有限の時を貴方様とともに〜化物姫は呪われた貴公子に寵愛される〜



 生きている中で一番幸福だったのは、五つの頃までだった。まだ父も母も存命だった頃のことだ。

「今日はお父様が来てくださる日よ」

 父は訳あって一緒には住めなかった。理由は幼い子どもにはわからなかったが、折を見ては母と灰理(かいり)に会いに来てくれた。

「おとうさま!」
「灰理、大きくなったね」

 父は優しく微笑み、灰理を抱き上げる。
 父に抱っこされると、まるで空に手が届きそうだと感じる。青空に近づいたように思えるのだ。

「重くなったものだ」
「かいり、もっとおおきくなります!」
「はは、楽しみだな」

 灰理を一度離すと、父は母のことも抱きしめた。離れて暮らしていても、父は二人を愛してくれていた。

「灰理、お父様に見せたいものがあるのよね」
「見せたいもの?」
「はい! たんぽぽです」

 灰理は黄色いたんぽぽの花を父に見せる。

「おや、綺麗だね。灰理が見つけたのかい?」

 灰理はにっこりと微笑んで頷く。

「そうか。すごいなぁ、灰理は」
「えへへ」
「あら灰理、そのたんぽぽをお父様に差し上げるんじゃなかったの?」
「あっ! おとうさま、どおぞ」

 灰理がたんぽぽを差し出すと、父は大きな手で灰理の手とたんぽぽを包み込む。

「ありがとう、嬉しいよ」
「よかったわね、灰理」
「はい! おかあさまといっしょにつみました!」
「どこで見つけたの?」
「えっと、あちらです」

 灰理は両親に手を繋がれながら、美しい花畑へと駆けていく。
 母は「転ばないで」と言うが、早く父にこの花畑を見せたくてたまらなかった。
 そこにはたんぽぽだけでなく、シロツメクサやアカツメクサといった花もかわいらしく咲いている。

「ここでみつけました!」
「これは見事な花畑だ。よくこんな場所を知っていたね」
「おかあさまとおさんぽしてたら、ここにきました」
「灰理とお母さまのおかげで、とても素敵な場所を知れたよ」

 父にぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、灰理は嬉しくて嬉しくてはにかむ。

「そうだ灰理、花冠を作ってあげよう」
「はなかんむり?」
「たんぽぽのお礼だよ」

 そういうと父はたんぽぽやシロツメクサを摘み、一つずつ器用に編んでいく。
 少しずつ花が繋がっていく様子を、灰理は興味津々で見つめていた。

「ほら、できた」

 父は出来上がった花冠を灰理の頭の上にかぶせる。

「まあ! とってもかわいいわ」
「お姫様みたいだよ。灰理の金色の髪によく似合っている」
「かみ……」

 両親はにこにこと笑っていたが、灰理の表情は曇る。

「おとうさま、かいりのかみはヘンなのですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「みながそういうのです……」

 灰理の髪色は国では珍しい輝くばかりの黄金色(こがねいろ)をしていた。黒髪が基本のこの国では異質な色だ。
 父と同じ髪色を母は綺麗だと褒めてくれるが、周りはそうではない。一人だけ変な色だと近所の子どもたちは灰里だけを仲間外れにする。

「変じゃないよ。きっと灰理の髪がとても綺麗だからみんな羨ましいんだな」

 父は目を細めて微笑む。

「そうなのですか?」
「ああ、きっとそうだよ」
「ほら、だから言ったでしょう? あなたの髪はお父様と一緒でとても綺麗なのよ」

 母もそう言った。それを聞いて灰理はにっこりと笑う。

「はい! おとうさまといっしょでうれしいです!」
「お父様も嬉しいよ。私のかわいいお姫様」

 父はもう一度灰理を抱き上げた。灰理はきゃっきゃっと笑ってずっとはしゃいでいた。

 友達はいなくても、優しい両親がいて灰理は幸せだった。
 だけど本当は父と一緒に住みたい。ずっと一緒にいたいと思う。

「おとうさま、いつになったらいっしょにすめるのですか?」
「ごめんね、灰理。まだダメなんだ」

 父はすまなそうに眉を下げる。

「でも、いつかきっと灰理と母さんを迎えに行くよ」
「ほんとうですか?」
「ああ、灰理に会わせたい子もいるんだ。それまでいい子で待っていてくれるかい?」
「はい! かいり、いいこにしています!」
「ありがとう」

 父は優しく微笑み、灰理の頭を撫でてくれる。父の温かくて大きな手が大好きだった。

 いい子にしていれば、いつかきっと迎えに来てくれる。
 家族三人でずっと一緒にいられる日を夢見ていた。

 だけどその夢は、ついに叶うことはなかった。

「おとうさま、どうして……っ」

 突然の父の訃報、その後母も心を病んで体調を崩してしまった。
 幼い灰理だけでは母を助けることなど到底できない。

「おかあさま、かいりをひとりにしないで……」
「大丈夫よ、灰理。お母様はずっとあなたのそばにいるわ」

 母は白く頬がこけた顔で優しく笑いかける。
 弱っていく母を見て、どうして自分が代わってあげられないのだろうと思う。

 どうして自分だけが、()()()()のだろうか——。

「この卑しい化物め!」
「髪色だけじゃない、あの娘は——正真正銘の化物だ!」

 あの日の幸せはもう戻ってこない。
 化物だと罵られ虐げられても、前を向いて生きなければならない。

 『灰理、これからつらいことや大変なこともあると思う。それでも前を向いて笑っていてほしい。私は誰よりも灰理の幸せを願っているよ』

 それが愛する父との約束だから。