有限の時を貴方様とともに〜化物姫は呪われた貴公子に寵愛される〜


「どうして、私を探してくださっていたのですか?」
「え?」
「父の娘というだけで、どうして……」
「叔父上は私にだけ娘がいると教えてくださいました。守ってくれという願いがあったのかもしれません。勝手な解釈かもしれませんが、敬愛する叔父上の忘れ形見であるあなたをお守りしたかったのです」
「私を……?」
「——なんて、格好つけたことを言いましたが、ただ叔父上との繋がりが欲しかっただけかもしれませんね」

 千輝は少しおどけて笑った。
 灰理は衝撃を受けていた。今まで両親以外に守りたいと言ってくれた人などいなかったからだ。

 髪色が違うというだけで白い目で見られ、不死だとわかると化物だと虐げられた。
 ずっと自分は生きていていいのかわからなかった。化物の自分を求めてくれる人など存在しないのだと思っていた。

「灰理さん、私とともに来ませんか」

 千輝は優しく手を差し伸べる。

「ここはあなたにとって安らげる場所ではないのでしょう?」
「……っ、いいのですか? 私は、化物なのに……」
「化物などではありません」

 千輝はそっとあかぎれだらけの灰理の手を握りしめる。

「あなたの持つ力は、父君から受け継いだ尊いものです」
「……っ、うぅ……っ」

 涙が止まらず、嗚咽を漏らして泣きじゃくった。
 ずっと自分が何者か知りたかった。大火事の中でも傷一つなく生き延びる自分は、やはり皆が言うように化物なのだろうか。
 否定したくても、否定できなかった。

 だがやっと否定してくれる人が現れた。自分は化物ではないとようやく思えたのだ。

 灰理が落ち着くのを待ってから、千輝はもう一度尋ねる。

「私と一緒に来ていただけますか。叔父上の大切な人をこのような場所に置いてはおけない」
「よろしくお願いします」

 灰理は深々と頭を下げる。

「どんなことでもいたします。雑用でもなんでもいたしますから、どうか私をおそばにおいてください」
「はは、ご冗談を。雑用なんてあり得ませんよ」

 楽しそうに笑った後、千輝は急に真顔になった。

「さて、ここからのお話が重要です。よく聞いていただけますか」
「は、はい」

 灰理は思わず姿勢を正す。

「先程も申し上げた通り、叔父上に子がいたと知っているのは私と後はここにいる優次郎のみです。つまり紫上院理人に隠し子がいたことは絶対的な機密事項になります」
「何故理人様は誰にもあんたの存在を口外しなかったかわかるか?」

 優次郎が口を挟む。千輝は「優次郎」と言ったが今度は無視した。

「瑛国議会を作った五瑛家の一つは紫上院家だ。紫上院は代々他の四家よりも強い瑛気を持ち、政治的影響も常に大きい。いわば瑛人の頂点に君臨している」
「そ、そうなのですか……」
「その紫上院においても理人様は特別だった。強大な瑛気を持ちながら、誰にでも平等でお優しい方だ。本来なら、理人様こそ当主に——」
「優次郎、それは今関係ない」

 優次郎は口調が熱くなっていたが、コホンと咳払いする。

「とにかく、それだけ尊いお方なんだ。あんたが理人様の娘だと知られたら面倒なことになる」
「今は私の父が当主ですが、当時は叔父上を当主に推す声もありました。叔父上に娘がいたと知れたら、今度はあなたをという声があるかもしれませんね」
「ええ!? そんな、私にはとても……!」
「その可能性もある、というだけです。現実的に考えると汚い権力者たちがこぞってあなたを嫁に、と言い出すかもしれません」
「要はいいように利用されかねないってことだ」

 あまりにも非現実的な話で灰理は上手く飲み込めなかった。
 化物姫と罵られ続けてきた自分には、到底起こり得ないと思っていた。

「ですから理人の娘とは口外せず、私の伴侶として迎え入れたい」
「は、はんりょ……?」
「それが一番安全だと思います」
「ま、待ってください。伴侶って、結婚するという意味ですか?」
「それ以外に何がある」

 優次郎が煩わしそうに吐き捨てる。
 灰理はひたすら「けっこん……」と呟きながら、あまりの衝撃で放心状態だった。

 結婚だなんて自分には一生無縁だと思っていたからだ。
 なのに突然結婚を提案され、頭が混乱しながらやっとのことで尋ねる。

「私と千輝様は親戚なのでしょう?」
「いとこ同士なんて昔からある。何も問題はない」
「ですが、千輝様のご迷惑になるのでは……」
「私は構いませんよ。むしろ助かります」

 千輝は平然と答える。

「社交界に出るたびに求婚をかわすのも面倒だと思っていましたから」
「そ、そうなのですか……? でも、私なんて」
「つべこべ言うな。腹括れ」

 優次郎にジロリと睨まれ、思わず灰理はびくりとする。

「あんたに拒否権があると思うなよ。できるかできないかじゃない、やるしかないんだ」
「すみません。口が悪くて礼儀もなってないやつですが、悪いやつじゃないんです」

 灰理はぐっと唇を真一文字に結び、姿勢を正す。

「とにかく、あなたを安全に迎え入れるための最善策なのです。どうかお願いします」
「……わ、わかりました」

 不安な気持ちが拭えないが、灰理は受け入れるほかなかった。
 改めて千輝を見ると、名前の通り輝くばかりの美しさで溜息が漏れ出そうになる。

 少し話しただけで、千輝が物腰柔らかく誠実な人柄だとわかる。特に理人の話をする時はとても優しそうに語ってくれる。
 高貴な身分でありながら灰理に敬語を使い、気遣う姿勢を常に感じる。

(このような方の伴侶なんて、私に務まるのかしら)

 だが優次郎に言われた通り、やるしかない。不安しかないが、腹を括るしかないのだ。

 帰り際、千輝は灰理に囁いた。

「優次郎は叔父上の弟子なんです」
「弟子ですか?」
「優次郎も治癒の瑛気を持ち、医者でもあります。叔父上を大層尊敬しており、子どもの頃は叔父上の取り合いをしたものです」

 千輝は懐かしそうに、どこか楽しそうに語る。

「優次郎はね、拗ねているのです」
「何故ですか?」
「自分には娘がいるなどと教えてくれなかった、とね」

 てっきり怖い人なのだと思っていたが、意外な一面に驚いた。

「どうか気を悪くなさらないでください」
「お気遣いありがとうございます」
「それでは、また」

 後日改めて挨拶を、と言って二人は帰って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。