* * *
灰理は花畑の上に立っていた。
「ここは……知っている」
まだ父が存命だった頃、家族三人で訪れた花畑だ。理人にたんぽぽの花冠を編んでもらった。
赤、黄色、桃色、白といった様々な色の花が咲き誇り、まるで美しい絨毯の上に立っているようだ。
『灰理』
ハッとして振り向くと、背後に立っていたのは理人だった。黄金色の美しい髪を靡かせ、優しい笑みをたたえて灰理を見つめている。
「お父様!」
灰理はくしゃりと顔を歪ませ、走って父の懐に飛び込む。
温かいぬくもりと優しい木の匂いは大好きな父のものだ。
「お父様、お会いしたかった……」
『私もだよ』
理人は優しく灰理の頭を撫でる。
『大きくなったね、灰理。こんなに綺麗にもなって』
「お父様、私……っ」
『そして、よく頑張った』
「……っ」
灰理は理人にしがみついて嗚咽を漏らしていたが、急にハッとして顔を上げる。
「お父様! 千輝様が、千輝様が……っ」
『灰理』
「千輝様はっ、ご無事なのでしょうか……!」
『灰理、落ち着いて』
興奮状態に陥りそうになる灰理の目を真っ直ぐ見て、理人は指で灰理の涙を拭い取る。
『灰理は千輝を大切に想っているんだね』
「……はい」
『そうかそうか。嬉しいなぁ』
理人は顔を綻ばせ、うんうんと頷いていた。
『灰理、その想いを千輝に直接伝えてあげてほしい』
「お父様……」
『私はこれからもずっと、灰理のことも千輝のことも——』
「お父様!」
強い風が吹いたかと思うと、花びらが舞い上がった。理人の言葉は風に紛れてよく聞こえなかった。
ハッとして気がつくと、灰理の目の前にあったのは白い天井だった。
「おとうさま……?」
「灰理様!」
ドタバタという足音が聞こえたかと思うと、くしゃくしゃに顔を歪ませた抄子が顔を覗き込む。
「目を覚まされたのですね……!」
「抄子……」
「よかった……! 今紫倉先生を呼んでまいります」
抄子は目を真っ赤にさせたまま、「紫倉先生ぇ!」と廊下中に響き渡る声で駆けていった。
灰理は起き上がり、きょろきょろと周囲を見回す。そこは別邸の灰理の部屋だった。
「あれは、夢……?」
頬に触れると一筋の涙が伝っていたことに気づく。
自分はどれくらい眠っていたのだろう。起き上がろうとするが、足がふらついて上手く立てず思いきり柱に膝をぶつけてしまった。
「いったぁ……」
打ちどころが悪く、膝にじんわりと血が滲む。
まあこの程度はすぐに治るだろうと思ったが、血は止まらない。決して深い傷ではないが、いつものように瞬時に完治はしなかった。
(治りが遅くなってる……?)



