「!? 勢いが増した?」
一方的に押していた水流がわずかに押し戻され、ひび割れていた壁が徐々に塞がっていく。
(違う、私がすべきことはそうじゃない)
千輝の脳裏に、つい先ほど腕の中で意識を失った灰理の顔が浮かんだ。
直道と優次郎がついているとはいえ、千輝を倒したのちに蘇芳は再び灰理を狙うかもしれない。
宿命に抗おうとして蘇芳を倒すのでは、結局宿命に負けている。
己のすべきことは、灰理を守り抜くこと。
そう思ったら立っているのもやっとのはずなのに、なけなしの力が湧いてくる。
「貴様っ、まだそんな力が残っているというのか……!」
顔を真っ赤にさせて蘇芳も抵抗するが、千輝は一歩も退かない。
(……ああ、昔叔父上が言っていたな)
つらい時や苦しい時、大好きな家族を思い浮かべるのだと。
それを聞いた幼い千輝は自分もその家族の中に含まれているのかと尋ね、そうだよと答えてくれて喜んでいた。
だが理人の言っていた家族とは、妻と娘のことだったのだろうと今ならわかる。
こんな時なのにというべきか、こんな時だからこそというべきか。瞼の裏に灰理の笑顔が浮かび上がる。
遠慮がちに微笑む灰理、口を開けて楽しそうに笑う灰理、千輝を見つめて少しだけ恥ずかしそうにはにかむ灰理。
そのすべてがかわいらしくて、愛おしくてたまらない。
そして彼女の笑顔を思い返すたび、力が湧いてくる。
(灰理を守り抜けるのなら、この命がどうなろうとも——)
千輝は震える足に力を込めた。
光の壁がさらに眩い輝きを放ち、水流をグングンと押し返していく。
「馬鹿な……! その体で、まだこれだけの力を……!」
蘇芳が顔を歪め水流をさらに強めると、千輝の全身に激痛が走る。
「ぐ……っ」
「無駄な足掻きを! とっとと死ね!」
「……しんでも、まもる」
限界などとっくに超えているが、それでも構わない。
灰理を守るために、全身全霊を込めて解放した。
光の壁は巨大な輝きを放ち、爆発的な光となってすべてを押し返した。
「うっ、うわああああっ」
視界を白く塗り潰すほどの閃光に耐えきれず、蘇芳は叫び声をあげる。
次の瞬間、轟音とともに光の衝撃波が水流を丸ごと吹き飛ばした。
大量の水が四方へ弾け、古びた壁や床を激しく叩く。
「ぐああああっ!」
蘇芳の体もまた凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされ、木壁へ叩きつけられた。
「っ、今だ!」
その声と同時に、外で待機していた警官たちが一斉に雪崩れ込んでくる。
床に倒れた蘇芳は尚も立ち上がろうともがいた。
「はっ、離せ! なんだ貴様らっ」
「殺人未遂及び誘拐監禁の現行犯で逮捕する」
「俺を誰だと思っているっ」
「連れて行け」
警官は粛々と蘇芳を取り押さえ、その腕に瑛人専用の手錠をかける。手錠には瑛気を無効化する薬が染み込むようになっており、これを嵌められた瞬間から瑛気は使えなくなる。
連行される間も蘇芳は喚き散らしていた。
「ふざけるな! 紫上院に楯突いたらどうなるかわかっているのか!?」
「蘇芳」
「なっ、父上……!?」
警官隊をかき分け、現れたのは左京だった。
「父上! 早くこの者たちをどうにかしてくださいっ」
「いや、私が許可をした」
「は……?」
「お前の罪を、見逃すわけにはいかん」
「なにをいっているのですか……?」
真っ赤な顔で怒鳴っていた蘇芳だが、急に力をなくし真っ白になる。
「俺はあなたと同じことをしただけですよ!? 当主になるために、紫上院を継ぐために……邪魔な弟を排除しようとしただけだ! あなたもそうでしょう!? 父上!」
叫び続ける蘇芳を拘束しながら、警官たちはあきらかに動揺したようにざわついていた。
左京は静かに受け止め、目を伏せる。
「……お前がそのようになったのも、私の罪だな」
そういって左京は隣にいた指揮官である警官に向き直る。
「私には告白すべき罪がある。私も息子とともに連れて行ってくれないか」
指揮官は言葉を詰まらせていたが、左京が両腕を前に出したのを見て徐に手錠を嵌めた。
「……詳しい話は署の方で」
「ああ」
「待て! 何故ですか父上! 俺は悪くないっ!」
蘇芳は暴れ回り、喚き続けた。だが瑛気を封じられた蘇芳に抵抗する術はなく、そのまま連行された。
左京は千輝を一瞥し、言葉をかけることなくその後に続く。
千輝はその姿を霞む視界で見届けた。
「っ、ちちうえ……」
もう声を出すことさえ苦しい。
「……っ」
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「千輝様!」
誰かが叫び、歩み寄る足音が聞こえたがそれさえも遠くに感じる。
(灰理、どうか無事で……)
そう祈ったのを最後に、千輝の意識は途絶えた。



