有限の時を貴方様とともに〜化物姫は呪われた貴公子に寵愛される〜



 翌朝、食堂で千輝と会ったが顔色は良く咳き込む様子もなかった。

「おはようございます。灰理さん、昨夜はすみませんでした」
「いえ、お体は大丈夫ですか?」
「ええ、寝て起きたらすっきりしました」

 朗らかに笑う千輝を見て灰理は胸を撫で下ろす。

「それはよかったです」
「おはようございます。千輝様、灰理様」

 そこへ現れたのは秘書の直道だった。朝から黒い背広をきっちりと着こなしている。

「おはよう」
「おはようございます」
「千輝様、早速ですが本日のご予定について——」
「ああ、食事の後にしてくれるか。今朝は灰理さんと一緒だから」

 それを聞いて灰理はドキッとしながら、おずおずと申し出た。

「あの、お忙しいようでしたら私は後ほどでも大丈夫です」
「いえ、一緒に食べましょう。昨晩はご一緒できなかったのですから」
「でも、よろしいのですか?」
「もちろん。そういうわけだから直道、後にしてくれないか」
「承知いたしました」

 直道は頭を下げ、そのまま食堂から出て行った。琥珀色の瞳はまったく動じることはない。
 忙しいところを邪魔してしまい申し訳ないと思いつつ、千輝と朝食を一緒にできることが嬉しくてたまらない。

「聞きましたよ。あなたの瑛気は再生力だったそうですね」
「あ、そのようです。私も父のように誰かのお役に立てられたらよかったのですが、現実は上手くいきませんね」

 灰理が力なく笑うと千輝は何故か嬉しそうに微笑む。

「ふふ、やはりあなたは叔父上によく似ておられる」
「え?」
「叔父上は誰かの役に立てることはないか、常に考えておられる方でした。瑛国議会の議員にはならず、医者として人々を救う道を選ばれたほどです」
「父が医者だったのも知りませんでした」

 思えば自分は父親のことを何も知らないと思った。優しい父親としての理人しか見ていないから。

 だが考えてみれば理人の弟子の優次郎が医者なのだから、理人も医者だとわかったなとも思った。
 医者としての父はどんな人物なのだろうと気になり始める。

「千輝様、父のこと教えていただけますか」
「もちろんです。今は私たちだけしかいませんし、いとこ同士で語らいましょう」
「ありがとうございます」

 二人きりで朝食を食べられて嬉しいはずなのに、いとこ同士という言葉には何故か複雑さを感じてしまった。
 父の話を聞かせてもらえるのはとても有難いことなのに。

「私はほとんど叔父上に育てられたといっても過言ではありません」

 千輝の母は体が弱く、千輝を産んでまもなくして亡くなった。
 公爵家の当主である父はとても厳しく、公爵家の者として相応しくあれというのが口癖だった。千輝には二歳上の兄がいるが、優秀な方に跡を継がせるといって兄弟を競わせていたという。

「だから兄は私を敵視していましたし、父には一度も褒められたことがありませんでした。そんな私に叔父上はいつも優しくしてくださいました」

 父の十歳下の弟・理人は千輝にとって父のような存在であり母のような存在でもあり、また兄のような存在でもあった。
 父に叱られて泣いていると、理人が寄り添っていつも慰めてくれる。どんなに些細なことでもたくさん褒めて、頭を撫でてくれた。

「私もです。父はなんでも褒めてくれてよく頭を撫でてくれました」

 幼く朧げな記憶だが、大きな手の温かさと優しさは今でも鮮明に覚えている。

「よくこっそり金平糖をくれました」
「金平糖! 私も父が帰ってくるたびにもらっていました。甘くてキラキラした宝石みたいで、大好きでした」
「私もです」

 思わず前のめりになってしまったが、子どもっぽかったかなと恥ずかしくなる。
 だが千輝がとても楽しそうに見つめてくるので、なんだかむず痒くなった。

「私のすべての手本は叔父上でした。叔父上のようになりたくて、必死に勉学に励んだものです」

 理人は類稀な治癒の瑛気を持ち、医者としてたくさんの人々を救った。
 身分に関係なく分け隔てなく、どんな人も診て癒したという。
 そんな理人は救世主と呼ばれ、多くの人々から愛され慕われていた。

 千輝という人間を形作るのは理人の存在が大きい。
 彼が敬愛してやまない理人の娘だというのが、とても誇らしく思った。

(私ももっと頑張らなくては)

 父のようにはなれなくとも、自分にできることをしていきたいと身が引き締まる思いだ。

「ありがとうございます、千輝様。父がそんなに慕われていたと知れて、とても嬉しいです」
「私の方こそこうして叔父上の話ができて嬉しいですよ」
「また父の話を聞かせていただけますか?」
「ええ、喜んで」

 今こうして千輝と灰理が話している姿を見たら、理人はなんと言うだろう。
 天の上から微笑ましく見守ってくれているだろうか。
 そう思うと自然と心が温かくなる。