月曜日になった。
いつも通り太陽が昇りきる前に目が覚めた俺は、寒いと感じながらも少しだけ厚めで作られている白の半袖Tシャツに黒のボクサーパンツだけという真夏の部屋着を彷彿とさせる格好の状態で洗面所へと向かう。
そしていつも通り冷たい水で顔を洗った後、枕カバーとして使っていたマフラータオルで顔を拭う。そのままリビングに行き、両親に挨拶をしてから用意されている朝食を食べる。
食べ終えると片付けをして、自室に戻り学校へ行く準備をする。
いつもの時間に家を出て、そしていつもと同じ時間に学校に着く。
そういつも通り。
ここまでが俺のいつも通りだ。
そしてここからはいつも通りではない。
「おはよー禄助」
「お、おはよう」
夜一からのいつも通りの挨拶に俺は、少しぎこちない返事をしてしまう。
あの日笠原先輩から告げられた言葉が頭を何重にも往復しては、俺の思考を掻き乱す。「彼は禄助くんのことが好きだよ」が呪いのように纏い、まるで俺の行動を制限しているようだ。
「どした? ハライタか?」
そんな俺の些細な変化に気づいた夜一は心配そうに近寄り、何かあったのではないかと問いかけてくる。その問いかけにはユーモアが含まれており腹が痛いのか? と俺が健康体であることを知ったうえでのものであった。
それに対し俺は「なんでもねーよ」と何かがある表情をしたまま返事をしてしまう。
土曜日に笠原先輩から言われたばかりである『目は口程に物を言う』を速攻で発動させてしまったことで、余計に夜一が心配をしてきた。
「マジで大丈夫か? もしかして土曜日……あいつに何かされたのか?」
「え? あいつ?」
「あいつだよ! ほら、禄助のバイト先が一緒の先輩で……」
「あ、ああ、笠原先輩ね! 大丈夫! マジで何にも無いよ」
「……土曜日、なにしたの?」
「え、ど、土曜日? ふ、フツーだったよ?」
「普通?」
「そ、そう! 服を見に行って、そのあとカフェで話して解散って感じ! マジでそんだけ!」
無駄に普通であることを強調し過ぎてしまっただろうか? かえって不自然になってしまったかもしれない。それはきっと夜一も感づいているに違いないが、それ以上の追及はしてこなかった。
夜一は「ふーん」とあくまで表面上は納得をしたような感じを醸し出していたが、絶対に納得していないと俺はわかる。
伊達に中学生から親友をやっているわけじゃない。夜一の考えていることは百はわからなくとも、半分はわかっているつもりだ。だがそれでも夜一が俺のことを好きだなんてことはわからなかった。
いや、もしかしたら全て笠原先輩の嘘かもしれない。
そもそもあの日が初対面だったはずの笠原先輩がどうして一目見ただけの夜一が俺のことを好きだなんてわかると言えるのだろうか。否。そんなはずはない。なぜなら親友である俺が見抜けなかったものをぽっと出の人間が見抜けるとは到底思えないからだ。
ではそうなってくると、なぜ笠原先輩はわざわざ俺にそんな嘘を伝えるために土曜日という学生にとって貴重な時間を俺に使ったのだろうか。笠原先輩のことはスタイリストを目指していること以外に知っている情報がない。
どれだけ考えても、ストンと納得の行く答えに行き着くことはできなかった。
チャイムが鳴り響き、それとほぼ同時に担任である犬養先生が教室に入ってきたため、夜一とは一時離れることになった。
変に会話を続けてもボロが出てしまいそうだったため、正直ありがたい。
安堵のためか、小さくため息を吐く俺を夜一に見られてしまっていたが、まぁなんとかなるだろう。
▽▽
「で? 本当は何があったわけ?」
昼休みに俺を屋上で問い詰めているのは夜一である。
普段なら寒いと言って屋上まで付いてくることはほとんどないのだが、今日に限っては俺の様子がどうしても気になったのか、あの広げればストールにもなる大きなマフラーを何重にも首に巻きつけて、屋上までついてきたのだ。
口を開けば寒い寒いとしか言わないが、「たまには屋上もいいな」なんて言いながらお弁当を広げている。
俺は多少の気まずさを感じながらも、夜一とは毎回昼食を一緒にとるわけでもないため、たまにはこんな日があってもいいのかもしれない、なんて思いながら夜一の目の前に腰を下ろして、コンビニのビニール袋を広げる。袋の中身はコンビニの値引きシールが三重にも貼られた総菜パンで、店頭に並べていい時間が近づき、いくら値下げを試みても結局誰にも買われることのなかったパン達である。
賞味期限が切れていたとしても、そんなことを気にする俺ではないのでこれで大満足だ。
そんな総菜パンを一口で半分以上も口に含んだところで、夜一からの尋問がスタートした。
「ほ、ホントに何も無いよ。大丈夫だって!」
「……俺には言えないようなこと?」
そんな聴き方はずるいのでは無いだろうか?
