それに千輝の体のこともある。
仕事に復帰できるくらい回復したとはいえ、全身に広がる痣は全く消えていない。
(あの痣が消えない限り、千輝様はいつどうなるかわからない。どうすればいいの……!)
少量の血を飲むだけでは延命措置以上のことはできない。
やはり大量の血を飲むしかないのだろうか。だけど医師である優次郎の許可は下りない。
少量だからこそ上手く作用しているだけで、大量の血液——即ち再生力の瑛気を体内に取り込み、万が一拒否反応が出たら何もかもおしまいだ。
もう他に千輝を救う手立てはないのだろうか。
「うう……っ」
「灰理様!?」
涙が堪え切れず、外出中だというのにその場にしゃがみ込んで嗚咽を漏らす。
抄子は慌てて灰理の背中をさする。
「灰理様、どこか痛いのですか?」
「ちがうの……っ」
抄子を困らせるとわかっていても涙が止まらない。
抄子はおろおろしながらも灰理を支えながら、近くにあった茶屋に入った。
茶屋の主人に少し具合が悪いようなので休ませてほしいと頼み、店の一番奥の席に座らせてもらう。
「灰理様、お団子です」
抄子はみたらし団子とお茶を持ってきてくれる。
「ここのお団子、とっても美味しいんですよ」
「ありがとう……」
洟をかんでお茶を一口飲み、団子を一つ口に入れる。
みたらしの甘さともちもちとした団子が絡み合い、じんわりと温かさが広がる。
「おいしい……」
「そうでしょう? たまに買って帰るんです」
抄子が美味しそうに団子を頬張る姿はまるでリスのようでかわいらしかった。
「……こんな風に誰かとお団子を食べるなんて、初めて」
「高貴な方はこんな寄り道しませんよね」
「いいえ、私は高貴なんかじゃない。私も抄子と同じだったの」
灰理は母と死別してから非瑛人の親戚たちに不死の化物と虐げられていたという自分の生い立ちを話した。
千輝が助けてくれたから、今の生活があるのだと。
「だから、私自身は貴族なんかじゃないの」
「なんとなくそうじゃないかなと思っていました。だって灰理様、お世話されるのに慣れていないようでしたから」
「最初はとても戸惑ったわ」
「瑛人も非瑛人も同じ人間なのに、どうして差別されるのでしょうね」
「本当に」
いつか瑛気の有無に関係なく、互いに仲良くできる日が訪れたらいいなと思う。
抄子とこうしてのんびりと団子を食べているように。
「私ね、ずっと普通の生活に憧れていたの」
「普通ですか?」
「普通というのは、両親がいて家族みんなで仲良く穏やかに暮らすこと。贅沢なんかしなくていい、平凡な日常を送れるだけでいいの」
当たり前の平穏な日常が灰理にとっては当たり前ではない。
両親とは死別し、引き取られた黒須家では召使いのようにこき使われ、不死だとわかると山奥に追放された。
今もそうだ、自分は不死なのに愛した人は残りわずかの命。
延命治療はできても根本的な呪いを解く方法はない。
「永遠なんていらない、ただ私は有限の時を千輝様と生きたいだけなのに……」
「灰理様……」
せっかくの団子と茶が冷めてしまうのに、再び涙が溢れ出る。
千輝からもらった菖蒲色の結晶をぎゅっと握りしめる。
自分にはこれ以上できることがないのが苦しい。それどころか、瑛気の結晶すらもまともにつくれない自分の無力さがもどかしい。



