【短編】百年先へ、春を結ぶ~神狼のご当主様との契約結婚~

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 神契の儀から幾つもの夜と朝が繰り返された。
 季節は夏を迎え、若葉は青々と茂り、深みを増している。
 詩季は少しずつ若永家での暮らしにも、慣れていった。
 朝は夜明けとともに身支度を整え、柔一朗とともに神域へ入り、ご神木へ朝の祈りを奉げる。
 その後、二人で屋敷の居間で朝餉を囲むのが日課だった。
 食卓に並ぶのは旬の食材が使われた御膳と、静かな時間ばかり。

「いただきます」
「――ああ」

 詩季が手を合わせると、柔一朗も一言だけ応じる。
 夫婦とはいえ、柔一朗と交わす言葉は、それだけの日も珍しくなかった。
 朝餉を終えれば、柔一朗は社殿へ向かう。
 神事を執り行い、参拝者を迎え、若永家当主としての務めを果たすのに忙しく、日中はほとんど屋敷へ戻らない。
 一方、詩季は神官や巫女から神事を学び、空いた時間には女中たちの手伝いをするようになっていた。

「詩季様。それは私どもがいたします」
「いえ、私にも出来ることがあれば、お手伝いさせてください」

 最初は遠慮していた女中たちも、今では仕事を詩季にわけて一緒に行ってくれた。
 神契の花嫁とはいえ、偉ぶることも気取ることもなく分け隔てのない詩季に、若永家の屋敷の空気も少しずつ和らいでいく。
 詩季には専用の部屋が用意されており、柔一朗とは寝床も別だった。
 柔一朗と詩季が顔を合わせるのは朝だけ。
 夫婦とはいえ身体の接触はおろか会話も乏しく、形式的な神事をこなすのみだった。
 詩季は柔一朗に自分から話しかけていいのかわからず、柔一朗は寡黙で滅多に口を開かない。
 柔一朗と会話の花が咲くことなどなかったが、詩季に不満はなかった。
 
(柔一朗様と私は契約だけの夫婦ですもの。こういうものなのだわ……)

 ある朝、本日も無言のまま柔一朗と朝餉を終えようとした頃だった。
 女中が居間へと入り、嬉しそうに頭を下げる。

「柔一朗様。今年も夏祭りの準備が始まりましたね」

 その言葉に柔一朗は目線を少し上昇させただけ。
 詩季は箸の動きを止めた。

「夏祭り……ですか……」

 窓の外では、瑞々しく陽光を浴びる木々の葉が、夏の訪れを告げるように風へ揺れていた。