何か特別悪いことをしているわけではないのだが、これでは俺が夜一に悪いことをして、その理由を夜一が悲しい表情を作りながら聴きだしているように見える。
第三者視点から見れば、俺だけが悪者であるかのような状況だ。
「いや、そんなんじゃなくて……」
そういうしかない。
言えるわけがないのだ。笠原先輩から夜一が俺のことが好きだって聞いたなんてことは。それを告げた瞬間に親友関係が終了してしまうことは俺でもわかる。
もし仮に本当に夜一が俺のことを好きだったとしよう。その場合夜一がどんな反応をするか。「いやいや、何言ってんだよ」とごまかすかもしれないし、「どうして気づいたの? 気持ち悪いだろ? ごめんな」と自分を卑下するかもしれないし、そのまま親友では居られなくなるかもしれない。逆に「それあの先輩に言われたわけ?」と機嫌を悪くして二年生の教室まで乗り込みに行くかもしれない。いや、夜一はそんなことをするような人間ではないことは知っているが、俺の知らない夜一がまだ居るのかもしれない。
「そうなんじゃなくて、何?」
夜一の語気が強くなるのを感じる。
おそらく自分に隠し事のようなことをされているのが気に食わないのか、途端に不機嫌になる夜一に俺はどんな言葉を返せばいいかがわからない。
そんな俺に何か察しがついたのか、呆れたのかはわからないが、次に口を開いたのは俺ではなく夜一の方であった。
「別に隠し事があってもいいけどさ、それは俺との関係性にヒビを入れるようなことなわけ?」
お弁当から綺麗に焼き目のついた卵焼きを持ちながら、それを口にいれることはなく、その状態のまま俺に語りかける。
その玉子焼きは徐々に力が加わっていき、箸で綺麗に真っ二つに割かれて音を立てることなくお弁当箱へと落ちていく。
正直に言うべきなのかもしれない。
こんなことで夜一との関係性を壊したくはない。
俺は夜一と遊びたくてコンビニでアルバイトをしているし、夜一が行くからという理由でこの加納高等学校を選んだくらいには、俺の行動は夜一を中心に回っている。
理由なんてそれだけで十分だろう。
「夜一とはずっと仲良くありたい」
「仲良く、ね。俺もそう思ってるよ」
「…………夜一は俺のこと、ど、どう思ってる?」
沈黙が流れる。
瞬きをする音が聞こえるのではないかと思うほどの静寂だ。
俺はまた発言を間違ってしまったのだろうか。
しかし直接聞く以外の方法を俺は思いつかなかった。
数秒間のようにも思えるし、数分間のようにも思える沈黙は夜一によって破られた。
「……そういうことね。…………それでいつもと様子が違ったんだ」
「……」
「あの先輩に何言われたの?」
「本当なのか?」
「何を言われたんだよ?」
「……好きだって言われた」
俺は今とんでもないことを口にした気がする。
そしてとんでもなく勘違いを生んでしまうようなことを言ってしまった気がする。
今日の俺はいつも通りではなかったから、いつもならしないようなコトを口にしてしまったのかもしれない。
自分自身の心拍数が上がっていくのがわかる。
すぐに今の発言を撤回しなくてはならない。しかし俺の口は動かなかった。
「好きだって言われた……か。なんて返事をしたんだ?」
「えっと、その、違くて……だから、その……」
すぐに訂正するべきだとわかっている。
わかっているのだが、どうしても言葉が見つからない。
やはり勉強は必要なのだとこのとき感じた。俺に学があればもっとうまい言葉の言い回しが咄嗟な状況であっても出てきていたかもしれない。
しかし今はそんなコトを考えている場合ではない。
今自分が考えうる言葉で、ちゃんと説明を夜一にする必要がある。
「笠原先輩から、好きだって言われたわけじゃなくて。その……笠原先輩曰く、夜一が、俺のことが好きだって、言ってて……。だから、その、えっと、もし仮にそれが本当だったら、どうしたらいいかが、わからなくて……」
言葉に詰まりすぎている自覚はある。
それでも自分の言葉で伝えたことに意味があると思いたい。
「好きだよ」
夜一からのその言葉に俺は顔を上げた。
