「普通に生まれたかった」
特別なものなんていらない、ただ“普通”の生活に憧れた。
優しい両親と暮らし、何気ない日常を過ごす。贅沢なんて必要ない、ありふれた日常こそが灰理が一番求めるものだ。
それが灰理にとって、一番程遠いものだから。
普通になれたら、こんな思いはしなかったはずなのに。
傷は一日もあればすぐに治るが、心の傷は増えていくばかり。父が病死したという手紙を読んでから、ずっと癒えない傷が増え続ける。
「私は一体何者なのだろう」
生前父がこんなことを言っていたのを思い出す。
『灰理はこれから人と違うことに思い悩む時がくる。灰理が今より大きくなったら、ちゃんと話すよ』
父は灰理の手を握りしめ、目を真っ直ぐ見て言った。
この時は髪色のことを言われているのだと思っていたが、違ったのかもしれない。
父は灰理の体の秘密を知っていたのかもしれない。
だが父にそれを聞くすべはない。
黒須家は父を異国人だと思っているようだが、実際のところはわからなかった。
*
ある日、山小屋の扉をトントンと叩く音がした。
いつもの金と食料を届けに来てくれたのかと思ったが、それは先日受け取ったばかりだと気づく。
(一体誰が?)
恐る恐る扉を開けてみると、目の前に立っていたのは背の高い男性だった。
白衣を着ており年は若そうだが、灰理よりは年上だろう。驚いたのは、彼の瞳が銀色だったことだ。
(珍しい瞳の色だわ……)
思わず声を失っていると、男性はジロジロと灰理を見つめる。
「不死の化物姫がいると聞いて訪ねてきたが、君のことか?」
不躾にそう言われて思わずビクリと身を震わせる。
「……多分私です」
小さな声で呟いた。
ふむ、と男性は頷くと誰かに向かって呼びかける。
「おい、いたぞ」
どうやらもう一人いたらしい。
「金色の髪だから間違いなさそうだが、確かめてくれないか」
白衣の男性の背後から現れた人物を見た時、一瞬時が止まったのかと思った。
その人物は、灰理が今まで出会った人間の誰よりも美しい容姿を持っていた。濡羽色の髪、整った目鼻立ち、何といっても彼の美しさを際立たせるのは菖蒲色の宝石のような瞳だ。
こんなにも神々しく美麗な男性を見たことがなかった。
あまりの美貌に言葉を発せずにいる灰理に、男性は形のいい薄い唇を開く。
「……やっと見つけた」
耳心地の良い低い声で呟く。
「ようやく見つけた。ずっとあなたを探していた」
「え……?」
「ずっとあなたにお会いしたかった」
男性は感激したような瞳で灰理を見つめる。輝くばかりの菖蒲色の瞳で見つめられ、思わずドクンと胸が高鳴る。
そんなことは有り得ないと思いつつ、王子様が迎えに来てくれたのだろうかと錯覚してしまった。



