だが灰理が十五歳になり、この生活は意外な形で変わる。
ある日、理不尽な理由で納屋に閉じ込められていた時だった。何やら無性に暑いと思って納屋の窓から覗くと、窓の向こう側は火の海だった。
驚いた灰理は急いで外に出ようとしたが、鍵がかかっていて開けられない。
『開けて! 助けてください!』
灰理は必死に助けを呼んだが、誰も来ない。そのうちに火の手が納屋にも回った。暑くて息苦しくて今にも倒れそうだ。
『たす……けて……』
灰理はそのまま気を失う。空気が薄くなり意識が遠のいていく中、自らの死を悟る。
(お父さま、お母さま、あの世で会えるでしょうか)
そんなことを思いながら目を閉じて、次に目覚めた時には誰かに助け起こされていた。
『大丈夫か!?』
制服を着ており、恐らくは警察官だろうと思った。
『息があるぞ! 生きている!』
(生きている……?)
『君、この納屋にいたのか? どうやって生き延びたんだ?』
(どういうこと……?)
後に聞いた話だが、かまどの火の消し忘れが原因で火事になったらしい。火はどんどん燃え盛り、灰理のいた納屋にも火が燃え移って全焼した。
警察の消防組が消火活動中に横たわる灰理を発見したというわけだ。
灰理は奇跡的に無事だった。警察官にどうやって逃げたのか尋ねられたが、自分でもわからない。
気を失って死を覚悟したのに、灰理は無傷だった。燃え盛る炎の中にいたはずなのに、火傷の一つもない。
灰と煤で体は真っ黒に汚れていたが、それ以外は何ともなかった。
黒須家の人々は皆無事だったが、晶穂は右腕に火傷が残ってしまった。
着物で隠せはするものの、嫁入り前の娘に火傷痕が残るなど許せるはずがなく晶穂の癇癪は前よりも酷くなる。
『お前のせいよ! お前のせいでこんな痕が残ったのよ!』
晶穂は灰理のせいにして当たり散らし、腹や背中を蹴った。そうでもしないと気が収まらなかったのだ。
痣ができそうなほど酷い暴行だったが、灰理は痛くても苦しくても耐えた。
だがどんなに殴られても翌日には治り、傷痕は残らなかった。
『お前の体、どうなっているのよ……っ』
火事の際は何とか逃げおおせたのだろうと思われた。奇跡的に無事だったということで片付けられた。
しかし流石の晶穂も他の者も、灰理本人も異常性を無視できなくなる。
灰理は、死なないのだ。
『あり得ないっ! お前は化物だったのね!』
『気味が悪い! 近づかないで!』
あんなに虐げていたのに晶穂も史乃も灰理を恐れ、近づかなくなった。
『信じられない……野花は、私の娘はあやかしの子を産んでいたというのか?』
『違います! 私は人間です!』
『黙れ化物! おい、誰かこいつを連れて行け!』
祖父に命じられ、灰理は人里離れた山小屋に連れて行かれた。
『お前の家は今日からここだ』
『そんな……っ!』
『化物でも一応娘の子だ。金と食料は送ってやる。だが二度と我が家には近づくな』
こうして灰理は山奥に追放され、ひとりぼっちで暮らすことになる。
月に一度少しばかりの食料と金が届けられるという約束は守られたが、ささやかなものだった。
(でもここでは誰にも虐げられない。一人で気楽に生きていける)
そう前向きに捉えたが、初めて人里に降りた時に人々が自分に対し異物を見る目を向けることに気づく。
『見て、あれが例の化物姫だよ』
『とても人とは思えない髪色……確かに化物だ』
『殺しても死なないって聞いたけど本当かな』
どこからそんな噂が湧いたのかわからないが、人々にも化物だと知れ渡っていた。
いつしか灰理は不死の化物姫と呼ばれるようになった。
(どこにいても私の居場所はないんだ)
何故自分は人とは違うのだろうという問いかけを繰り返す。答えが返ってくるはずもなく、ただひたすらに苦しいばかり。
そんな日々からもう三年の月日が経つ。



