普通に生きるということが、どうして自分たちには難しいのだろう。
「灰理様に比べたら、私の方が何もできません。千輝様に受けた恩の一欠片も返せていません」
灰理の肩を抱く抄子の目は赤かった。
「抄子はよくやってくれているわ。あなたがいてくれてどれだけ助かっていることか」
「ありがとうございます」
抄子は目尻を拭いながら灰理を真っ直ぐ見つめる。
「灰理様がそう思ってくださるように、千輝様も灰理様の存在に救われているはずです」
「抄子……」
「おつらいのはわかります。でも、笑っていてください。きっと千輝様もそれを望んでおられるでしょうから」
そういって抄子は目を真っ赤にさせたまま笑う。
必死に励まそうとしてくれる抄子の健気さが痛いほど伝わった。
「ありがとう……」
抄子の言う通り、暗い顔を見せていたら千輝が気を病んでしまうだろう。
一番つらいのは千輝本人なのだから。
目元を押さえていると、茶屋の主人が少し戸惑ってような様子で尋ねてきた。
「水野抄子っちゅう娘さんはどちらだね?」
「はい、私ですけど……」
抄子が遠慮がちに右手を挙げる。
「何やらあんたに用があるって人がいるんだけど」
「え? どちら様でしょうか」
「さあ……俺もよくわからんくてねぇ。とりあえず来てくれないか」
主人は要領を得ない様子で困った表情を浮かべている。
抄子は首を傾げながら「少々行ってまいりますね」といって店から出た。
一体何だろうと灰理も不思議に思いながら残りの団子を食べようとした、その時だ。
「っ!?」
突然背後から口を塞がれたと思ったら、その直後にフッと意識を手放した。
(え……?)



