その後直道が迎えに来て、千輝を支えながら本家を後にした。車に乗り込んだところで灰理は千輝に尋ねる。
「千輝様、お加減はいかがですか?」
「実のところ、大したことはありません。あの場を立ち去るための口実ですから」
「本当ですか?」
「ええ、あそこに居続ける方が具合が悪くなりそうです」
それはそうかもしれないな、と思った。
何と言っていいかわからずにいると、千輝の方が口を開く。
「灰理、よく耐えてくれましたね」
「いえ、あのような答え方でよかったのでしょうか」
「上出来です」
それを聞いてホッと安堵した。
「千輝様、この先はどうするのでしょうか。公爵様が認めてくださったようには到底思えませんが」
「そうでしょうね。しかし父は案外放っておくかもしれません」
「と言いますと?」
「恐らく私を跡取りにするつもりはないと思います。私の先が短いことは父上も承知のはずですから」
先が短いという言葉には胸が締め付けられるような苦しさを覚えた。
「生きている間の我儘だと思って目を瞑るのではないかと」
「そう、ですか」
「しかし兄は何をしてくるかわかりません」
千輝は険しい表情で灰理を見つめ、手を握りしめる。
「何かあったらすぐに私に言ってください」
「はい、わかりました」
灰理は蘇芳の憎々しげに千輝を見下ろしていた顔を思い出す。
名前と同じ蘇芳色の瞳を持つこと以外、顔立ちは左京とよく似ていた。二人と似ていない千輝はどうやら母親似らしい。
実の弟を何故あそこまで憎めるのだろうと思うが、血のつながりが絆とはなり得ないことを灰理は身をもって知っている。
左京もまた、弟である理人のことは良く思っていなかったようだ。
改めて千輝がどんな家庭で育ってきたのかよくわかった。
理人を強く慕う理由もわかった。千輝にとって家族と呼べるのは、理人ただ一人だったのだ。
(私もあなたの家族になれていますか?)
声にも出さず、心の中だけで問いかける。
かりそめの婚約者でも、少しは千輝の支えになれていると思いたい。願わくばずっと一緒にいたい。
欲を言えば、千輝の本物の伴侶になりたかった。
だがそれは望んではいけないことなのだと、灰理自身理解している。
切ない気持ちに押し潰されそうになりながら、愛する人の手をぎゅっと握りしめた。



