」
「言ってろ小学生!」
「うわ、ひっど! でも生徒会室でキスかぁ…………。もしかして最後までやったことあんのかな?」
「止めろよ気持ち悪い」
「おいおい、気持ち悪いっていうの止めろよ」

 すでにクラス中は停学処分を受けた二人の話で持ち切りだ。
 そして話は停学処分に対する話ではなく、当然のように同性同士の恋愛についての話。
 そんな話を背中で聴いている夜一の手は震えており、いつもは寒い寒いと言っている彼の額には嫌な汗をかいていた。

「よ、夜一…………」
「だ、大丈夫。大丈夫だから…………」

 夜一が震える右手を必死に左手で抑え込んでいる最中、学校中にアナウンスが鳴り響いた。
 チャイムではなくアナウンスだ。
 それも放送室からのアナウンスではなく、職員室からの臨時のアナウンス。

『――テストテスト。え、えー。ただいまより緊急全校集会を行います。生徒の皆さんは体育館まで集合してください。繰り返します。今から全校集会を行います。生徒の皆さんは体育館まで集合してください』

 低く、それでいて気温が下がったかと感じさせるその声の主は山下先生のものであった。
 生徒会顧問でもあり、生徒指導を担当している山下先生からのアナウンスと言うことはつまりそういうことだろう。
 停学処分となった御薬袋先輩と式神先輩の説明に違いない。
 一個人の恋愛事情を全校生徒に説明する気なのだろうか?
 それは教師以前に、人としてどうなのだろうか。

「うわ、全校集会かよ」
「てか今の山下の声じゃ無かった?」
「じゃあ生徒会長と副会長に関する話ってこと?」
「キスの詳細とか聞かされるんかな?」
「なわけねーだろ! 誰が他人のキスの事情を聴きたいんだよ」
「そうか? 俺は気になるけどな」
「私もちょっと気になるかも……」
「あ、女子ってそういうの好きな人多いよな」
「もー、ちょっと止めてよ!」

 クラスが突如体育館に移動することとなったことに対して文句を言うことの序にまた、二人のことを話し始めた。
 ふと夜一に視線を戻すと、まだ震えは止まっていなかった。
 震えている理由はわかる。次は自分たちの番かもしれないと思っているからだ。
 俺は震えている夜一の手に、自分の手を重ねる。
 それに驚いた夜一は俺の目を見た。

「……大丈夫。大丈夫だから」
「…………うん、ありがとう」

 俺と夜一にはこれだけの短い会話だけで十分だった。
 今ならわかる気がする。
 御薬袋先輩の言っていた「二人だけの世界を分かち合いたいと思ったんだ。他の誰かに取られる前に自分のものにしたくなった。他の全てを犠牲にしても後悔はしないなと思った」という言葉のすべてを理解できる気がする。
 俺が夜一を守りたい。
 そう思えた。


▽▽


 体育館に集合したが、生徒が話を止めることはなかった。
 こんな時はよく「静かになるまで五分かかりました」なんてセリフが飛んでくるものなのだが、今や学校中が御薬袋先輩と式神先輩の話で持ちきりだ。
 今からどんな話が聞けるのかとワクワクしているものもいれば、男同士の恋愛なんて気持ち悪いだけだと彼らの関係を非難する声も聞こえる。
 人の恋愛事情を面白半分で話すことに俺は嫌悪感と苛立ちを覚えていた。

 どのくらいの時間がたっただろうか。
 感覚としては十分程度だと思っていたが、体育館に設置されている時計に目を向けるとすでに三十分が経過しているようであった。
 集合をかけておいて三十分も何も無いなどはどういうことなのだろうかと思っていたところ、教壇に上がった山下先生の姿を見て、皆が静かになった。
 生徒指導を担当しているだけ、怒らせると面倒であることは全員認識しているようで、彼が前に立つだけで生徒は静かになる。

「えー、お待たせいたしました。すでにほとんどの生徒は察しがついていると思いますが、今回停学処分となった生徒についてのお話となります。個人を特定できるような生徒の情報は伏せますが、昨日一部の生徒の間で不純な行動を確認いたしました。えー、生徒指導としては到底容認できるような行為ではなかったため、今回停学処分といった形を取らせていただきました。加納高等学校の生徒として品位を損なうような行動をした生徒には今後、同様の対応をする場合があるため、今回緊急ですが全校集会を開き、生徒の皆さんに周知をしました」