そして夜一の顔をただただ眺めることしかできなかった。
「好きだよ」
再度告げられたその言葉を告げた夜一はしっかりと俺の目を見ていた。
笠原先輩に言われた「目は口ほどに物を言う」という言葉がここで生きてきたと思う。夜一は嘘など付いていない。真剣に俺を想ってくれているのが伝わってくる。
返事をしなくてはならない。
夜一が自分の想いを告げてくれたのだ。俺もそれに答えるのが礼儀だろう。
しかし俺の答えとはなんだろうか。
確かに俺は夜一のことが好きだ。夜一と遊びたいからアルバイトだってしているし、夜一がいるから加納高等学校を選んだ。これに嘘はない。
しかしこの俺の夜一に対する『好き』はどういう意味の『好き』なのだろうか。
この感情はラブではなく、ライクの好きであると、そう思っていた。
返事のできない俺に夜一はただ一言「ごめんな」とだけを静かに呟く。
「気持ち悪いだろ? 親友だと思ってたやつがずっと片思いしてただなんてさ」
続けざまに紡がれた夜一の言葉は、とても賛同出来るものではなかった。
先ほどまで口が動かなかった俺も、この発言には流石に自分の意思を伝える必要があった。
「そんなことない!」
短いが、それでも十分だったはずだ。
現に夜一は俺の言葉に合わせるように目を見開いたかと思えば、徐々に線のように細くなり、最後には笑ってみせた。
夜一の口が開き「ありがとう」とだけを伝える。
「前にさ、中学の時禄助のこと狙ってたやつがいるって話したの覚えてる?」
「うん、覚えてる」
「そのうちの一人が俺、なんだよね。禄助には悪いけど、他のやつが禄助に告白されないようにしてた。だから禄助は誰からも告白されることはなかったんだよ」
「……え?」
「禄助は気づいていないみたいだけど、本当にモテてたんだぜ?」
笑って見せる夜一に怒りなどという感情はわかなかった。
それよりも先に、どうして俺のことが好きなのかが気になってしょうがない。
しかし、それを聞くのは野暮な気がして聞くことができない。
そんな俺の表情を夜一はお弁当に落ちた真っ二つになった卵焼きのうちの一つを拾い上げ、口に放り込むと何度かの咀嚼後に水をグビッと胃に流し込むと、フフっと笑った。
「禄助は本当にわかりやすいんだって。どうせ俺が禄助のどこを好きになったとか考えてるんだろ?」
どうして分かるのだろうか。
これが親友である理由の一つなのかもしれないが、片思いを長年し続けた者のみが到達できる領域の一つなのかもしれない。
「そ、それを聞くのはマナー違反じゃないか?」
「でも知りたいんだろ?」
「ま、まぁ……。聞きたいです」
「自分の好きなものを好きだと言えるところと、それでいて俺みたいなありふれた苗字の人間にも仲良くしてくれて。そんな真っ直ぐなところかな」
「は、恥ずいって」
「まだ序盤も序盤だぞ?」
更に笑って見せる夜一に俺は罪悪感を覚えていた。
好きだと告げられているのに、その返事を出せないでいる自分に苛立ちも感じていた。
一息置いてから夜一はまた真剣な表情に戻り、自身の犯した罪を悔いながらも今から死刑執行される囚人のような低くもあり、それでいて落ち着きを感じさせないどこかふわつきのある声で俺に問いかける。
「これからも、親友でいさせてくれるか?」
「……当たり前だろが!」
「…………ありがとう」
夜一の声は震えていた。
いつも通り太陽が昇りきる前に目が覚めた俺は、寒いと感じながらも少しだけ厚めで作られている白の半袖Tシャツに黒のボクサーパンツだけという真夏の部屋着を彷彿とさせる格好の状態で洗面所へと向かう。
そしていつも通り冷たい水で顔を洗った後、枕カバーとして使っていたマフラータオルで顔を拭う。そのままリビングに行き、両親に挨拶をしてから用意されている朝食を食べる。
食べ終えると片付けをして、自室に戻り学校へ行く準備をする。
いつもの時間に家を出て、そしていつもと同じ時間に学校に着く。
そういつも通り。
ここまでが俺のいつも通りだ。
そしてここからはいつも通りではない。
「おはよー禄助」
「お、おはよう」
