有限の時を貴方様とともに〜化物姫は呪われた貴公子に寵愛される〜


 *

 その夜、千輝の帰りは遅く灰理は一人で夕餉を終えた。
 瑛国議会の議員である千輝は日々忙しくしている。千輝がどんな仕事をしているのか灰理は知らない。
 それどころか千輝の瑛気が何なのかさえ知らない。

(晶穂姉さんに首を絞められた時、眩い光がしたけれどあれが千輝様の瑛気だったのかしら)

 千輝はとても優しく常に灰理を気遣ってくれるが、あまり自分のことは話さない。
 聞いて良いのかもわからず、踏み込めずにいる。

 彼のことを知りたいと思うと同時に嫌われたくないとも思う。
 ここを出て行くことになったら、今度こそ自分の居場所がなくなる。

(何かお役に立ちたいのに、私には何ができるのだろう)

 自分の瑛気が再生力と知って以降、ずっとそのことばかり考えてしまう。
 別邸内の仕事は使用人たちだけで回せているようだし、そもそも何もしなくていいと言われてしまった。

「ねぇ、抄子はどんな瑛気を持っているの?」
「えっ」

 就寝前に白湯を持ってきてくれた抄子に何気なく尋ねてみると、彼女は目を見開いて灰理を見返す。

「あっ……ごめんなさい。いきなりこんなこと聞いて、失礼だったわよね」
「いえ……あの、実は私非瑛人なんです」

 とても言いにくそうに、眉根を下げて抄子は答える。

「そうだったの? ごめんなさい、お兄様とは瞳の色が違ったのでどんな瑛気なんだろうと気になって」
「瞳の違いに気づかれていたのに、本当にご存知なかったのですか」
「……ごめんなさい、瑛人のことに疎くて」

 もしかしてとても失礼な質問だったかもしれないと思い、何度も「ごめんなさい」を繰り返す。
 抄子は慌てて制した。

「いえ、私の方こそきちんと申し上げずに申し訳ございません。実は私、兄とは腹違いなんです」
「そうだったの」
「私は父の後妻の娘ですが、瑛気は持たずに生まれました。だから父には疎まれ、幼少期から腫れ物扱いされていたんです」

 瑛人同士が結婚してもその子どもが瑛気を持たずして生まれることが稀にあるらしく、由緒ある貴族に生まれながら能無しと捨てられる場合もあるらしい。
 ずっと人と違うことから蔑まれ、虐げられてきた灰理にとってはとても他人事とは思えない話だった。

「ですが兄は折檻部屋に入れられる私にこっそりおにぎりをくれたり、いつも助けてくれました。今ここで働かせていただいているのも、兄が千輝様に頼んでくれたからです」
「そうだったの」
「千輝様は私のように行き場のない者でも雇って良くしてくださるんです。とても感謝しています」

 抄子はそう言って嬉しそうに微笑む。その表情に悲壮感はどこにもなかった。

「私の瞳の色は、真っ黒でしょう? 瑛人に黒い瞳はいません」
「ごめんなさい、知らなかったわ」

 ここで働いている者は皆、抄子のように貴族に生まれながら瑛気を持たない者たちばかりらしい。
 瑛気を持つのは秘書として千輝に同行する抄子の兄・直道だけなのだそう。

 そういえば水野兄妹にばかり気を取られていたが、直道以外は皆瞳の色が黒かったと思い出した。

「千輝様には本当に感謝しています」

 抄子はもう一度同じ言葉を繰り返す。心から感謝しているのが伝わってきた。

「本音をいいますと、灰理様に初めてお会いした時とても緊張していたんです。その髪色は瑛人の中でも特別な方ですし、非瑛人なんて嫌がられるかもしれないなぁと」
「そんなことないわ」
「ええ、まさかご存知なかったとは思いませんでした」
「……無知でごめんなさい」
「いえ! なんだかすごく安心しました!」

 明るく笑う抄子を見て、強い子なんだろうなと思った。
 悲観せず卑屈になることもなく、周囲に感謝しながら前向きに生きている抄子のことを眩しく感じる。

 そして改めて千輝の懐の深さに心を打たれた。

「ねぇ抄子、その白湯は千輝様にも届けるの?」
「はい、そうです」
「私に届けさせてもらえないかしら。就寝前のご挨拶がしたくて」

 それを聞いた抄子は何を思ったのか、パァッと表情を明るくさせる。

「そうですよね! きっと千輝様も喜ばれます」
「喜んでくれるのかはわからないけれど、ありがとう」

 抄子から白湯の入った急須と湯呑みを受け取り、千輝の部屋の扉をコンコンと叩く。
「はい」という低くて綺麗な声が聞こえて緊張しながら答える。

「千輝様、私です。白湯をお持ちいたしました」
「灰理さんですか……? ゴホッ、ありがとうございます」

 千輝の声は少々掠れており、咳をしていた。

「千輝様、もしかしてお加減が悪いのですか?」
「っ、なんでもありません」

 そうは言うものの、千輝の呼吸がいつもより荒く感じる。必死に押さえ込もうとしているが、相当具合が悪いのではないだろうか。

「どなたかを呼んで……」
「誰も呼ばないでください!」

 扉の向こう側から大きな声がして、びくりと身を震わせる。

「大丈夫ですから……あなたもおやすみください」
「……わかりました」

 急須と湯呑みを置いたおぼんを扉の前に置き、後ろ髪引かれながら立ち去った。
 部屋の奥からはかすかに咳き込む声が聞こえる。

(もし私が治癒の瑛気を持っていたら、千輝様を良くして差し上げられたのかしら)

 やはり自分は無力なのだと痛感させられる。
 それともかりそめの婚約者である自分には頼ってもらえないのだろうか。

(どうして私は何もできないのだろう……)

 瑛気を持たない抄子は能無しだと虐げられていたそうだが、瑛気を持っていても何もできない自分の方が能無しだと思った。
 無力な自分を痛感するたびに嫌気がさして、鼻の奥がつんとした。自分は一体何のために存在しているのだろうと、涙を拭いながら自室に戻った。