 この一瞬静かだった体育館がクスクスと人を馬鹿にするような笑い声へと変わりつつあった。
 そんな笑い声が聞こえているであろう山下先生は、笑っている者を叱るわけでもなく、笑い声に合わせるように口角が上がっているように見える。
 わざとだ。
 俺はそう確信した。
 怒りで爪が食い込むほどに拳を握り締める。

「それって、プライバシーの侵害じゃないですか?」

 体育館の中央に立って、抗議をする一人の生徒がいた。
 体育館中の視線がその生徒に集まる。
 そんな生徒の正体は笠原先輩であった。
 笠原先輩はそんな視線に怖気づくことなく、淡々と物申す。

「聞いた話では、生徒同士がキスしただけだそうじゃないですか。それの何が品位を損なうんですか?」
「が、学生がするべきは勉強だ。それを――」
「恋愛も勉強なんじゃないんですか? もしかしてこの学校は人の恋愛事情にも口出しするんですか?」
「…………」
「そもそも全校集会で言うことじゃないでしょ? それともなんですか? この学校は事あるごとに全校集会を開いて、起きたことをすべて共有するんですか?」

 生徒の笑い声が消えた。
 それと同時に山下先生の口角は片方だけが下がり、引き攣った表情へと変わっていた。

「あ、あぁそうか、お前も男が好きなんだろ?」

 どんな悪あがきなのだろうか。
 醜い。その一言に尽きるだろう。
 周りに居た生徒も、今は笑い声ではなくヒソヒソと何かを噂するような話し方に変わっていた。それは笠原先輩の事を悪く言う話ではなく、山下先生を非難するような声に変っていった。
 アウェイな空気感に動揺をした山下先生は言ってはならない言葉を口にする。

「気持ち悪いんだよ!」
「何が気持ち悪いんだよ!」

 そう言い返したのは他でもない俺だ。
 俺は気が付くと立ち上がっており、あの山下の発言に苦言を呈していた。
 そしてここからは俺の治ることのない癖である、思ったことをすぐ口にしてしまう癖が大いに発動する。

「誰かを好きになることのどこが気持ち悪いんだよ! 言ってみろよ!」

 声を張り上げた俺に一番驚いていたのは他でもない夜一であった。
 夜一の目にはうっすらと涙が見える気がする。

「二人は誰よりも学校のこと、生徒のことを考えてた! 二人で手を取り合って二人で一緒に困難に立ち向かってた! それの何が悪い!」
「せ、生徒会は全校生徒の手本となるべき存在だぞ!」
「手本となる存在だったら、恋愛すら許されないんですか?」
「……ッ!」

 教壇から俺がいる場所まではある程度距離があるように思えるが、それでも山下の舌打ちがはっきりと聞こえてきた。
 その時に俺は理解した。
 山下先生はおそらく、俺への当てつけで御薬袋先輩と式神先輩を停学処分にしたのだ。
 そもそも俺が生徒会に就任してから一度も生徒会室を訪れなかった山下先生が昨日なぜ生徒会室に来たのか。多少の違和感をこの話を聞いた時から感じていた。
 山下先生は俺が生徒会室から出ていくところを確認したのちに生徒会室を訪れたに違いない。きっと俺のあらを探しに来たのだろう。そこでたまたま見つかってしまったのが御薬袋先輩と式神先輩だったのだ。
 見つけた山下先生はきっとニヒルに笑っていたに違いない。
 御薬袋先輩と式神先輩が俺を生徒会に推薦さえしなければ、校長先生から叱責されることも、俺に謝らなければならないイベントは発生しなかったからだ。結局山下先生の口から謝罪の言葉を聞くことは無かったが、ずっと根に持っていたに違いない。

「夜一。こんなタイミングでごめん。返事、していいか?」

 俺は夜一の手を引っ張って立たせる。

「俺も夜一と同じ気持ちです。親友以上にしてくれますか?」
「ほんと、なんでこのタイミングなんだよ」

 夜一は俺に抱きつくようにして返事をする。
 それを見た笠原先輩は真っ先に拍手をする。それに続くようにして体育館にいた生徒から拍手で祝福を受けた。
 恥ずかしい。正直めちゃくちゃ恥ずかしい。
 でも嬉しいという気持ちがギリ勝っている。
 そんなタイミングで体育館後方から声がした。

「これは一体なんですか? 山下先生?」

 体育館中の視線がまた一斉に動く。
 視線の先にいたのは校長先生であった。