灰理はもう一度唾を飲み込む。これは千輝、直道と入念に相談した話だ。
灰理の素性は隠せない。黒須家の娘であること、不死の化物姫と呼ばれていたことなどは調べたら一発でわかる。
だからそこに対しては偽りなく話し、灰理の持つ瑛気が再生力であることのみ隠し通すことにした。
「通常治癒の瑛気は他人を治すためのものですが、灰理にはそれができません。代わりに自分の傷を癒すことは可能ですが、瑛気を持たぬ者からすれば傷の治りが早い程度のことでしょう」
「だから、不死の化物だったというわけか」
「おや、ご存知だったのですね」
千輝は動じることなく笑みを浮かべる。左京が事前に灰理を調べ上げていることは予想していた。
「私が灰理を知ったのは偶然でした。非瑛人の中に黄金色の髪を持つ女がいると聞き、もしやと思ったのです」
「本当に偶然か?」
「はい」
「黄金色の髪に治癒の瑛気を持つ女に、偶然会ったというのか?」
「それはどういう意味でしょうか?」
千輝は目を細めて左京を見返す。
「何か問題でも?」
「問題もなにも、こんな偶然あってたまるか。金の髪に治癒の瑛気なんて、まるで叔父上ではないかっ」
蘇芳の言葉に場が凍り付く。
きっとこの会場にいる誰もが過っていたであろうことを、真正面から指摘した。だが千輝はこれも想定通りである。
「ええ、確かにそうです。だからこそ私は彼女に強く惹かれたのかもしれません」
千輝は優しげな笑みをたたえて灰理を見つめる。演技だとわかっていても、心がときめいて落ち着かなかった。
「叔父上を思い出し、懐かしい気持ちになりました。尊敬する叔父上と同じ瑛気と髪を持つ女性だったからこそ、放っておけなかったのです」
「そんな馬鹿げた理由で非瑛人の女なんかを嫁にしたのか」
「兄上、灰理は瑛人です」
「わかっている。無能の家に生まれたと言いたいだけだ」
蘇芳は揚げ足を取るなと言わんばかりに不機嫌そうに睨む。
「お前は紫上院に泥を塗るつもりか? 自分しか癒せないという無能な女、それも非瑛人の家に生まれた女を妻にするなど、公爵家を侮辱しているようなものだぞ」
「兄上のその言葉こそが灰理に対する侮辱です」
千輝の低い声、氷点下の瞳は晶穂に向けたものと同じだった。静かな怒りが孕んでおり、空気がより一層重くなる。
「兄上であろうとも、私の妻への侮辱は許せません」
「なんだと貴様……っ」
「蘇芳」
顔を真っ赤にさせ、拳を握りしめる蘇芳を制したのは左京だった。
たった一言だけで蘇芳は押し黙り、唇を噛む。
「黒須灰理といったな」
左京の視線が灰理に向けられ、一気に心拍数が跳ね上がる。
「はい」
声が掠れていないか不安になりながら答えた。
「本当に理人とは何の関係もないのだな」
左京の威圧感に圧倒されつつも、自分の心を落ち着かせる。
(大丈夫、千輝様がそばにいてくださる)
不思議と怖いとは思わなかった。呼吸を整え、真っ直ぐ左京の目を見て答えた。
「紫上院理人様が公爵様の弟君でどれほど尊いお方だったのか、千輝様より伺いました。私のような者が接するなど、考えただけで恐れ多いことにございます」
「つまり、知らないと申すか」
「はい、お会いしたこともございません」
灰理は左京から目を逸らさず、はっきりと言い切る。
「……本当に理人とは会ったことがないのだな」
「は、はい」
「会ったことがあったとしたら、どうなのですか?」
千輝が真顔で聞き返す。挑戦的なものが含まれているように感じたが、灰理の気のせいかもしれない。
「……いや、何でもない。私も弟を思い出しただけだ」
そういった左京に灰理はゾクリと悪寒を感じた。
口に出すと亡き弟を思う兄のように聞こえるが、その目は決して懐かしんでなどいない。むしろ憎々しげに思えた。
(公爵様は、お父様の死について何か知っている……?)
灰理の思い過ごしと言われたらそれまでだが、何となく引っかかりを覚えた。
だが隣の千輝から咳払いが聞こえたことで、その引っかかりはすぐに頭から消えた。
「千輝様、大丈夫ですか?」
「ゴホン……すまない。そろそろお暇したほうがいいようだ」
「すぐに車を手配してまいります」
ずっと灰理たちの一歩後ろから見守っていた直道はすぐに会場を出て行こうとして、左京に呼び止められる。
「水野伯爵のご子息、まだ愚息の元にいるのか」
直道は立ち止まり、振り返って深々とお辞儀する。
「日々千輝様の元で学ばせていただいております」
「伯爵家の嫡男である君が、何故秘書をしている?」
「千輝様に忠義を誓ったためです」
それだけいうと直道は「失礼いたします」と言ってその場から立ち去った。
貴族だということは知っていたが、伯爵家の嫡男だとは知らなかった。きっと直道にも事情があるのだろうと、後ろ姿を見送りながら思った。
「……この死に損ないが」
「っ!」
灰理は思わずカッとなって顔を上げる。微かな呟きだったが灰理の耳にはしっかり捉えていた。
軽蔑したように千輝を見下す蘇芳に何か言ってやりたかったが、灰理の手を千輝が握る。
「……ダメですよ」
「っ、千輝様……」
「私は大丈夫です」
微笑む千輝を見ていたら、心に刺さった棘が抜け落ちていくのがわかった。
灰理は千輝の手を握り返す。
(私が千輝様をお守りしなければ)



