少しでも体を動かすため、家事を手伝わせてもらうようにもなった。
抄子は恐縮していたが、事情を話すと協力してくれた。
「私も千輝様には元気になってもらいたいですから」
使用人たちは千輝の事情を把握していた。
そもそもこの別邸に移ったのは建前上は療養のためだが、本来は兄と距離を置くため。
使用人は最低限の人数だけ雇い、いずれも千輝本人と直道が自ら信用に足ると見定めた者たちのみ。
敢えて瑛気を持たない非瑛人たちばかりを雇用したのも、なるべく懸念をなくすためだ。
「それでも私たちは千輝様に感謝していますよ」
洗濯物を庭に干しながら抄子はいう。
「貴族に生まれた非瑛人は本当に居場所がありません。私はここで雇ってもらえていなかったら、今も実家で奴隷のように扱われていたでしょう」
灰理は自分が黒須家にいたことを思い出していた。抄子の気持ちは痛いほどわかる。
「だから、千輝様には生きていてほしいです」
「抄子……」
千輝がいなくなれば、抄子たち別邸の使用人も居場所をなくす。
千輝が当主を目指すのは、抄子のような人たちを守るためだ。
(絶対に救い出してみせる)
灰理は改めて気持ちを引き締めた。
後日渋る千輝を説得して彼の血を舐めて実験してみたところ、拒否反応らしい症状は見られなかった。
「だけど、なんとなく違いますね」
「違う?」
「なんと言えばいいのでしょう……すごく感覚的ですが、仮に多量の血を飲んだとして千輝様の瑛気を使える気がしないといいますか」
上手く説明ができないが、体の中で「何かが違う」と言っている気がする。
体が拒んでいるわけではないが、かといって馴染もうともしていない。
「なるほどな。あんたの場合、強すぎる再生力の瑛気が打ち消すのかもな」
優次郎は思案顔を浮かべる。
「血縁だから拒否反応は出ないが、瑛気が使えるようになるとは限らないわけか。もしかしたら瑛気の強さによっても変わるのかもな」
「つくづく他人の瑛気を使用するなんて、不可能に近いですね。本当にいたのでしょうか」
「文献によれば一時的に使用できた者はいたらしいが、相当低い確率だと思う」
優次郎はこの実験結果をつらつらと書き留める。
「たとえ血が馴染んだ血縁者でも、瑛気を扱えるようになれるとは限らない」
「血と瑛気の相性がどちらも良くなければいけない、というわけですね」
「その通りだ。そんなの天文学的確率だろうな」
そこまでの危険を冒してまで他人の瑛気を奪おうとする者はいないだろうなと思った。
この実験が試せているのは、他ならぬ灰理の強大な再生力の瑛気あってのものだ。
「あんたのおかげで良い実験結果が得られた」
「お役に立てたのならよかったです」
いつの間にか灰理は優次郎の助手のような立場になっていた。
最初は勉強のために診療所を出入りしていたが、最近は診療の手伝いをさせてもらっている。
難しい薬品やら薬草が収められている薬品棚は覚えるのが大変だったが、最近では完璧に暗記するようになった。
「なんだか私より優次郎とばかり一緒にいませんか?」
千輝は面白くなさそうにぶすくれる。
「そうでしょうか」
「そうですよ。私は毎日寝所で休むしかないのに」
千輝の体調はだんだんと良くなり、今では顔色がすっかり明るくなった。
どうやら灰理の血が効いているらしい。といっても具体的にどのような効果が表れているのか、詳細はわかっていない。
何故なら依然として痣は消えないままだから。
優次郎曰く延命治療にはなっているかもしれないが、根本的な治療になっているかどうかはわからないとのことだ。
「もっと飲む血の量を増やすべきなのかもしれないが、体が急変した時が恐ろしい」
結局毎日お猪口一杯分の血液を飲むまでに留めている。
でも確実に体調は回復しているし、拒否反応もない。一筋の光が差し込んだようだった。
「千輝様、先生の許可が下りたら一緒にお散歩しましょう」
灰理は濡れた手ぬぐいで千輝の体を拭きながら、誘ってみた。
「お天気が良ければ外でごはんを食べるのも気持ちがいいですよ」
「そうですね。それはいい」
千輝は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「灰理のおかげでとても調子が良いですから」
「ええ、行きましょう」
機嫌を直した千輝は、今日の分の血を一気に飲み干した。
最初は抵抗あったのかしかめ面をしながら飲んでいたが、だんだんと習慣づいてきたように思う。
灰理の調子が悪くなることもなかった。むしろ健康的な生活を意識するようになってから、前よりも元気になった。
(体調は良くなっても、根本解決にはなっていない。あとは、何をすればいいのだろう)
この先も千輝とともに生きていくためには、どうすれば——。



