しかし店から出てみたが誰もいない。
主人は確かに軍服を着た男が訪ねてきて、水野抄子という女性を呼んでこいと言われたのだと言っていた。
主人と一緒に店の周りを探してみたが、それらしき男はどこにも見当たらない。
首を傾げて店に戻ったら、灰理がどこにもいなかった。
「灰理様の召し上がっていたお団子が食べかけのまま残されていたんです。一人でどこかに行かれたとは思えません!」
「つまり、灰理は誰かに連れ去られたのか?」
「はい……っ」
抄子は両手で顔を覆い、へたり込んで泣き崩れる。
「申し訳ありません、千輝様……! 私が、私が目を離したばっかりに……っ」
「落ち着け、抄子。お前のせいではない。直道!」
「はい、すぐに」
直道は即座に警察に連絡し、灰理の捜索を要請した。
「抄子、優次郎を呼んできてくれないか?」
「紫倉先生をですか?」
「私はこれから瑛気を使う」
「! はいっ」
抄子は涙を拭い、急いで走り去る。
千輝は深呼吸をし、一点に集中した。
灰理には瑛気の結晶を渡している。瑛気を結晶化させると、その居場所が感知できる。
灰理に万が一のことがあった時、すぐに居場所を探し出せるように渡したものだ。
「うっ……」
「大丈夫ですか、千輝様」
「……暗いな」
但し居場所を完璧に把握できるわけではない。
結晶がある場所の何となくの雰囲気を感じ取れるだけだ。
千輝は更に集中力を高めて探ってみる。
「木の匂い、それに……水か?」
微かだが水の音が聞こえる。そこまで感じ取ったところで千輝は目眩がしてふらついた。
「千輝様!」
「大丈夫だ。直道、暗くて水のある木の建物を探してくれ」
「承知いたしました」
千輝はふらつきながら執務室のソファに横たわる。
この程度でこれだけの疲労が溜まるというのは、相当体がガタついている証拠だ。
(くそっ、今日の分の血は飲んでいても少し瑛気を使うだけでこれとは……)
「千輝様、こちらをお飲みください」
青い顔をする千輝に直道が差し出したのは、小瓶に入った血液だった。
「それは……」
「灰理様よりお預かりしていました。出先で何かあった時、千輝様にお渡ししてほしいと」
まさかこうなることを予期していたのか定かではないが、直道から小瓶を受け取って一気に飲み干す。
途端に体の中から浄化される感覚が広がり、息がしやすくなっていった。
「ありがとう、楽になった」
「よかったです」
「自分の身が危うい時でさえ、灰理は私を救ってくれるのか」
すっかり彼女なしでは生きられない体になってしまった。
だからこそ彼女は狙われたのだろう、千輝の生命線が灰理だと知った何者かに。
「千輝様、犯人は」
「わかっている。今度こそ捕まえる」
「! はいっ」
千輝の覚悟を悟った直道の表情が引き締まる。
灰理を拉致したのはほぼ間違いなく蘇芳だろう。
致死量の増幅薬を飲まされた際、蘇芳の差金だという証拠は掴めなかった。
だが今回こそは蘇芳を犯人として捕えられるかもしれない。
灰理を救い出すことが最優先だとしても、この機会を逃すわけにはいかない。
そして、今日限りで兄弟の縁を断絶する覚悟も決めた。
「千輝!」
「優次郎」
優次郎と抄子が戻ってきた。かなり急いで来てくれたのか二人とも額に汗が浮かび、息は乱れている。
「大丈夫か? 灰理は……」
「恐らくどこかに監禁されている。今捜索させているところだ」
「犯人はあの男か」
「恐らくな。場所は暗くて水のある木の建物だ」
直道から渡された水を飲んでから、優次郎が尋ねた。
「三年前、お前に毒を飲ませた使用人の水死体が発見された場所の近くに建物はないのか?」
「! なるほどな」
千輝はすぐに直道に調べさせた。
「千輝様! あの近くには廃屋の水車小屋があります!」
「そこだ! 私たちも行くぞ」
すぐに飛び出そうとする千輝を優次郎が呼び止める。
「千輝、無茶だけはするなよ」
「わかってる」
千輝はニコッと微笑み、走り出した。
優次郎は長い付き合いなので知っている、千輝は無理をする時こそ笑うのだということを。
「そんなところまで理人様に似るな……!」
優次郎は舌打ちをし、千輝を追いかけた。