夜一からのいつも通りの挨拶に俺は、少しぎこちない返事をしてしまう。
あの日笠原先輩から告げられた言葉が頭を何重にも往復しては、俺の思考を掻き乱す。「彼は禄助くんのことが好きだよ」が呪いのように纏い、まるで俺の行動を制限しているようだ。
「どした? ハライタか?」
そんな俺の些細な変化に気づいた夜一は心配そうに近寄り、何かあったのではないかと問いかけてくる。その問いかけにはユーモアが含まれており腹が痛いのか? と俺が健康体であることを知ったうえでのものであった。
それに対し俺は「なんでもねーよ」と何かがある表情をしたまま返事をしてしまう。
土曜日に笠原先輩から言われたばかりである『目は口程に物を言う』を速攻で発動させてしまったことで、余計に夜一が心配をしてきた。
「マジで大丈夫か? もしかして土曜日……あいつに何かされたのか?」
「え? あいつ?」
「あいつだよ! ほら、禄助のバイト先が一緒の先輩で……」
「あ、ああ、笠原先輩ね! 大丈夫! マジで何にも無いよ」
「……土曜日、なにしたの?」
「え、ど、土曜日? ふ、フツーだったよ?」
「普通?」
「そ、そう! 服を見に行って、そのあとカフェで話して解散って感じ! マジでそんだけ!」
無駄に普通であることを強調し過ぎてしまっただろうか? かえって不自然になってしまったかもしれない。それはきっと夜一も感づいているに違いないが、それ以上の追及はしてこなかった。
夜一は「ふーん」とあくまで表面上は納得をしたような感じを醸し出していたが、絶対に納得していないと俺はわかる。
伊達に中学生から親友をやっているわけじゃない。夜一の考えていることは百はわからなくとも、半分はわかっているつもりだ。だがそれでも夜一が俺のことを好きだなんてことはわからなかった。
いや、もしかしたら全て笠原先輩の嘘かもしれない。
そもそもあの日が初対面だったはずの笠原先輩がどうして一目見ただけの夜一が俺のことを好きだなんてわかると言えるのだろうか。否。そんなはずはない。なぜなら親友である俺が見抜けなかったものをぽっと出の人間が見抜けるとは到底思えないからだ。
ではそうなってくると、なぜ笠原先輩はわざわざ俺にそんな嘘を伝えるために土曜日という学生にとって貴重な時間を俺に使ったのだろうか。笠原先輩のことはスタイリストを目指していること以外に知っている情報がない。
どれだけ考えても、ストンと納得の行く答えに行き着くことはできなかった。
チャイムが鳴り響き、それとほぼ同時に担任である犬養先生が教室に入ってきたため、夜一とは一時離れることになった。
変に会話を続けてもボロが出てしまいそうだったため、正直ありがたい。
安堵のためか、小さくため息を吐く俺を夜一に見られてしまっていたが、まぁなんとかなるだろう。
▽▽
「で? 本当は何があったわけ?」
昼休みに俺を屋上で問い詰めているのは夜一である。
普段なら寒いと言って屋上まで付いてくることはほとんどないのだが、今日に限っては俺の様子がどうしても気になったのか、あの広げればストールにもなる大きなマフラーを何重にも首に巻きつけて、屋上までついてきたのだ。
口を開けば寒い寒いとしか言わないが、「たまには屋上もいいな」なんて言いながらお弁当を広げている。
俺は多少の気まずさを感じながらも、夜一とは毎回昼食を一緒にとるわけでもないため、たまにはこんな日があってもいいのかもしれない、なんて思いながら夜一の目の前に腰を下ろして、コンビニのビニール袋を広げる。袋の中身はコンビニの値引きシールが三重にも貼られた総菜パンで、店頭に並べていい時間が近づき、いくら値下げを試みても結局誰にも買われることのなかったパン達である。
賞味期限が切れていたとしても、そんなことを気にする俺ではないのでこれで大満足だ。
そんな総菜パンを一口で半分以上も口に含んだところで、夜一からの尋問がスタートした。
「ほ、ホントに何も無いよ。大丈夫だって!」
「……俺には言えないようなこと?」
そんな聴き方はずるいのでは無いだろうか?
