【短編】百年先へ、春を結ぶ~神狼のご当主様との契約結婚~

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 豊穣祭を終えた頃には、山々の紅葉はいっそう深まっていた。
 朝の祈りを終えた詩季がいったん屋敷の自室へ戻り、朝餉の支度ができている居間へと向かおうとすると、女中が一通の手紙を手に待ってくる。
 
「詩季様、お手紙が届いております」
「ありがとうございます」

 詩季は手紙を受け取り、差出人を確認する。
 ――祖父母だった。
 早く朝餉の支度が整えられている居間に行かなければと思ったが、どうしても早く読みたくなる。

(少しだけ……)

 部屋へ戻り丁寧に封を開く。
 祖父母は変わらず元気に過ごしていること。
 今年も柿がたくさん実ったこと。
 庭の菊が見ごろを迎えたこと。
 詩季の近況を気遣いながらも、詩季なら大丈夫だと信頼してくれていること。
 祖父母の温かさが手紙から伝わってきた。

「良かった……」
 
 手紙を何度も読み返したかったが、柔一朗との朝餉が控えている。
 待たせるわけにはいかなかった。

(柔様にも、お話したいな……)

 そんな気持ちがうずうず、そわそわと詩季の胸の辺りを忙しなく行き交いながら、朝餉へと向かう。
 それは詩季の態度にも出ていたのだろう。

「――どうした?」

 朝餉も終盤に差し掛かった頃、柔一朗から声と目線の先が向けられる。
 
「……」

 はっと反射的に詩季は唇を閉じ合わせる。
 柔一朗に話そうかどうか迷っていた詩季は、柔一朗から尋ねられたことで(つか)えがとれたかのように、一気に気持ちが固まった。

「祖父母から手紙が届きました」

 表情の制御もできなくて詩季は伝えながら喜びが弾けたように破顔した。

「二人とも元気で、今年も柿がたくさん実ったそうです。庭の菊もきれいに咲いていると」
「そうか」

 柔一朗は詩季の嬉しさを受け止めるように頷いた。

「はい、安心しました」
「――良かったな」
「ありがとうございます、柔様」

 柔一朗のたった一言が祖父母の便りを一段と嬉しくさせる。
 
 更に幾日かが過ぎた。
 朝の空気はひときわ澄み渡り、冷ややかに頬を撫でる。
 ご神木の周りにも落葉が目立つようになっていた。
 詩季は朝の祈りを終えると、柔一朗と並んで石畳を歩く。
 もう、この帰り道も日課になっていた。

「柔様、今日は神官長に祝詞の意味を教えていただく予定なんです」
「――そうか」
「はい」

 短いやりとり。
 けれど、不思議と物足りなさを感じない。
 柔一朗の少し後ろを歩いていた詩季は、今ではどちらからともなく歩調を合わせ、隣を歩いている。

「秋が深まりましたね。もう葉っぱが落ちてきています」
「ああ。季節は早い」
「はい、私も初めてそう思いました」

 詩季が神契の花嫁になってから、毎日が新しいことばかりだった。
 神事を覚え、女中たちと家事を行い、神官長たちから学ぶ。
 最初は(さかき)の持ち方一つでさえ緊張していた詩季だったが、今では作法を身につけていた。
 そして、柔一朗と朝の神事を務め、朝餉を共にとることも。
 いつの間にか、それが詩季の日常になっていた。

 晩秋を迎える頃には、朝の空気は吐く息が白くなりそうなほど冷たくなっていた。
 ご神木で祈りを捧げた帰り道。
 境内では神官たちが軒先へ(すだれ)をしまい、冬を迎える支度を始めている。
 詩季は足を止めて、その様子を眺めた。

「もう冬支度をしているんですね」

 柔一朗も詩季に合わせて立ち止まってくれている。

「山は、直に雪が降る」

 その言葉に、詩季は空を見上げた。
 高く澄んだ空に、細く流れる雲。
 綿菓子のような入道雲と抜けるような青い空が眩しかった夏とは違う。

「神社も季節に合わせて、いろいろ変わりますね」
「ご神木も雪囲いはしないが、周りは整える」
「いつも、そうしているんですか?」
「ああ。毎年、変わらない」
「では、きっと来年もそうなんですね」

 詩季の何気ない一言に、一瞬だけ柔一朗が言葉に詰まっていた。

「――そうだな」
「私の生まれ育った村は、雪が降ることは滅多になかったので楽しみです」
「そうか」

 いつ雪が降るのだろうと、詩季は気持ちが先走りながら、柔一朗と再び歩みを進める。
 湯気の立つ朝餉が今日も二人を待っている。
 春から始まった一年は、ゆっくりと季節を巡り、また新しい季節へと歩み始めようとしていた。