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千輝の体調が順調に回復してひと月ほど経った頃、直道が難しい表情をして一通の手紙を手渡した。
「本家からです」
その一言で千輝の表情も険しいものになる。
「……ついにきたか」
隣で千輝の洗濯物を畳んでいた灰理も緊張感が走る。
(本家には千輝様を殺めようとしたお兄様がいる……)
封を切って手紙を読む千輝はずっと眉間に皺を寄せていた。
「はあ……」
「千輝様、大丈夫ですか?」
心配そうに尋ねると、千輝は少し困ったように笑う。灰理を気遣い、心配かけまいとする時の笑顔だった。
「父があなたを連れて来いと言ってきました」
「私を?」
「父は私が勝手に婚約したので大層お怒りでね。今度の夜会に連れて来いと、あなたの招待状まで同封してきましたよ」
千輝の父・紫上院左京公爵は半年に一度、紫上院の分家や親しい友人、日頃から親交のある貴族を招いて夜会を開く。
懇親会としているが、紫上院の権威を誇示するためのものだ。
夜会に呼ばれた貴族は、公爵に認められたのだと箔がつくと言われているらしい。
公爵家に取り入りたい者たちが胡麻すりしに来るので、千輝にとっては煩わしい会である。
「灰理のおかげで歩けるまで回復しましたし、私一人で行ってきます。灰理は待っていてください」
「いえ千輝様、私も同行させていただけますか」
灰理はピンと背筋を伸ばす。
「灰理、あなたは待っていてください。その髪色を持つあなたが夜会に行くのは危険です」
黄金色の髪は否が応でも理人を連想させる。
理人を殺害した者が紫上院内部にいるということは、犯人と相対するかもしれないということ。
しかし灰理は首を横に振った。
「次期公爵候補の婚約者である私が紫上院公爵様に会わないわけにはまいりません。ご挨拶が遅すぎたくらいです」
「でも」
「危険は承知です。ですが私は逃げたくありません」
本家に行けば愛する父を殺めた人物がいるのかもしれないと思うと、足が竦む。
怖くて悔しくてたまらない。だがそれでもこの現実から目を背けたくない。
「決して理人の娘だとは知られないようにします。どうか私を連れて行ってください」
深々と頭を下げる灰理を見て、千輝も覚悟を決めた。
「わかりました。あなたは私が絶対に守ります」
力強い言葉に灰理の胸がときめく。
「なるべく私のそばを離れないでください」
「はい」
元より千輝のそばを離れるつもりはなかった。
自分自身の逃げたくない気持ちもあるが、千輝を一人で行かせたくないという気持ちも大きい。
実の兄に殺されかけたなんて、彼の心はどれほど傷ついたことだろう。
その兄がいる場所に一人で行かせられない。
(私も千輝様をお守りしなきゃ)
灰理は密かに決意を固めていた。



