千輝の腕の中で気を失った灰理の呼吸は落ち着いていた。
外傷もなく流石の再生力といったところだ。
「優次郎、灰理を頼む」
「ああ。千輝……」
「わかっている」
優次郎は何か言いたげに千輝を見つめていたが、黙って灰理を抱えて去っていった。
直道もついているからすぐに安全な場所へと連れて行ってくれるだろう。
見送ってから千輝はスッと目を細めて視線を蘇芳に移す。
蘇芳は目を押さえたまま、よろりと立ち上がる。指の隙間から覗く蘇芳色には、憎悪がありありと見えた。
「千輝……っ」
「兄上」
千輝は蘇芳に一歩近づく。
「本日限りで兄弟の縁は切らせていただく」
「はっ、勝手にしろ。この死に損ないが」
立ち上がった蘇芳がパチンと指を鳴らすと、床に浸水していた水がまた龍のようにうねり出す。
「今度こそくたばれっ」
水流が千輝に向かって襲いかかろうとするが、光の壁が千輝の前に立ちはだかる。
壁を突き破ろうとするも、壁が水流を押し返そうとする。押されては押し返す、一進一退の攻防だった。
「悪あがきはやめろ。立っているだけでつらいんだろ?」
蘇芳は勝ち誇ったように嘲笑う。
「あの時、とっとと死んでいればよかったんだ。しぶとく生き延びやがって」
「……認めるのですね。私に毒を盛らせるように指示したこと」
「どうせお前はここで死ぬんだ。今更認めたところで何になる! そうだよ、俺が毒を盛らせたんだ」
蘇芳の叫びと同時に水流の勢いが強くなる。
「お前が邪魔だから! 父上と同じことをしただけだ!」
「っ! それは……!」
千輝の両足は震えていたが、何とか踏み止まっていた。壁はどんどん押されている。
「この世を制するのは力だ。欲しいものは奪い取るものだと、父上に教わった通りにしただけだ!」
「く……っ」
「俺は何も悪くない!」
光の壁がミシミシと音を立ててひび割れ、その隙間から水が漏れ出る。一瞬でも気を抜いたら壁は破られるだろう。
「くぅ……っ」
千輝の口の中から唾液に混じり、鉄の味が広がる。吐き出したらそのまま倒れてしまいそうだ。
意識が朦朧としながらも、千輝は一点に全集中する。
やはり理人は病ではなく、毒を盛られていた。
その犯人が左京であると蘇芳は知っていた。
だから蘇芳も千輝を亡き者とし、自身が公爵を継ごうとしていた。
(なぜ……っ)
何故血を分けた兄弟で争わなければいけないのだろう。
何故命を奪ってまで当主にならなければならないのだろう。
これが力を持って生まれた者の宿命なのか。
兄弟で憎しみ合って命を奪い合うのが宿命なのだろうか。
この宿命から逃れるためには——。



