「灰理さん、少し付き合っていただけますか」
「え?」
「町で買い物がしたいのです」
「そういうことでしたら、ぜひ」
「ありがとうございます」
千輝はにこっと微笑む。
「あの、千輝様。お薬を飲まれているのですか?」
優次郎が言っていたことが気になったので、尋ねてみた。
「ああ、風邪薬ですよ」
「やはりお風邪を引かれていたのですか」
「ええ、大したことはありません。もう治りましたから」
千輝は平然とそう言った。なんとなく気になったが、千輝が出店を見つけてそちらに向かって歩くのでその話はそこで途切れた。
「見てください。綺麗なかんざしですよ」
出店には美しいかんざしがいくつも並んでいた。
よくある玉のものや花を模ったかんざしもあり、色も豊富で見ているだけで楽しい。
「本当だ。素敵ですね」
「灰理さんならどれを選びますか?」
「ええっと、そうですね」
そう言われると悩んでしまう。かんざしどころか、自分用の装飾品など一つも持っていないから何がいいのかよくわからない。
ひとしきり眺めて、一つのかんざしが気になった。
「これなんて、かわいらしいです」
灰理が手に取ったのは黄色い花と白い花のかんざしだった。
「昔、父が花冠を作ってくれました」
「花冠ですか」
「黄色いたんぽぽやシロツメクサで編んでくれたんです。その時のことを思い出しました」
お姫様みたいだなんて言ってくれて、とても嬉しかったのを覚えている。
数少ない父との思い出の一つを感じられて、何となく胸がほっこりした。
「では、これをください」
「えっ!?」
千輝がそのかんざしを買おうとするので慌てて止める。
「あの! 別に欲しいという意味ではありませんから!」
「良いじゃありませんか。今の話を聞いたら差し上げたくなりました」
「でも、こんなにいただいてばかりで……。お着物だってあんなにいただいたのに」
「あれは古いものもありますし、大したものではありません。これはあなたに似合うと思ったので、あなたにしてもらいたいという私の我儘ですよ」
「千輝様……」
思わず胸がきゅうっと締め付けられる。
いつも千輝は灰理が気にしないような言葉を選び、優しく包み込んでくれる。
そんな彼の優しさに何度も救われている。
「本当によろしいのですか?」
「はい、私の我儘を聞いてください」
「そんな言い方、ずるいです……」
「ふふっ」
本当に千輝はずるい。千輝に優しくされるたび、自分を律する灰理の気持ちなど知らないのだ。
「付けてみてもいいですか?」
千輝は灰理の黄金色の髪にかんざしを差した。黄色と白の花のかんざしが、灰理の髪色によく似合っている。
「とてもよくお似合いですよ」
「……ありがとうございます」
千輝にとってはなんでもないことなのだとわかっている。
心から理人を慕っているからこそ、その娘の灰理にも優しくしてくれているだけ。
良くて妹を甘やかす兄のような気持ちなのだろう。
もしかしたら今までの灰理の境遇に同情し、うんと甘やかそうとしてくれているのかもしれない。
嬉しいはずなのに、とても切ない。
「そういえば千輝様、昔は紫倉先生と父を取り合っていたとおっしゃっていましたね」
「子どもの頃の話です。優次郎は叔父上が保護した子どもで、とても叔父上に懐いていましたから」
「えっ、保護された? 先生がですか?」
「ええ、優次郎は平民の家庭に生まれながら瑛気を持って生まれました」
灰理は驚いて目を見開く。優次郎が話していたのがまさか優次郎本人のことだとは思わなかった。
「優次郎は治癒の瑛気を持って生まれたが故、親に商売道具にされていたのです」
優次郎の親は優次郎を神の子と祭り上げ、怪我人を集めては優次郎に治させて金銭をもらっていたらしい。
優次郎の体を顧みず、金儲けのために毎日治癒をさせていた。
幼い優次郎はどんどん疲弊していたが、親は優次郎に鞭打って無理やり治癒させていたという。
「なんて酷い……」
「治癒の力を持つ神の子がいるという噂が議会の耳に入り、優次郎は保護されました。優次郎の親は忘却部隊により、優次郎に関する記憶をすべて消されました」
「えっ……」
「そういう決まりです。瑛気の存在は絶対に非瑛人に知られてはいけない。たとえ実の親であろうとも」
いくら商売道具にされていたとしても、実の親に忘れ去られるなんてどれほどつらいのだろう。
灰理にはとても想像できない、想像することさえおこがましいくらいに優次郎はつらい思いをしてきたのだと思った。
「行く宛がなくなった優次郎を保護したのが叔父上でした。自分の弟子にし、医者となる道へと導きました」
「そうだったのですか……」
だからあんなにも理人を強く慕っているのだと理解した。
「叔父上は本当に素晴らしい方ですよ。優次郎みたいな子が増えないように、みなしごを積極的に支援していました。瑛人と非瑛人との関わり方についても考え直すべきだ、と意見していたほどです」
「そうだったのですね」
千輝が瑛気を持たない者たちを敢えて使用人として雇用しているのも、理人の影響が大きいのかもしれない。
瑛人、非瑛人に関係なく手を差し伸べる理人の懐の大きさに救われた者がたくさんいる。
千輝は理人の志を受け継いでいるのだと感じた。
それがどうしようもなく嬉しく、灰理の瞳に眩しく映って仕方ない。
そして優次郎もまた、理人の志を受け継ぐ一人なのだろう。
「私、もっと勉強して頑張ります」
「え?」
「私にも何かできることがあるかもしれない。お父様のようにはなれなくても、私にできることがしたいです」
理人の娘として、恥じぬ自分でありたい。
後ろ向きになってウジウジするのではなく、なりたい自分を目指して前を向いていたいと思った。
「灰理さんならきっとなれますよ」
千輝は優しく微笑む。千輝に肯定してもらえると、こんな自分でも頑張れる気がする。
「だいぶ日が落ちて暗くなりましたね。そろそろ帰りましょうか」
「はい」
「夜道は暗いですが、ほら」
千輝はパッと蛍火のような光を出す。ちろちろ光る光が灰理たちを取り巻き、進む道を照らしてくれた。
「これで大丈夫」
「わあ、ありがとうございます」
光の瑛気は正に千輝に相応しい瑛気だと思った。
灰理の歩むべき道を示し、照らしてくれる。時には温かく優しい光で包み込んでくれる。
(好きです、千輝様)
何度も己を律しようとしたけれど、もう自分の気持ちを誤魔化せない。
灰理は千輝に恋をしている。
でもこの想いを伝えるつもりはない。
かりそめの婚約者でいい、ただのいとこでもいい。ただ千輝のそばにいられるだけで幸せだから。
それ以上は望まない、だけど想うことだけは許してほしい。