何か特別悪いことをしているわけではないのだが、これでは俺が夜一に悪いことをして、その理由を夜一が悲しい表情を作りながら聴きだしているように見える。
第三者視点から見れば、俺だけが悪者であるかのような状況だ。
「いや、そんなんじゃなくて……」
そういうしかない。
言えるわけがないのだ。笠原先輩から夜一が俺のことが好きだって聞いたなんてことは。それを告げた瞬間に親友関係が終了してしまうことは俺でもわかる。
もし仮に本当に夜一が俺のことを好きだったとしよう。その場合夜一がどんな反応をするか。「いやいや、何言ってんだよ」とごまかすかもしれないし、「どうして気づいたの? 気持ち悪いだろ? ごめんな」と自分を卑下するかもしれないし、そのまま親友では居られなくなるかもしれない。逆に「それあの先輩に言われたわけ?」と機嫌を悪くして二年生の教室まで乗り込みに行くかもしれない。いや、夜一はそんなことをするような人間ではないことは知っているが、俺の知らない夜一がまだ居るのかもしれない。
「そうなんじゃなくて、何?」
夜一の語気が強くなるのを感じる。
おそらく自分に隠し事のようなことをされているのが気に食わないのか、途端に不機嫌になる夜一に俺はどんな言葉を返せばいいかがわからない。
そんな俺に何か察しがついたのか、呆れたのかはわからないが、次に口を開いたのは俺ではなく夜一の方であった。
「別に隠し事があってもいいけどさ、それは俺との関係性にヒビを入れるようなことなわけ?」
お弁当から綺麗に焼き目のついた卵焼きを持ちながら、それを口にいれることはなく、その状態のまま俺に語りかける。
その玉子焼きは徐々に力が加わっていき、箸で綺麗に真っ二つに割かれて音を立てることなくお弁当箱へと落ちていく。
正直に言うべきなのかもしれない。
こんなことで夜一との関係性を壊したくはない。
俺は夜一と遊びたくてコンビニでアルバイトをしているし、夜一が行くからという理由でこの加納高等学校を選んだくらいには、俺の行動は夜一を中心に回っている。
理由なんてそれだけで十分だろう。
「夜一とはずっと仲良くありたい」
「仲良く、ね。俺もそう思ってるよ」
「…………夜一は俺のこと、ど、どう思ってる?」
沈黙が流れる。
瞬きをする音が聞こえるのではないかと思うほどの静寂だ。
俺はまた発言を間違ってしまったのだろうか。
しかし直接聞く以外の方法を俺は思いつかなかった。
数秒間のようにも思えるし、数分間のようにも思える沈黙は夜一によって破られた。
「……そういうことね。…………それでいつもと様子が違ったんだ」
「……」
「あの先輩に何言われたの?」
「本当なのか?」
「何を言われたんだよ?」
「……好きだって言われた」
俺は今とんでもないことを口にした気がする。
そしてとんでもなく勘違いを生んでしまうようなことを言ってしまった気がする。
今日の俺はいつも通りではなかったから、いつもならしないようなコトを口にしてしまったのかもしれない。
自分自身の心拍数が上がっていくのがわかる。
すぐに今の発言を撤回しなくてはならない。しかし俺の口は動かなかった。
「好きだって言われた……か。なんて返事をしたんだ?」
「えっと、その、違くて……だから、その……」
すぐに訂正するべきだとわかっている。
わかっているのだが、どうしても言葉が見つからない。
やはり勉強は必要なのだとこのとき感じた。俺に学があればもっとうまい言葉の言い回しが咄嗟な状況であっても出てきていたかもしれない。
しかし今はそんなコトを考えている場合ではない。
今自分が考えうる言葉で、ちゃんと説明を夜一にする必要がある。
