有限の時を貴方様とともに〜化物姫は呪われた貴公子に寵愛される〜



 灰理はいまだに何が起こっているのかわからなかった。山小屋で暮らすようになって三年経つが、客人を招き入れたことなど初めてだ。

「すみません、お茶を用意すべきだと思いますがあいにく湯呑が一つしかなくて……」
「構いません。お気遣いありがとうございます」

 菖蒲色の瞳の男性は穏やかにそう言った。

「まずは自己紹介をさせてください。私の名は、紫上院(しじょういん)千輝(ちぎら)と申します。こちらは友人の紫倉(しくら)優次郎(ゆうじろう)
「紫倉です。よろしく」
「わ、私は黒須灰理と申します」

 灰理はドギマギしながら頭を下げる。

「灰理さん、とおっしゃるのですか。素敵なお名前ですね」
「えっ、あっ、いえ……」

 晶穂や史乃にはドブネズミと罵られた名前を褒められ、戸惑いを隠せずあたふたしてしまう。

「灰理さん、ずっとお会いしたかった。やっとお会いできました」
「私に、ですか……?」
「ええ、あなたにです」

 千輝は感慨深げに何度も頷いていたが、灰理はわけがわからない。
 こんな自分にわざわざ会いに来るなんてこの人は何者なのだろう。灰理の脳内に疑問符がいくつも浮かび上がる。

「……千輝、感動に浸っていないで説明したらどうだ。困っているぞ」

 優次郎は呆れた表情で肩を竦める。

「ああ、そうだな。すまない、何から話していいものやら」
「紫上院様、とおっしゃいましたよね」
「千輝で構いません」
「えっと、それでは千輝様は何故私に会いたいと思ってくださったのでしょうか」
「あなたが私の大切な方のご令嬢だからです」
「え……?」

 ますます意味がわからず灰理は瞬きする。

「単刀直入にお尋ねします。あなたの父君は紫上院理人ではありませんか?」
「え? ええ……確かに父の名は理人です」

 思いがけず父の名が出て目を見開く。ただし姓は初耳だった。

「父の姓は存じ上げませんが……」
「やはりそうか」

 戸惑う灰理に千輝は頷く。

「紫上院理人は私の叔父です」
「えっ」
「叔父に娘がいると聞き、ずっと探していたのです」

 そう言って千輝は再び顔を綻ばせる。

「ようやく会えました」
「えっ、えっとつまり、あなたは父の親戚ということですか?」
「はい、あなたとはいとこになります」
「いとこ……」

 何だか不思議な気持ちだった。晶穂と史乃以外にいとこがいるとは想像もしていなかった。

(しかもこんなに美しい人が私と血が繋がっているの……?)

 にわかに信じがたく、何と反応して良いかわからない。
 すると今度は優次郎が口を開く。

「まどろっこしい話はやめにしよう。あんたが理人様の娘なら、治癒の瑛気(えいき)を持っているはずだ」
「えいき?」
「とぼけるな。理人様と同じ黄金色の髪が何よりの証拠だろう」
「確かに髪は父譲りですが、一体何のことか……」
「あんた、紫上院に逆らう気か?」
「優次郎」

 千輝は静かに優次郎を咎める。たった一言名前を呼んだだけだが、迫力があった。

「灰理さんは何も知らない。恐らく叔父上はご自分のことを話していなかったはずだ」

 優次郎は口をつぐむが、不機嫌そうに眉根を寄せていた。
 灰理はどうしていいかわからず、千輝と優次郎を交互に見つめる。

「申し訳ありません。どうか最初から説明させていただけますか」
「は、はあ……」
「まず灰理さん、あなたは怪我をしても一日で治るような経験はおありですか?」
「あ、あります」

 灰理は首を縦に振る。

「理由はわかりませんが、何故か昔から傷の治りが早いのです。最初は特に気にしていませんでしたが、だんだんと自分の異常さを自覚しました」
「それは、あなたが治癒の瑛気を持つからです」
「治癒の、えいき?」