ギィィという鈍い音がして、古びた鉄の扉が開く。
刑務官に連れられ、手錠をかけられた紫上院左京が現れる。
あんなにも威厳にあふれていた公爵の見る影もなく、髪も髭もボサボサだった。
目の下に隈ができており、頬は少しこけてやつれて見える。
千輝の目の前に座った左京は、徐に口を開く。
「体は、いいのか」
「ええ、おかげさまで」
常に厳格で尊大だった父親が、こんなにも小さく見えたのは初めてだった。
「……何から話したらいいか」
「叔父上を殺めたのは、父上なのですか」
「もうわかっているのだろう」
「父上の口から聞きたいのですっ」
千輝は左京の金色の目をじっと見つめる。
何があってもこの問題からは逃げない。
ようやく優次郎からの外出許可が出て、真っ先に向かったのは拘置所だった。
これから裁判にかけられるが、その前に左京自身の言葉で真実が知りたい。
どんな残酷な真実でも目を背けない覚悟で父と向き合っている。
「——私が、理人に毒を盛った」
覚悟をしていても、告げられた言葉は千輝の両肩に重くのしかかった。
思わず目を逸らしたくなったが、逸さなかった。
「私は理人が生まれてからずっと、理人に嫉妬していた」
生まれた時から黄金色の特別な髪を持つ理人は、周囲から大いに期待されていた。
左京とは十歳年が離れ、両親が年老いてから産まれた子どもだったこともあり大層可愛がられたという。
公爵家の嫡男だった左京は厳しく育てられたが、理人は愛情たっぷりに育てられた。
強大な治癒の瑛気を持っていたため、とても重宝された。
「対して私の瑛気は腐食——あらゆる物を腐らせ、生命力を奪う。使いこなせるようになるまでは危険だからと、幼少期は母に会わせてもらえなかった」
孤独な幼少期を過ごした左京にとって、親から愛情を注がれる弟が羨ましくてたまらなかった。
親からの愛情、期待、人を救う瑛気と特別な髪。理人は左京の欲しいものをすべて持っていた。
「妬む気持ちもあったが、弟としてかわいいと思う気持ちもあったんだ。理人は私の気持ちなんか知らず、兄として慕ってくれていたから」
弟を妬む気持ちと愛おしむ気持ち。相反する感情の板挟みに葛藤しながらも、左京は次期公爵として研鑽していた。
だが前公爵が倒れた際、次代に相応しいのは嫡男の左京ではなく理人だという声があった。
理人はまだ若かったが既に治癒の瑛気で何百人もの命を救い、救世主と呼ばれていた。
そんな彼こそが次期公爵になるべきだという声がいくつも挙がった。
しかし理人は首を横に振る。
『私のような若輩者には務まりません。私は兄上をお支えできればそれでいいのです』
理人は瑛国議会には入らず、医者になった。
それは公爵家の後継を辞退したも同然だった。
「理人は私に気を遣った。それが惨めで仕方なかった」
程なく息を引き取った前公爵に代わり、左京は当主となる。
それからの左京は自分が当主になって相応しいと周囲に思わせるため、必死だった。
弟に爵位を譲られた実力不足の公爵だと思われたくなかったためだ。
腐食の瑛気を持っていたこともあり、左京は誰もが恐れる公爵となった。
触れたものを一瞬で腐らせ、生命力を奪う。
逆らったら殺される、そんな噂が蔓延るようになった。
「実際かなり強引なやり方で反発する者をねじ伏せてきたからな。恨みも買うようになり、私を失脚させようとする派閥ができた」
反逆派をねじ伏せるのは造作もないことだが、反逆派が理人を公爵に押し上げようとしていると知った時、内に封じ込めていた嫉妬心がむき出しになった。
己のやり方が強引すぎた自覚はあるが、それでも左京なりに必死にやってきた。
何とか紫上院の当主と認めてもらいたくて、色んなものを犠牲にしてきた。
だがそれでも尚、人々が求めているのは理人。
何をしても理人には勝てない。
「お前の母親も、本当は理人を愛していたのだ」
「え……?」
「理人に想いを寄せていたのを知っていたから、私から強引に縁談を持ちかけて結婚した」
千輝の母、千草は侯爵家の娘だった。理人に会うために紫上院の本邸に通い、それを知った左京が自分との縁談を申し出た。
紫上院との縁談を断れるはずもなく、千草は左京との政略結婚を受け入れた。
それでも心はずっと理人のものだった。
「母上と、叔父上に関係が……?」
「いや、理人は何度迫られても拒んでいた。兄を裏切れないとな」
「そう、ですか……」
「千草は最期まで、自分の想いを知りながら結婚させた私を恨んで死んでいった」
理人から奪いたくて持ちかけた縁談だったが、結局千草の一方的な片想いだった上に最後まで左京に振り向くことはなかった。
「お前もそうだろう? 私よりも理人に懐いていたではないか」
「それは……父上に嫌われていると思っていたからです」
「違う、そうじゃない。なのに私は、すべてを間違えていたのだな……」
親の愛情も妻の愛情も子の愛情も、人々からの信頼もすべて自分のものにする理人が憎い。
妬み嫉みはいつしか、憎しみへと変貌していく。
理人が生きている限り、自分の居場所はない——。
「だから、毒を盛って殺したのですか?」
「そうだ」
「叔父上はっ、心から父上を慕っていたのに……っ」
「だから、憎かったのだ」