「笠原先輩から、好きだって言われたわけじゃなくて。その……笠原先輩曰く、夜一が、俺のことが好きだって、言ってて……。だから、その、えっと、もし仮にそれが本当だったら、どうしたらいいかが、わからなくて……」
言葉に詰まりすぎている自覚はある。
それでも自分の言葉で伝えたことに意味があると思いたい。
「好きだよ」
夜一からのその言葉に俺は顔を上げた。
そして夜一の顔をただただ眺めることしかできなかった。
「好きだよ」
再度告げられたその言葉を告げた夜一はしっかりと俺の目を見ていた。
笠原先輩に言われた「目は口ほどに物を言う」という言葉がここで生きてきたと思う。夜一は嘘など付いていない。真剣に俺を想ってくれているのが伝わってくる。
返事をしなくてはならない。
夜一が自分の想いを告げてくれたのだ。俺もそれに答えるのが礼儀だろう。
しかし俺の答えとはなんだろうか。
確かに俺は夜一のことが好きだ。夜一と遊びたいからアルバイトだってしているし、夜一がいるから加納高等学校を選んだ。これに嘘はない。
しかしこの俺の夜一に対する『好き』はどういう意味の『好き』なのだろうか。
この感情はラブではなく、ライクの好きであると、そう思っていた。
返事のできない俺に夜一はただ一言「ごめんな」とだけを静かに呟く。
「気持ち悪いだろ? 親友だと思ってたやつがずっと片思いしてただなんてさ」
続けざまに紡がれた夜一の言葉は、とても賛同出来るものではなかった。
先ほどまで口が動かなかった俺も、この発言には流石に自分の意思を伝える必要があった。
「そんなことない!」
短いが、それでも十分だったはずだ。
現に夜一は俺の言葉に合わせるように目を見開いたかと思えば、徐々に線のように細くなり、最後には笑ってみせた。
夜一の口が開き「ありがとう」とだけを伝える。
「前にさ、中学の時禄助のこと狙ってたやつがいるって話したの覚えてる?」
「うん、覚えてる」
「そのうちの一人が俺、なんだよね。禄助には悪いけど、他のやつが禄助に告白されないようにしてた。だから禄助は誰からも告白されることはなかったんだよ」
「……え?」
「禄助は気づいていないみたいだけど、本当にモテてたんだぜ?」
笑って見せる夜一に怒りなどという感情はわかなかった。
それよりも先に、どうして俺のことが好きなのかが気になってしょうがない。
しかし、それを聞くのは野暮な気がして聞くことができない。
そんな俺の表情を夜一はお弁当に落ちた真っ二つになった卵焼きのうちの一つを拾い上げ、口に放り込むと何度かの咀嚼後に水をグビッと胃に流し込むと、フフっと笑った。
「禄助は本当にわかりやすいんだって。どうせ俺が禄助のどこを好きになったとか考えてるんだろ?」
どうして分かるのだろうか。
これが親友である理由の一つなのかもしれないが、片思いを長年し続けた者のみが到達できる領域の一つなのかもしれない。
「そ、それを聞くのはマナー違反じゃないか?」
「でも知りたいんだろ?」
「ま、まぁ……。聞きたいです」
「自分の好きなものを好きだと言えるところと、それでいて俺みたいなありふれた苗字の人間にも仲良くしてくれて。そんな真っ直ぐなところかな」
「は、恥ずいって」
「まだ序盤も序盤だぞ?」
更に笑って見せる夜一に俺は罪悪感を覚えていた。
好きだと告げられているのに、その返事を出せないでいる自分に苛立ちも感じていた。
一息置いてから夜一はまた真剣な表情に戻り、自身の犯した罪を悔いながらも今から死刑執行される囚人のような低くもあり、それでいて落ち着きを感じさせないどこかふわつきのある声で俺に問いかける。
「これからも、親友でいさせてくれるか?」
「……当たり前だろが!」
「…………ありがとう」
夜一の声は震えていた。



