成人を迎えた頃から父はそろそろお前も身を固めろと言って、定期的に開かれる夜会に何人もの貴族の令嬢を招待していた。
皆紫上院家の妻の座を狙い、獲物を狩る女豹のような令嬢が多い。
だが理人はまったくその気になれなかった。
それは左京の妻で義理の姉・千草に迫られていたことが起因している。
『理人様、私は本当は理人様の妻になりたかったの。どうか私の想いを受け入れて』
『やめてください、義姉上。兄上を裏切るなんてできません』
千草は侯爵家の令嬢で左京が見初めて結婚を申し込んだと思っていたが、どうもそうではないらしい。
『あの人は私なんてどうでもいいのよ。私は役目を果たすため、子どもを二人も産んだ。ねぇ、もういいでしょう? 愛しているのは理人様なの』
『おやめください!』
なるべく千草とは距離を置き、避けるようにした。
その後第二子出産後の肥立が良くなかった千草は亡くなった。
そのことが今でもトラウマとなり、女性と関わることに億劫になっていた。
しかし、野花と過ごす時間はとても楽しかった。
「王子様が迎えに来てくれたらいいのに、なんて。そんなおとぎ話みたいなこと、ありませんよね」
そんな夢みがちなところもかわいらしいなと思う。
理人の見た目や治癒の力も素直に受け入れてくれた。非瑛人で理人のことを知らないからこそ、彼女の前では自然体でいられる。
肩書きに左右されず、紫上院理人という一人の人間として存在できた。
野花にだけ感じる安らぎが愛に発展していくのに、そう時間はかからなかった。
「私が王子になってあなたを攫うと言ったら、共に来てくれますか? ——野花」
「はい……理人さんと一緒にいたいです」
人目を忍んでは逢瀬を重ねた。野花に触れるたびに彼女のことがもっと愛おしくなる。
身分違い、瑛人と非瑛人、さらに野花には婚約者がいる。様々な障壁を抱えながら、二人は禁断の恋に溺れてゆく。
「野花、愛してる」
「私もです」
秘密裏に愛を育んでゆく中で、野花は理人の子を身ごもった。
それをきっかけに正式に求婚し、二人は夫婦となる契りを交わした。
しかし——。
「理人、いい加減にお前も身を固めないか。何度も夜会を開いているだろう」
「いいえ父上、私には心に決めた女性がおります」
「それならば何故私の元に連れてまいらないのだ」
「それは……」
非瑛人であると知られたら、間違いなく引き裂かれる。
それどころか野花に忘却の瑛気をかけられるだろう。それだけは絶対に阻止しなければならない。
「いえません」
「どういうことだ、理人。まさかお前、変な女に入れ込んでいるのか!」
「そうではありません」
本当のことは言えないが、とにかく自分には結婚したい相手がいる。それだけで父が納得するはずもなく、大激怒だった。
「ふざけるな! お前は紫上院家の人間である自覚がないのか!」
「それでは……結婚は諦めます。ですが私はこの先誰とも一緒にはなりません」
左京には蘇芳と千輝という二人の息子がいるので跡取りには困らない。
幼少期から我儘を言わずに良き息子であろうと努力していた理人だが、こればかりは譲れなかった。
「すまない、野花。君とお腹の子を守るためなんだ」
「私は大丈夫です。実家とは縁を切りました」
「なっ、どうして……!」
「見知らぬ男との子を孕んだ娘などいらないと追い出されました。私も元よりそのつもりでしたから、これでいいのです」
「野花……」
「私はあなたとこの子がいたら、それだけで幸せですから」
理人は野花を強く抱きしめる。
「野花……! 絶対に迎えに行く。いつか家族三人で暮らそう」
「はいっ」
後に野花は女の子を出産した。産まれた子は灰理と名付けられ、理人が用意した家に野花と二人で住むことになった。
灰理は理人と同じ黄金色の髪を持って生まれた。
(まだどんな瑛気を持っているかわからないが、この子はいつか大変な思いをするかもしれない)
この時には野花に瑛気の存在、瑛気とは何たるかをすべて話していた。
「きっと灰理にも何かしらの力がある。それ故に苦労するかもしれない」
「大丈夫です。何があっても支えますし、理人さんと私の子ですもの。きっとどんな困難も乗り越えられますわ」
「ああ、きっとそうだね」
理人は時間のある限り二人に会いに行き、愛する家族との時間を過ごした。
日に日に成長していく灰理が愛おしくてたまらない。会えない時間も二人を想い、いつか三人で暮らせる日を夢みていた。
「でも、いつかきっと灰理と母さんを迎えに行くよ」
「ほんとうですか?」
「ああ、灰理に会わせたい子もいるんだ。それまでいい子で待っていてくれるかい?」
「はい! かいり、いいこにしています!」
「ありがとう」
結論からいって、その日が訪れることはなかったけれど——短くても家族と過ごした日々は生きてきた中で一番幸せなものだった。
理人が遺したものは、この先の未来へと繋がっていく。
fin.



