目覚めた灰理は、自分の頬に涙が伝っていることに気づいた。
「懐かしい夢を見たわ……」
五歳の頃の夢なんて最近は見ることも少なくなっていた。灰理が人生で一番幸福だった頃の夢だ。
「ああ、井戸の水がなくなっていたのだった。川まで汲んでこなくちゃ」
あれから十三年、十八歳になった灰理は人里離れた山奥の小屋でひっそりと暮らしている。
こんな山奥を訪ねてくる者などいるはずもなく、灰理は一人きりで生活していた。
「あらやだ、糸がほつれている」
灰理が着ている着物はまるで雑巾を身に纏っているかのようにボロボロだった。
ほぼこれともう一着くらいしかないため、ほつれたところを縫い直して使っている。
穴が開いても別の布を当てて縫い合わせているから、所々チグハグだ。
「これでよし……と」
着物の修復が終わったところで、外に出る支度をする。
たまに水を汲んだり町に出たり人里に降りるが、その際には手ぬぐいが欠かせない。
灰理は手ぬぐいを頭に巻き、黄金色の髪を隠した。誰にも見つからないようにと祈りながら、静かに山を降りる。
川のほとりまで降りて、桶にたっぷりと水を汲む。この桶を抱えて再び山を登るのはしんどいが、もう慣れてしまった。
「さて、もうひとぶんばり」
灰理が戻ろうとしたところで、小石が頭に当たった。振り返れば次々と小石が飛んでくる。
「バケモノだ! どっかいけ!」
「消えちゃえ!」
人里に住む子どもたちに見つかってしまった。灰理は慌てて離れようとしたが、足がもつれて転んでしまう。その拍子にせっかく汲んだ水をぶちまけた。
両膝はすりむき、真っ赤な血が滲む。せっかく縫い合わせたのに、また穴が開いた。
「ああ……」
「やーい! バケモノー!」
「こら! お前たち、何をしているの!」
恐らくは子どもたちの母親だろう。目を吊り上げて子どもたちをこちらに呼び寄せる。
「やめなさい! その娘に近づいてはダメよ」
「母ちゃん、だって」
「さあ、早くこちらへ来なさい」
母親は子どもたちを灰理から遠ざける。キッと灰理を睨みつけた目は、まるで汚いものを見るような目だった。
灰理は土を払って起き上がる。転がる桶を拾い上げ、再び水を汲みに戻った。
背中には人々の視線が突き刺さり、話し声も聞こえてくる。
「やだわ……化物姫がいる」
「相変わらず気味が悪いな」
「ここへ来ないでほしい」
化物姫。灰理は里でこう呼ばれている。
(確かに私は化物だ)
先程すりむいた膝の傷はもう塞がっている。小石を投げつけられたところも痛くない。
この程度の傷、灰理にとっては怪我をしていないのと同じだ。
(見つからないようにと思ったのだけれど)
やはり隠そうとも他人とは違う金色の髪は目立つらしい。手ぬぐいを巻いたくらいでは隠しきれないとわかっているが、ないよりマシだと思うしかない。
灰理は手ぬぐいを巻き直し、桶を抱えて再び山を登って行った。



