有限の時を貴方様とともに〜化物姫は呪われた貴公子に寵愛される〜


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 黒須(くろす)灰理は生まれつきの黄金色の髪を持っていた。この髪は父親から譲り受けたものだ。
 父と同じ色を嬉しく思う一方、黒髪が普通のこの国では珍しく、人と違うことを何度もなじられた。何故か人は他と違うもの——異端を排除しようとする。
 いじめられて泣いて帰るたび、母の野花(のか)は灰理を抱きしめて優しく慰めてくれた。

『大丈夫よ、灰理。あなたは何も悪くないわ』

 灰理は母と小さな村で二人きりで暮らしていた。たまに父が帰って来てくれる時は、飛び上がるほど嬉しかった。

『ただいま、灰理』

 父の理人(りひと)は一際目立つ美しい黄金色の髪を持ち、たまにしか会えないが母と灰理を愛してくれていた。何故たまにしか会えないのかはわからなかったが、きっと何か事情があったのだろう。
 家族三人が揃う日は、何よりも特別な日だった。

『かいり、おとうさまもおかあさまもだいすきです』
『私たちも灰理のことが大好きだよ』

 優しい父と母に恵まれた幸せな日々は、そう長くは続かなかった。
 灰理が六歳になった頃、突然父が病死したという報せを受ける。父の訃報の手紙を受け取った母は、その場に崩れ落ちて号泣した。

(どうしておとうさまが……?)

 幼い灰理は理解ができず、ただ母とともに泣くしかなかった。

 ふさぎ込んだ母は体調を崩し、寝込むようになった。体は日に日にやつれていった。
 幼い灰理の面倒を見られなくなった母はやむを得ず、灰理を連れて実家に帰る。

『勝手に家を出たと思ったら、どこの馬の骨ともわからん男と子どもをつくるとは! この恥さらしめ、よくもノコノコと帰って来れたな!』

 野花の父——つまり灰理の祖父だ——は戻ってくるなり大激怒した。
 野花は下級貴族・黒須家の娘だった。とある子爵の分家筋にあたり、そこそこ裕福だったらしい。

 だが野花は実家を出て行った。それは子どもを身ごもったからだ。

『一体どこの誰なんだ! どうせ行きずりの男なんだろう!』

 未婚の野花が懐妊したと知り祖父は激怒して堕ろせと言ったが、野花は頑なに拒否した。

『父親については話せません。この子を堕ろすつもりもありません』
『だったら出て行け。お前などもう娘でもなんでもない』
『わかりました』

 その当時野花には縁談があったというのに、すべてを捨てて一人で灰理を産んだ。
 一度は親子の縁を切ったが、野花は必死に頭を下げて祖父に頼み込む。

『お願いです、どうかここに置いてください』

 祖父は怒髪天だったが、病を患う実の娘を放っておけなかったのか家に戻ることを許可した。
 こうして黒須家で暮らすことになったが、ここでの生活は酷いものだった。

『気持ち悪い! 私の前にその薄汚い顔を晒すなと何度言ったらわかるの?』
『この愚図め、お姉さまに謝りなさい』

 野花の兄の娘たち、つまり灰理のいとこにあたる晶穂(あきほ)史乃(ふみの)姉妹は灰理にきつく当たった。
 特に癇癪持ちで気に入らないことがあるとすぐに怒って喚き散らす晶穂は、些細なことでも灰理を引っ叩く。
 時には理不尽な理由で八つ当たりされることもあった。

『陰気臭い顔で突っ立ってるんじゃないわよ!』

 ただそこにいるだけで蹴飛ばされたこともある。
 それまで晶穂の当たり先は妹の史乃だったが、灰理が現れてから標的を変えた。これに安堵した史乃は自分に矛先が向かないよう、徹底して援護射撃する。

『お姉さま、おかしくありません? この子髪は金色なのに名前は灰なんですよ』
『確かにそうね。ドブネズミのお前にはぴったりの名前だけれど』
『違います……』
『なあに? この私に楯突く気?』
『ドブネズミのくせに生意気よ』

 灰理という名は母が名付けてくれた。
 母が大好きなおとぎ話『灰かぶり姫』から取られた名だ。

『灰かぶり姫は意地悪な義母や義姉にいじめられても、前を向いて頑張るの。誰よりも心優しく強い女性なのよ。あなたにもそんなひとになってほしいの』

 灰かぶりと父の理人から一字もらい、灰理と名付けられた。灰かぶり姫のように優しく強く、父のように聡明で理性的な人物になれるように。
 そんな自分の名前を灰理は誇りに思っている。

『灰理、大丈夫? 皆さんと仲良くできているかしら』
『大丈夫です、お母さま。晶穂姉さんも史乃姉さんもとても優しくしてくださいます』

 母に心配かけたくなくて、灰理は懸命に笑っていた。
 幸い晶穂に叩かれても痕が残ることはなかった。この時はまだ自分の体が丈夫くらいにしか思っていなかった。

『そう、よかったわ。私がいなくなっても大丈夫ね』
『お母さま! そのようなこと言わないでください!』
『ごめんなさい』

 母はほとんど寝たきりのような状態になっていた。体は痩せ細り、頬はこけている。

『お母さまにはずっとおそばにいてほしいです』
『私もよ。私もずっと、あなたと一緒にいたい』

 母は涙を流しながら細い腕で灰理を抱きしめる。

『私の灰理、たった一人の私の娘。何があってもお母さまはずっとあなたの味方よ』
『おかあさま……っ』

 灰理が十二歳になった頃、野花はこの世を去った。
 父を失った時以上に深い悲しみと喪失感に押し潰されそうだった。