「こちらが灰理様のお部屋です」
「素敵なお部屋ですね」
案内されたのはとても広々とした、大きなベッドのある部屋だった。掃除が行き届いており、真っ白なベッドシーツはしわひとつない。
黒須家にいた頃は床にボロボロの毛布にくるまって寝ていたので、ベッドで寝るのは初めてだった。
「灰理様のために張り切りました!」
抄子はまるで尻尾を振って喜ぶ子犬のように愛らしい。
優次郎のことは怖いと思っていたけれど、人懐っこい抄子とは仲良くなれそうな気がして安心した。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。抄子様」
灰理が深々と頭を下げると、抄子は信じられないとばかりに大きく目を見開き口をあんぐりと開ける。
「様なんてやめてください! 私は女中なんですから」
「ああ、では抄子さん」
「抄子でよいです!」
「抄子さ……いえ、抄子」
「敬語も必要ありませんよ。私の方が年下です」
「抄子さ、抄子はおいくつですか? いえ、おいくつなの?」
普段から敬語で話すのが常だったため、くだけた口調に慣れない。
「十五です」
「そうですか、いえそうなの」
敬語が抜けない灰理に抄子はクスリと微笑み、何かあればいつでもお呼びくださいと朗らかに言って去っていく。入れ替わりに千輝がやってきた。
「部屋は気に入っていただけましたか?」
「はい、こんなにも上等なお部屋をありがとうございます」
「いえいえ、本当はもう少し広い部屋だとよかったのですが」
「充分です」
むしろあれ以上に広い部屋では逆に落ち着かないと思った。
「灰理さん、今夜はあなたの歓迎会をしましょう」
「歓迎会ですか?」
「ここにいる使用人たちにあなたを紹介したいので」
「そういうことでしたら私もご挨拶させてください」
「それでは申の刻になりましたら食堂へお越しください。場所は抄子が案内してくれます」
「承知いたしました」
それから、と千輝は衣装箪笥を指差す。
「あの中に入っているのは心ばかりの贈り物です。良かったら使ってください」
言われて箪笥を開けてみると、色とりどりの見事な着物が何着もあった。触ってみただけで上等な生地でつくられた着物だとわかる。
「こんなに高価なものいただけないわ……」
千輝には初めて会った時から身に余るほどのものをもらっている。こんな風に他人に良くしてもらったことなどなかったので、有難さの中に戸惑いもある。
「でもこの着物は晶穂姉さんのものだし、せっかくいただいたのだから着替えようかしら」
今着ている晶穂の着物は綺麗にしてから黒須家に送り返すつもりだ。晶穂はもういらないかもしれないが、借りたものは返さなければいけない。
灰理は一番質素で部屋の中でも着やすい着物に着替えた。鏡の前に立ってみたが、似合っているのかよくわからない。
昔から金髪のせいで何を着ても似合わないと言われていたこともあり、自分の見た目には自信が持てなかった。
(頭ばかり派手で顔は地味……こんな私が千輝様の隣に立つなんておこがましい)
千輝に恥じぬ婚約者として並び立つ必要があるのにすぐに自分なんて、と卑屈になってしまう。
すぐにウジウジ悩む自分が嫌いだ。
「お待たせいたしました」
「灰理さん! 着てくださったのですか」
千輝は灰理の姿を見るなり瞳を輝かせる。
「こんなにも素敵な着物を何着も……ありがとうございます。千輝様には良くしていただいてばかりで……」
「いえ、私がしたくてやっているのです。あなたに似合う着物がわからなかったので、ついたくさん揃えてしまいました」
千輝は目を細めて微笑む。
「とてもよくお似合いです」
「あ、ありがとうございます……」
千輝の顔が見られず、頬を染めて俯く。
「本当に可愛らしいですね」
「えっ」
「ふふ、さあ行きましょうか」
灰理は耳まで真っ赤になりながら、千輝の半歩後ろから食堂に向かう。
千輝は灰理の五つ上だといっていたので今は二十三歳。
彼にとって灰理はまだまだ子どもだろうし、きっと父に言われた通り妹のように可愛がってくれている。
わかっているのにいちいち彼の言葉に心が動かされてしまう。
(期待してはいけないのに)
既に返しきれないほどの恩恵に預かっている。それ以上を望むなんて罰当たりだ。
灰理は自分自身に強く言い聞かせた。



